第十話『うわっ、こわっ、ヤンデレこわっ!』

「うちの名前は『夢洲 和泉ゆめしま いずみ』や。二年生。大阪にある夢洲ってところの名字のまま。これからよろしゅうな。二人とも。」


 先輩の名前を知る出来事があった翌日。

 今日も元気に二人を両サイドに持ち、両手に花状態で学校に登校している。

 あの後、美奈子に昨日の理由を聞いたが結局、教えてくれなかった。

 それでも僕を心配してくれての出来事なのは分かっている。


「おはようさん。晴馬、美奈子ちゃん。それと…。」


 先輩が手をぶんぶん振り回して僕たちに挨拶をしている。

 その後ろでは同じ制服を着た人が先輩に日傘を当てている。

 見たところによると友達、というよりは従者、といったほうが正しいか…。


「おはようございます。夢洲先輩。」

「おはようございます。」

「あっ、おはようございます…って晴馬、この人は?」

「そや、そこの嬢ちゃんは初対面やな。初めまして。」

「は、初めまして。」


 あっ、そういえばあの場には理奈はいなかったもんな。

 それに、席替えの件も夢中になってて気づかなかっただろう。

 やれやれ、しょうがないから紹介してやるか。

 …んー、そういえば、何を紹介すればいいんだ?そんなこと今までの人生でなかったからわからぬ。


「この人は夢洲和泉先輩、僕の…って先輩、先輩と僕の関係って何なんですか?」


 ズコーーーーー

 盛大に美奈子、理奈、夢洲先輩の三人が同時にこけた、おいおい、心外だな。

 先輩の従者を見習えよ、身動き一つしていないぞ。

 いや、よく見たら肩が震えている。

 笑っているのかい!


「ほんま、お前は面白い奴やな。まあええわ、そこの嬢ちゃんは初めて会うからな。改めて自己紹介をさせてもらいまっせ。うちは夢洲和泉、こっちはうちの従者で友達の石川 賀陽いしかわ かようや。よろしゅうな。」

「石川賀陽です。気軽に賀陽先輩とお呼びください。以後、お見知りおきを…。」

「あっ、僕は石倉晴馬、こっちは白井美奈子、奥にいるやつは釘瀬理奈です。」

「「よろしくお願いします。」」


 賀陽先輩…どこかで見た気がするけど…どこで見たのかが思い出せない。

 うーん、こんなにきれいな人忘れるはずないのにな…そしてお嬢様と違って出るところが出ている…。

 どこがとは言わないが…くっ、羨ましいぜ。(夢洲先輩が)

 そんなことを考えているのが感づかれたのか、賀陽先輩が僕に聞く。


「どうかしましたか?石倉晴馬さん。」

「い、いえ。何でもないです。後、僕の事はさん付けしなくてもいいですよ。後輩なので。」

「詳しくは分かりませんが。とにかく、分かりました。では、晴馬くん。とお呼びしましょうか。」

「わ、分かりました。」


 あ、あぶねぇ…僕が賀陽先輩の事じろじろ見ていたなんてなったら大変なことになる。

 主に両サイドからの攻撃だけどな。

 しかし、先輩に晴馬くんは呼ばれたことないので新鮮でもある。

 そんな僕の横、顔を軽く赤らめた理奈が僕の裾をちょいちょいと引っ張る。


「晴馬、そんなことより教室に行きましょ。ここにいたら目立つわ。」


 お前、目立つこと好きじゃないのかよ。

 僕は目立つことは大嫌いだけどな。

 そうこうしているうちにも先輩たちの周りには女子からの目線。

 それを羨ましがる男子の目線。

 何事かと覗く先生の目線。

 目線の三連発。


 クソ野郎共が…そんな目を僕に向けるんじゃねぇ…。

 っと、危ない危ない。

 僕はすっかり慣れたように感情を抑えつけ、理奈たちを引っ張って言う。


「そ、それじゃあ、失礼します。」


 そんな攻撃にボッチの僕が耐えきれるわけもなく、逃げるように教室へと向かった。

 その背後で二人が僕たちについて会話をしていたけど、僕がそれを聞いている余裕はなかった。


「見たかい?見たやろ?あいつの眼を。なはは、面白い眼やろ。」

「ええ、一瞬でしたが。しかし、彼の眼はそういうことができるんですね。あの人の情報通りで少し安心しました。」

「やれやれ、高野たかのの言うことは面倒なことばっかりや。あれが高野たかのの言っている『魔眼』って言うもんなら少しは対等にできるかもしれへんな。」

「はぁ…」


 石川先輩のため息は直後、夢洲先輩に群がる女性陣にかき消された。


「もう!あの人何なの?」


 教室に着くや否や理奈が不満をぶちまけた。

 ちなみにずっと触れてこなかったが教室のゴミ箱には今まで理奈が放り込んだラブレターが山のように積み重なっている。

 ここまでやる理奈もだが、ここまでやる男子生徒も諦めがつかない。

 まぁ、次からは火薬でもぶち込んでおこうか。問題ないよな?


「なんなのって言われても…ただの先輩たちじゃないか、悪く言うなよ。」


 理奈は不満をぶちまけながら言う。


「ああ、もう!あの人と話をしているとすごく不愉快に感じるのよね。何でかしら。」


 まぁ、正直なところを言えば僕もあの人たちは苦手だ。

 特に夢洲先輩のほうは何だか僕の中まで見透かされているような気分になる。

 理奈のそういう態度だと思う…とは言いづらい。

 しかし、男子にモテる理奈と女子にモテる夢洲先輩、男性陣頑張れよ。

 僕は理奈がいるから含まないけどな。

 その時、美奈子が僕の背後でボソリと言う。


「理奈ちゃんはあの人たちのどちらかに晴馬くんが取られるのが嫌なんじゃないかな?あの場にいた男性は晴馬くんだけだったからね。ボクから言わせてみれば、絶好のアピールポイントだったかもしれないねぇ…。」


 うーわー言ったー。

 今までの会話で誰しもが思い、絶対に口に出してはいけないことを包み隠さず言ったー。

 さすが、美奈子。相変わらずの天然っぷり!そこにしびれるぅ、憧れるぅ!!

 とまぁ、そんな僕の思いはどうでも良く、美奈子の発言に理奈はものすごく動揺をする。


「ま、まっさかー。ね、ねえ晴馬?わ、私とあの先輩たちと、ど、どっちが好きなの?」


 くっそ動揺したまま、そこで僕に振るのか…なんとなくわかっていたけど。

 って理奈、目が怖い怖い。

 マジで怒らせたときの美奈子みたいになっているぞ。


「やれやれ、何を言っているかと思ったら、そんなのはもちろん、理奈の方に決まっているよ。そうじゃなかったら告白を受けることなんかはしていないからね。それに、ほぼ初対面の人と比べるかよ普通。」


 うわぁ…自分で言っててメチャクチャに恥ずかしいんですけど…。


「ふ、ふん。分かっていればいいのよ。」


 お前は女王様か!というかその割には顔を赤くするな!ツンデレ要素を全力で出すな!

 はぁ…なんでこんなに疲れるんだよ。

 しっかし、理奈の上機嫌な表情を見てるとこっちまで嬉しくなるのは何だかな…彼女だからかな…。

 少しうれしくなっている僕に美奈子が近づき、ボソリと死神の鎌を振り下ろした。


「でも、晴馬くんがあの先輩に少しでもデレデレしていたのをボクはちゃあんと見たからね。」

「余計なお世話だ。それにそんな態度をとったつもりはない。」


 口ではああいったけど、こ、こえぇ…美奈子の言葉からは『少しでも妙な動きを見せたら殺すからな。』という意味にしか聞こえないんだけど…。


「ま、今はまだいいけど、理奈ちゃんが上機嫌なのに感謝しなよ。」

「勝手にしろ。」


 こ、こえぇ…『お前、今回は助けてやるが次回はないからな。』と言っているようにしか聞こえなかった。

 僕のプライドがそれを言うことは絶対に許さなかったけど。


「さ、授業を受けようか。」


 今日、確信した。

 美奈子の前で何かしでかしたら最悪、殺されると…。

 パネェ、ヤンデレマジパネェ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る