第八話『死んだはずの昔馴染み』
「やはり、おかしくないですか?どう考えても、遥は死んでいる。」
「ああ、その通りだとも。我々も遥がすでに死んでいることは承知の上だ。」
「なら…なら、いったい。この少女は誰なのですか!!」
僕はもらった写真をバンと叩きつけた。
「晴馬、俺はなぁ、分かっていたら、苦労はしてないし。そもそも、お前に頼むこともしてないだろう。」
高野さんは突き出した写真をしっかりと手の中に入れて、言った。
もっともな意見である。
僕は何も言い返せなかった。
「ああ、そう…そう…だったな。すまん。」
「さてと、話は以上だ。何か言うことはあるかい?晴馬。」
どうやら、話は終わったようだ。
これ以上言うことはない。と肩越しにそう聞こえる。
「いや、僕が言うことはないよ。遥を探せばいいのだろう?」
「そういうことだ。本当はお前の力を借りる必要はなかったかもしれないけど、今回ばかりは頼む。」
「それは依頼人として…ですか?」
「いや、一人の父親として…だ。」
「分かりました。」
「では、俺は次の案件があるからこれで帰る。またな。」
「ああ。」
僕は来客室を出て自分のクラスの教室へと入っていった。
時間を見ると、もう掃除の時間も終えて、僕の弁当は確か、出しっぱなしだったが、誰かが片付けてくれたのだろうか。そんな僕を見て颯爽と二人が駆け付ける。
「遅い、晴馬くん。掃除終わっちゃったよ。」
「晴馬、何やっていたのよ。」
教室に戻ってきた僕を見て二人が一斉に罵倒を始めた。
こっちは結構重要な話をしていたのだけどなぁ。やれやれ、まぁいいか。
「悪い、少し立て込んだ話をしていてさ…掃除の時間を潰しちまった。」
今は二人に謝ることしかできないな…うん。
「まあ、いいけどね…晴馬がいなくても何とか出来たし…ね、美奈子?」
「うん、大丈夫だったよ。でも…次からは気を付けてね。」
美奈子の表情が一瞬だけめちゃくちゃ怖かったけど今はそれどころじゃないな。
「美奈子、少し話がある。」
僕は美奈子に遥の事を覚えているか聞き出そうとした。
やれやれ、やれることはこっちもしないといけないからな…。
「おっ、ついにボクに告白をする日が来たのかな?」
「それはない。」
即答である。
一体、こいつは何と何を勘違いしているのやら。
僕が美奈子に告白?ハッ、笑わせる冗談だな。
「速攻で否定しなくてもいいじゃないか…」
「そんな最初から分かっていることじゃない、ただ聞きたいことがあるだけだ。」
僕がそう言うと美奈子は少し首を傾げて言う。
「それはここで話してもいいと思うけど?」
そうできたらいいのだが、そういうことにはいかない事情がある。
どうやって説明しようか…と、僕が解決策を考えている時に美奈子が僕の表情を見て僕が言いたい事を悟ったのだろうか。
「んー、場所変えようか。」
「ちょっと!」
後ろで理奈の声がしたがお構い無し、と言わんばかりに美奈子は僕の手を取り、人気のないところに連れて来た。
「それで、聞きたい事って何だい?」
僕は改めて周囲を確認し、美奈子の方を向いて言った。
「美奈子…yesかnoで答えてくれ。お前、遥って子、覚えているか?」
結構、ぶっちゃけて言った言葉である。
「遥?そんな人は覚えているどころか聞いたことないよ。だから答えとしてはnoだね。というか、そもそも何で晴馬くんはそんなことを聞くのかな?」
美奈子は驚いた様子すらしなかった。
まるで今、初めて聞いたかのような反応を見せた。
そういえば、美奈子と遥はあまり接点がないか…。
「い、いや、聞いたことないならいい。悪かったな、手間を取らせるようなことをして。」
「大丈夫だよ…って、やばいよ、晴馬くん。早く授業に行かないと遅刻になってしまう。」
「やばいな。よし、行くぞ。」
そう言って、僕は美奈子と一緒にダッシュで教室に戻り、何とか午後の授業に間に合った。
マジで助かった瞬間だったぜ。
午後の授業は典型的な数学で、ある程度、数学が得意な僕は別にどうでも良かった。
そして時間が経つのが早くなったと感じた僕はふと気が付いたら放課後になっていた。
僕は理奈と美奈子に「用事がある」と言って先に学校に出る。
そして目的地に黒いベンツを見つけ、中に乗っているはずの高野さんの姿を確認したところだ。
「やぁ、高野さん、来ました。」
「晴馬、良く来てくれた。ささ、中に入ってくれ、紅茶でも出そう。」
「失礼します。」
僕は高野さんに言われるままベンツに乗り込んだ。
そして乗り込んですぐに車を走らせ、本題に入った。
「それで、あの写真はどこで撮ったものなのですか?」
高野さんはベンツを僕の自宅まで走らせながら僕に詳細を教えてくれた。
「これを聞いているのがお前だからあえて、言っておく。あの写真は、俺の見立てでは恐らく日本で撮られたものじゃないと読んでいる。」
「読んでいる?事実は知らないということですか?」
「正直なところ言うと俺もどこで撮られたものか判断がついていない。分かっているのは差出人不明で俺のポストに入っていた、ということだけだ。」
「そうですか…でも、あの写真の少女が遥だという確証もないまま動くのはどうかと思いますが…。」
「死んだはずの人が生き返るとなるとこれまでの生存論理を覆すことになる。最悪は人類が不老不死の状態になるということも予想できる。だから真相を確認しに行くのではないか。」
「そう…ですか。」
やれやれ、この人はそういう人間なのだ。
確証を持った状態で動くタイプの僕とは正反対で興味を持ったらすぐに動くタイプの人間だ。
正直、僕は高野さんのこの行動でいろいろ迷惑をかけられている。
「分かりました。この少女が遥かどうかは一旦保留として今は普通に、この少女の行方を探りましょう。高野さんに投函してきたということは何か手がかりをつかんでいる。それに、今はまだ五月、猶予は大いにあるとみていいですね。」
「ああ、今回はすでに世界各国に俺の軍の部下が配備しているが、いまだ手掛かりなしだ。だが、俺の推測がすべて間違っていたとしたらこの少女は日本にいることになる。なぜなら日本以外の国に派遣しているからな。そこでだ、俺の推測が間違っているのかどうかを検証してもらうために今日、晴馬を呼んだ。というわけだ。」
そうか…これですべて合致した。
今日、お昼時という中途半端な時間に高野さんが現れたのは時間が取れなかったためであって僕と出会う前から世界各国に連絡をしていた。
そのため、一番手薄な日本を残して僕のところに来た。
つまり、すでに日本以外の国には高野さんの部下がいるということか…やれやれ、改めてみるとどこまで金持ちなんだこの人は。
そして日本は僕が担当ということか。
といっても日本全国を回れるほどの足はないから、向こうからやってくるのを待つってことだろうな。
やれやれ、しょうがない。今回だけ付き合ってやるよ。
「了解です。では、僕はこの辺で失礼します。でも一つ、僕はもうあなたのスパイじゃないので参加するかは少し検討させてください。」
「ああ、分かった。それと、君から良い返事がもらえた場合、今後、俺からまた何か連絡をすることがあるかもしれない。その時用の携帯電話を今から渡す。肌身離さず持っていれば大丈夫だ。」
高野さんは僕に写真と予備用の携帯電話を渡してエンジンを再度吹かし、そのままどこかへと行ってしまった。
あとに残された僕はもらった写真と携帯をもってつぶやく。
「高野さん、一体何者なの?軍にいたころは遥の親父さんという事だけしか知らなかったけど…でももし本当にあの少女が遥だとしたら…。」
僕の頭の中には写真に写っていた少女とかつての幼馴染みを照らし合わせていた。
『晴馬くん、君はいつもそうだね。』
ふと、僕の脳内にそんな言葉が出てきて後ろから言われたような気がした。
遥が生きている?そんなばかげていること、誰が信じるかよ。
確かに、あの時、遥は死んだことは、僕がそれを一番よく知っている。
目の前で死んだ。
だからそれが覆されることはない。
でも、もしあの映画館の中で遥が生きているとなったら?僕はどのような態度を取ればいいんだ?昔みたいな勇気が無くなってしまった僕を見て今の遥は笑うかもしれないし、変わらず接してくれるかもしれない。
もしかしたら二度と接しなくなるかもしれない。
僕はもう高野家のスパイじゃない、ただの高校生だ。
「やれやれ、くよくよ考えても仕方ない。とりあえず、家に帰ってから考えよう。」
遥の事はなるべく、頭の中から消去して今、出来ること考え、家へと向かったが、やっぱり忘れることはできなかった。
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