第六話『ツンデレなメインヒロインは…』

 学校からの帰り道、僕と理奈と美奈子は並んで帰宅している最中だった。

 他のクラスメイトは先生からケーキのご褒美があったらしいけど、二人は僕が食べないならいらないとか言って断った。

 やれやれ、もったいないな。

 ああ、そういえば、命令の件はなくなったようだ。

 対象となる人物がいないからという理由らしい。


「晴馬、今日はどうだった?」


 藪から棒に理恵が僕に聞いてきた。


「どうって何が?」

「緋想さんの事よ。」


 緋想さんか…確かに、悪い人ではないのは理解できた。

 だが、それと同時にあの人には触れてはいけない壁がある気がした。


「緋想さんは不良だが、悪い人ではないことが分かったよ。」

「晴馬らしい回答ね。美奈子は?」

「ボクも晴馬くんと同意見かな。」

「そう…」


 なんだよ、自分から振っておいて…。

 僕はそんな理恵の手を取って笑顔で言った。

 僕も笑顔が上手になってきたな。

 あの闇のような中学とは大違いだ。


「それじゃ、帰ろうぜ。優実に怒られちまうよ。」

「うん。」「分かったわよ。」


 僕たちは昨日と同じように走り出した。

 エンディングに走る描写があるアニメは売れるとか売れないとか…。


「ふぅん、そんなことがあったのか。」


 帰宅後、僕は今日あった事を全部、優実に伝えた。

 今回の事は優実も僕の為にいろいろやってくれたからな。

 ちなみに、理奈と美奈子は一旦、それぞれ自宅に帰ってもらっている。

 まあ、あいつらの事だからどっちかは来るのではないかと予想しながら会話をしている。


「ああ、結果的には優実が言っていた通りになったけど緋想さんの登場には予想はしていなかったな。」

「お兄ちゃん、まさかその緋想さんって人に惚れたの?」

「バッ…バカタレ、そんなことじゃないよ。それに僕は理奈という彼女がいるのに今更、他の女の子に目がチラチラ行くようなプレイボーイじゃないよ。」

「…美奈子さんは?」

「あいつはただの幼馴染みだ。」


『それ以外に何があるか?』

『べっつにぃ??』


 やれやれ、これだから僕の妹なんだよなぁ。

 そんな僕にお構いなしと優実は僕に、ずいっと近づき、ニッと笑って言った。


「ところでお兄ちゃん、今回ことにあった事に対してあたしに何か言うことはないの?」

「なんだ?学校の話になったから僕がまた一人になるのではないか。あー心配だなぁとか考えていたのか?」

「そ、そういう事を聞いているわけじゃないの!もう…普通にありがとっていえばいいの。」


 そう言って優実はぷいとそっぽを向いた。

 やれやれ、ホントにどうしようもない妹だ。

 僕は優実の頭を撫でて、沈みゆく夕日を一緒に眺めた。

 妹と一緒に夕日を見られるとかなかなかないし、とてもいい光景だと思うぞ。


「悪かったよ、ありがとう。優実、人間関係が苦手な僕をここまでサポートしてくれて。」

「お兄ちゃん…ううん、大丈夫。あたしこそ何もわかってないまま生意気に言っていてごめん。」


 その時、リビングの後ろから二人の知っている声が聞こえた。


「あんたら…いつまでやっているの?」

「ひやぃ!?」


 思わず、素っ頓狂な言葉を上げてしまった。

 完全にいいムードだったのに、どうして空気が読めないかな…このツンデレは。


「あ、理奈ちゃん、いらっしゃい。」


 優実はのんきに客として出迎える。

 やれやれ、緊張感がないな、こいつは。


「理奈、どうしてうちにいる?帰ったはずじゃなかったのか?」


 僕は今までの会話で誰も聞いていなかった質問をした。


「なんだか家にいても落ち着かなかったから晴馬の家に行こうと思ってきてみたらこの状態だったってわけ、何よ。悪い?」


 理奈がふてくされたようにそっぽを向いた。


「そういうことじゃない。なんで鍵を閉めたはずのうちに入ってくることができるって聞いている。」

「合鍵があるからよ。」

「あ、そういうことですか…というかいつのまにそんなものを作って、持っていた?」

「大分前よ。気づかなかったの?」

「当たり前だ。」


 なんか、自分の知らないところで知らないことが起きていることに腹が立つなぁ。

 よし、ならこっちにも策はある。

 僕は少しばかりの意地悪をしようと脳内で計画を立て、即座に実行した。


「でも、何でいるのかなって思っただけだ。それにあれか?理奈は自分の彼氏が妹とイチャコラしているのを見て嫉妬でもしているお茶目なヒロインなのか?」

「ううう…うるさいうるさい!そういうことじゃないもん。晴馬のばかぁー」


 理奈はそう言って泣いてしまった。

 少しいじめてみようという気はあったのだが…。

 まいったな、泣かせるつもりは全くなかったのだけれど…。


 僕はチラッと優実の方を見た。

 兄妹の視線の会話の時間だ。


『お兄ちゃん、なに自分の彼女を泣かせているの?』

『だって、泣かせるつもりなんてなかったもん。』

『ホントにぃ?あやしいなぁ。』

『そういうことじゃないって、それよりこの状況どうしたらいいと思う?』

『知らないよ。お兄ちゃんが招いた結果じゃん。お兄ちゃんが何とかしなよ。』

『ちえっ、本当に使えない妹だ。』

『何だと?お兄ちゃん、ずっとそういう風に思っていたの?』

『やべっ、優実には僕の考えていることが分かるんだった。今度から余計なことを言わないようにしないと…』

『何ですって?』

『ハイハイ、聞こえない、聞こえない。』


 優実の事なんかは後回しだ。

 やれやれ、しょうがないな。

 ツンデレにはそれなりの対応ができるってもんよ。

 一刻も早くこの状況を何とかしないといけないと思った僕は、泣いている理奈の頭の上にポンと手を置いた。


「理奈、僕が悪かった。冗談が過ぎたよ。だから、泣き止んでくれ。」

「ううう…じゃあ、ぎゅーってして?」


 うわわ…そんな上目遣い&泣き顔で僕に迫らないで!僕が萌えて死んじゃう。

 ふと、横から優実の視線を感じて僕は優実の方を見た。


『お兄ちゃん、やるしかないよ。』

『とはいってもな、僕あんまりそういうもの得意じゃないんだよ。』

『はぁ?この状況で何言っているの?理奈さんがキスを迫らないだけでもいい方だと思った方がいいよ。』

『そんなに?』

『そんなに!ま、あたしはどうなろうが関係ないけどね。』

『後で覚えておけよ。』

『ふーん』

『ったく、やれやれ、しょうがないな。』


 やれやれ、我ながら恐ろしいことを言う奴らだぜ…。

 優実と理奈に負けた僕はしぶしぶ手を広げて理恵を抱いた。


「ほら、理奈。これで大丈夫だろ?」

「うん…ありがと。もう少しだけ、このままでいて。」

「分かった。」


 やべぇ、今のこの状況で理奈の顔を見られない。

 たぶん恥ずかしさで死んでしまう。

 こんなにハグが自分自身の精神的にダメージがあるものだとは思ってなかった。

 これは慣れないといけないかも…慣れる?


「それじゃあ、あたしは自分の部屋にいるからごゆっくり~」


 あーずるいぞぉ。こいつ。

 自分だけいいものを見たような顔をしやがって…でも、まあ今はナイスな行動としてとってやるよ。

 絶対、後でバカにされるオチまで読めた気がするけど…。

 やれやれ、畜生、ありがとうな、優実。

 それから理奈が「もういいよ、ありがと。」という言葉が出るまで僕たちはずっと抱き合っていた。

 理奈を玄関まで送った後、僕は急いで自分の家に帰宅し、恐らくニヤニヤしている優実をリビングに呼び出し、言葉を待ったら…。


「お兄ちゃん、大胆だね。」


 この一言である。

 やれやれ、誰のせいでこんなことになっているのやら。

 半分はこいつのせいでもあるな。


「ほっとけ、僕だって恥ずかしくってその後理奈を家まで送る羽目になったわけだぞ。そしてその間は理奈の方を見られなかったし…」

「お兄ちゃんってそういうのには弱いものね。」

「優実、人には言って良いことと悪いことがある。今の言葉は僕にとって言ってはいけない言葉だぞ。」


 僕の言葉に優実が少し眉をひそめた。


「お兄ちゃんっていつみても人の事を考えないよね。」

「当たり前だろ?僕は人の事を考えている暇があったら自分の事を第一線に考えるような人間だ。他人の事を考えて良心を出したらそこに付け込まれて詐欺みたいなことになる。そうなってしまえば、元も子もない、そして最後には自分が『なんであの時…』とか言いながら誰にも世話をすることなく死んでしまう。勿論、老後資金とかはすべて取られたままで…だから僕は良心を決して出さないし、人の事を考えない。だが、例外はある。僕が今まで付き合って来た人間のなかだ、理奈とか美奈子とか優実とかは充分に信用できるランクを超えている。だから、こうして会話をしているわけじゃないか。」


 やれやれ、我ながらだが、僕の解説って何かこう…あれだよな。

 何がとは言わないけど…。

 うん、サイキョーだな。


「そうだけどさ…まあいいよ、お兄ちゃんがあたしに対する信頼が高くて良かったよ。」


 そう言って、優実は僕の横を抜け、リビングを出る。

 僕はそれを見て一言声をかける。


「どうした?勉強か?」

「まあ、そんなところだよ。」

「そうか、頑張ってこい。」

「うん。」


 さて、これからどうしようか。

 と僕が考えていると電話が鳴る。


「ん?誰だろ。」


 そう思い、件名を見ると『釘瀬 理奈』と書かれてあった。

 理奈?一体何の用事だろう…。

 僕は特に疑いもなく、電話に出る。


「もしもし、どうした?」

「は、晴馬…あのね。」


 ん?何だろう…少しばかり、嫌な予感がするような気がする。


「う~もう~」

「ん?もう!何なんだよ!」


 僕は電話で少し怒鳴りながら理奈に言う。

 っと、いけない、いけない。彼女に対してあまり怒ってはいけないな。


「もう!言いすぎじゃない?」

「ご、ごめん。でも、一体何を言いたい?」

「……すき…。」

「え?なんだって?」


 だぁもう、何を言っているのか分かんないよ。


「すきっ!!」

「!!おまっ、何言って…。」

「あなたのことが好きなの!それくらいわかってよ!バカ!!」


 理奈はそういうと僕の返答も待たずに電話を切った。

 やれやれ、人の返答はしっかり止まってから切ろうな。


「……やれやれ、これだからツンデレは…。」


 ―かつてこういう診断を聞いたことがあるだろうか。


「やれやれ、相変わらず素直じゃない奴だ。」

「……お兄ちゃん、バッチリ聞こえていたよ。」


 ―基本的に素直じゃなくて、自分に物凄くあたりが強い。

 ―プライドが高くて、でも少し子供っぽいところもあって。

 ―そんな『ツンデレ』はやがて『メインヒロイン』まで成り上がった。


「え、マジか。」

「お兄ちゃんが難聴過ぎるのはどうにかしたほうがいいよ。おまけに鈍感だし。」

「うるせぇ、鈍感は関係ないだろう。」

「晴馬くん、こっちまで聞こえたよ~。」

「うわっ、美奈子!?いつの間に?」

「お兄ちゃん、死んでしまうとは情けない。」

「死んでねぇよ!」

 

 ギャーギャーわめく二人に対して、僕は机をたたいて言う。


「あー、もー、うるせぇ!少しは静かにできんのか!!」


 いや、分かっているだろう?石倉晴馬。

 こういう時、こういう状況で何が一番適切な判断をしているのか。


「分かっているよ。」


 僕は天に向けて言った。


 ―さしあって、こういう風に書きだしてみるとしよう。


「お前ら、少し黙っていろよな。」

「キャー!お兄ちゃんが怒った!逃げろー美奈子さーん!」

「う、うん。」


 やれやれ、しょうがない。

 あまり怒るつもりはなかったけど…。

 怒ってみるか!


 ―『ツンデレな彼女とヤンデレな幼馴染みはお好きですか?』と―

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