第十二話『さてと、昔話をしようか』

 教室から出たのは良いけれどどこかに行く当てがあるという訳ではない。

 ただ、賀陽先輩の容姿にどこか懐かしさを感じてしまった。

 何か思い入れがあるわけでもないのに…どうしてだろうか。


「はぁ…このままだとダメだよな。今、僕の中にある心のもやもやを取り除かない限りには高野さんのことも動けにないし、本当にどうしようもない。かといって迂闊に行動をしてしまえば美奈子と理奈は僕のもとから離れていく。それだけは避けなくてはいけない…はぁ…困ったな。」


 二回くらいため息をつきつつも僕はブラブラと歩いている。

 さっきも言ったが特に行く当てがあるわけではない。

 皆も一度はあるだろう。不意に一人になりたい時が。

 そう、今まさに僕はその気持ちになっているのだ。

 ふとそこに向かいから能天気な声が聞こえる。


「でな~そのあとに言うたねん。『お前はもう死んでいる』って。」

「はぁ…しかし、お嬢様、それは『北斗の〇』にそっくりでは?」

「ええねん、名言を言うことに限って悪いことはあれへん。」

「はぁ…。」

「なんや、連れないなぁ。賀陽。」


 ふと、うつむいた顔を上げると夢洲先輩と賀陽先輩にバッタリ出くわした。

 そして僕は無意識に二人の事をじーっと見つめていた。

 僕があまりにも見ていたのがそんなにおかしかったのか夢洲先輩が笑うようにして言う。


「おっ、どうした?晴馬。そんなにうちの事をじーっと見つめていて…あ、もしかして、惚れてしもたか?」

「そ、そんなことじゃないです。」

「あはは、冗談や冗談。」


 やれやれ、冗談にもほどがあるだろう…。

 この人は本当にどこから冗談なのか分からない。


「晴馬くん、何か悩んでいるのであるならばお嬢様に聞いてみるといい。きっと相談に乗ってくれる。」


 賀陽先輩がそう言ったが『じ、実は相談っていうのは賀陽先輩の事です。』なんて言えるわけがない。

 やれやれ、状況を考えろ、アホか。

 彼女と幼馴染みがいるこの状況であっても周囲から二股と誤解されるんだ。

 さらに関係をややこしくしてどうする。何かいい案はないのか…。


「どうした?晴馬くん。お嬢様でも相談に乗ることができないのか?」

「いや…あの…」


 賀陽先輩ならいけるかも…と考えてしまった。

 そんな僕の行動を見ていたのか、先輩が棒読みな口調で言った。


「せや、うちがダメなら賀陽。相談役を引き受けてくれるか?」

「えっ、ですが…。」

「あいにくうちはたった今、先生に呼ばれてしまったわ。な、頼む。」


 嘘くさいけど…それは願ったりかなったりだけど賀陽先輩がなんていうか…。


「はぁ、お嬢様が言うのでしたら、良いですよ。お嬢様の頼みならばこの賀陽。全力で晴馬くんの相談に乗らせていただきます。」


 うわー、乗り気だったーーーどうしよう。

 このままでは埒が明かないな。


「それじゃ、後は頼むわー」


 ちょっ、せんぱーーい!

 僕の叫びはスタコラサッサとどこかへと言ってしまう夢洲先輩には届かなかった。

 賀陽先輩が静かにそれでいて、的確に僕に言う。


「それで、お前が悩んでいることはなんだ?いやなことでも言ってみれば気が楽になるぞ。」


 夢洲先輩ならともかく、賀陽先輩にまでそう言われちゃ仕方ない。


「賀陽先輩…実は相談っていうのは賀陽先輩に聞きたいことがあるんです。」

「ふむ?私にか…珍しいこともあるが、良いだろう。どんなことだ?」


 ええい、ここまで来たんだ。なるようになれ。

 僕は思っていたことを言った。


「賀陽先輩は僕の事覚えていますか?」

「…ふむ、どうしてそう思ったんだい?」


 賀陽先輩は顔色一つ変えずに僕の話を聞くようだ。

 その態度にようやく、落ち着きを取り戻した僕は続ける。


「ええっと、今日あった以前にどこかで会ったような気がして…覚えていないのならいいんですよ。ただ、記憶の片隅に先輩がいたような気がしてならないんです。」


 僕の言葉に賀陽先輩は表情を変えずに僕の眼を見て答えた。

 そして、あまり言うことではないが、と前置きをして言う。


「ああ…その通りかもしれない。私は、あなたの事を覚えている。というより一度私とあなたは格闘をしたことがあるんだ。」


 へ?どういうこと?


「あなたがどこかで見覚えがあったというのも無理はない。あれは私もあなたもまだ小学生の事だったからな。」


 小学生?確かにその時は高野家のスパイをしていたからある程度の戦闘とかはしたことあるけれど…。

 その時に賀陽先輩がいた記憶はない。


「私は夢洲家の家臣として、いや、この時は少し違う呼び方だったかな。とにかく、私は高野家にいたあなたと戦った。」


 この人は僕が高野家にいたことを知っている…でもまだ僕は片隅にあるだけであって全て思い出せない。


「あなたはまだ小学生だったから覚えていない。私もその時は小学生だったけど…あなたと戦ってあなたが勝った。ただ、それだけの事。でも当時、私の軍の中でも『最強』とまで言われた私をあなたは倒した。私はすごく悔しかった。そしてあなたはこういった。」


 賀陽先輩は優しく、僕の頭を撫でて、息を吸い込み言った。


「『俺はあんたに勝ったとは思っていない。だからあんたも俺に負けたとは思わないでくれ。』ってね。確かに決着は、時間制限で私の判定負け。私は到底納得いかなかったが、あなたの言葉には、正直に何も言い返せなかったよ。判定勝ちとはいえ、勝ったのに勝ったって思わないでくれって言われたのは初めてだったから。」


 その時、僕の脳内に光が差し込んだ。

 あ、思い…出した。確かに僕は小学生の時に誰かにその言葉を言った記憶がある。

 だけど賀陽先輩に言われるまでは誰に言ったセリフなのかまでは分からなかったんだ。

 そっか、遥を失う前だったから、覚えていないのも当然かもしれない。


「ああ、そうか…そうだったのか。その言葉は僕が先輩に向けて言っていたんだ。」

「ああ、当時の私はその言葉で気がついた。というより見えていたように感じていたが実は見えていなかったんだ。」


 賀陽先輩はそう言って手を胸に当て、僕に顔を近づけてこう言った。


「私があなたのことを覚えているのには理由がある。戦いっていうのは負けた方は勝った人間の事を忘れることはないんだ。」


 その言葉を言った賀陽先輩は小学生の頃と変わらず100%の笑みを浮かべた。

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