第五話『ヤンデレVS不良少女』

「…ということがあった。僕はどうすればいい?」


 帰宅して早々、「お帰り、お兄ちゃん」と出迎えてくれた優実が次に発した言葉は「なんかあったの?」だった。

 やれやれ、本当に僕は妹にすべてを読まれているようだ。

 しぶしぶ、僕は今日あった事を優実に説明した。


「まず、先に聞くことがある。お兄ちゃんはどうしたいの?」


 すべての話を聞いた優実が僕に聞いた。


「そうだな、どっちも勝ってほしいけど、負けてほしくない。」


 我ながら言ったが、矛盾している。

 これは勝負なのだからどちらかが勝てば一方は負けになるのだ。


「うん、あたしもこれが原因で喧嘩とかなったら嫌だもん。」


 優実も同じ意見なようだ、しかし、状況は変わらない。


「でも、お兄ちゃん。どうやってこの勝負の決着をつけるの?」


 結局、そこが敵になる。今までの僕なら間違いなく敵の大将、つまりは美奈子と理奈の二人を倒すという選択肢が生まれる。

 しかし、今回の僕は一切の手出しができない。

 恐らく監視か何かがついているだろう…やれやれ、どうしたものか。


「お兄ちゃん、こういう状況ってよくネトゲで見るけど、もしかして作戦とか考えてないで衝動的に言った的な?」

「うるせぇ、分かりきっていること言うなよ。」


 僕は頭を抱えて、考える。

 どうする?監視がある以上、僕は二人を同時に倒すなんてことはできない。

 相手の力を利用するとしても、二人は性格上、そういう手には通用しない。

 どうする?考えろ、考えるんだ。石倉晴馬。

 今までお前はやってきただろう。

 どうやって乗り切った?思いだせ。


「ねぇ、お兄ちゃん。」

「優実、考え事をしているから静かにしていて。」

「分かったけど、一言だけいいかな。」

「どうぞ。」


 優実は僕からの了承を受けると口を開く。


「気づいてないから言うけど、この勝負って意味ないと思う。」

「?」


 どういう…ことだ?


「よく考えてよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが戦いとか勝負とかそういうジャンルで勝った経験ある?」

「ない。あったとしても引き分け程度だ。」

「でしょ?断言しようか。『今回もお兄ちゃんの思う通りにはならない。』」

「……その通りかもな。」


 僕は軽くうなだれるように言った。

 それを見て優実が呆れるように言う。


「だぁかぁらぁ!お兄ちゃん、あたしにいつも言っているでしょ?『視点を変えろ』って。一ができないならゼロから始めればいい。っていつも言っているじゃん。そのまま返して言うよ。人に偉そうに言う前に自分ができていないじゃん!あたしならこう考えるね。『一ができないならゼロをクリアすればいい。』って。」


 一ができないならゼロを…。

 クリアできないならクリアの現況をクリアする。

 ああ、そういうことか。

 やれやれ、うちの妹は天才だな。


「………なる。理解できた。」

「でしょ?よく考えれば、簡単な話だったでしょ?」

「ああ、確かにお前の言う通りかもしれないな。」

「さて、お兄ちゃん。実行するのは決まったとして、具体的にはどうするの?」


 もしかすると、ここまで考えるように優実自身が誘導してくれていたのかもしれない。

 もし、本当にそうなら…優実、お前は僕より戦術を立てやすいのかもしれない。


「大丈夫、今、考えた。うん、それで行こう。ただ、デメリットがたくさんあるから実行できるのは最後ってことくらいだね。」

「やれやれ、お兄ちゃんも頭を使おうね。」


 優実が僕に向けて言った。

 全く持ってその通りである。

 そして、優実は続けて言う。


「でも、最悪なのは勝負の最後、美奈子ちゃんと理奈さんの二人がお兄ちゃんに構わなくなる。これがあるね。」

「ああ、だが、穏便に済ますならこの作戦が一番だ。やってやるよ、僕の培ってきたボッチ技術を使ってお前たちのけんかを止める。フラグなんて起こさせてたまるか!僕はやるぞぉ!」

「お兄ちゃん。それ死亡フラグ…。」

「なんとっ!?」


 見ていろよな。

 僕は地雷を踏み過ぎたお前たち二人を絶対に許しはしない。

 僕はそう思って天を仰いだ。


「あ…ここ室内だわ。」


 そして、当日へと物語は続くのであった。


 翌日、僕は浮かない顔で学校へと登校した。

 途中、黒いミニバンにクラクションを鳴らされ、振り向くと手を挙げた先生とばったり遭遇した。

 そんな遭遇イベントいらないなぁ…。

 どうせ、遭遇するなら妹がいい。


「おはようございます。」

「おう、おはようさん。」


 僕は挨拶を済ませ、先生に聞く。


「あの…本気でやるのですか?」


 先生は上機嫌で僕に答えた。


「当ったり前や、こんな面白いイベント見逃す方が難しいわ。今日は頼むで石倉。」

「はぁ……」

「車、乗るか?」

「遠慮しておきますよ。」

「そかそか」


 先生は上機嫌でミニバンを学校へと走らせる。

 僕は次々と学校に集まってくるクラスメイト達から白い目で見られ続けていた。

 やれやれ、お前ら、昨日まではあんなにはしゃいでいたのに、当日になってこれかよ。

 なんかクラスメイトの表情見ているとわかるようになってくるわ。

「うーわ~。なんで、入学早々の休日に学校に引っ張り出されなくちゃいけないのだよ。」的な感じなのが見え隠れしているぞ。畜生。

 そんなことを思っていると後ろから肩をたたかれた。


「はーるま。おはよう。ついに来たわよ。まさか、美奈子との決着をつける日が来るなんてね。楽しみだわ。」

「理奈か…おはよう。君たちのせいで僕が疲れていることだけ言っておこう。」

「何よその言い方。まるで晴馬が被害者みたいなものじゃない。」

「いや、実際そうだから。ええと、あまり言えないが、美奈子との決着をつけたいのは分かるけどお前も一人の女の子だ。無理はするなよ。」


 僕がそう言うと理奈は顔を真っ赤にして、「ふん。」といつものツンデレを一言、そして続けて言う。


「あんたなんかに心配されなくてもわかっているわよ。でも…」

「でも?」

「でも…心配してくれるのはうれしい。」


 デ、デレた!!!理奈が僕に対してデレたぞ!

どうだ!見たか同志ども!好感度を一切上げてなくてもデレるときはデレることが証明された。

 はっはっは!!

 失礼しました。自重します。


「な、何よ。」

「いや…ちょっとメインヒロインがツンデレなラノベ主人公に文句を…ってそういえば、美奈子は?」


 僕は問い詰められると面倒なので全力で話をそらした。


「そうね、もうじき来ると思うのだけれど…。あっ、来たわ。」


 噂していれば何とやら…。

 美奈子がバックを抱えたまま僕たちの方へと走ってくる。


「お待たせー。っとっとっと…」


 その前に派手にコケそうになった。


「あっ…」


 僕が声を出した瞬間、美奈子は盛大に転んだ。

「ドッシーン」という音が校門に響き渡ると、近くにいた女子たちが美奈子に集まり、手を差し出した。


「大丈夫?」


 美奈子はその手を掴み立ち上るとお礼を言った。


「大丈夫、ありがとね。」

「ううん、困ったときはお互い様だもん。」


 やれやれ、いったい何をやっているのだか…。

 その時、僕の後ろで声が掛かった。


「そんな奴、助けたって意味ないよ。」

 

 おい、それ死亡フラグだ。

 全員がそいつの声に注目した。

 人を助けるのに意味があるのかどうかということに関しては同意するけど僕の幼馴染みを悪く言うことは当然、許されないことだ。


「…あまり、聞きたくないけど、どういう意味だ?」


 僕が聞くとそいつはゆっくりと答えた。


「簡単なことだよ。その子みんなから助けてもらいたがっている人だし、第一その子かなりイケていない顔だし、みんなに寄り縋っているだけじゃないのか?」


 そいつはブレザーをきちんと着ない、髪の毛はポニーテール、背丈は僕と同等か少し目線が高い。

 いわば不良少女、というレッテルがお似合いな人が口をはさんだ。

 そしてそいつは美奈子を一目見ると吐き捨てたように言った。


「こいつらのために付き合わされている私たちの身にも少しは考えたらどうなんだい?」


 その言葉に我慢できなかった僕は言い返す。


「だったら、お前の言っているイケている顔ってなんだ?それに、今日が休日なのに学校に来てくれなんて言ったのは昨日、夢野先生が言っていたし、それを了承し、承諾したのはお前らだ。今更どうこうすることができたらそれは大したものだ。褒めてやるよ。」

「お前…主人公気取っているんじゃねぇぞ。」


 やれやれ、僕は人生の中で一度も主人公なんて気取ったことはしてないし、そう思ったこともないのにな。


「あなたねぇ…言って良いことと悪いことがあるのよ。」


 反発したのは理奈だ。

 しかし、そいつの表情には自分の異論は認めないと考えているのか目を閉じ、理奈に向かってぶっきらぼうに言った。


「じゃあ何だっていうんだ?人を傷つけるという発言自体が悪いことだっていうのか?だったらあんたもそうだ。モテるからって、いい子ぶって、男子の気を引いて、それで自分はその男子とは向き合わずそのちんけな男と付き合っていると言っている。どうだ?どっちが悪いか分かるだろう?」

「っ……それは…。」

「チッ、余計なことを。」


 ちんけな男…やれやれ、今までの僕だったら怒っていたが今は怒る気にもなれなかった。

 でも表情だけは許さないということを伝える。

 伝わったかどうかは知らないが。


「こらっ、緋想ひそう!人の事を悪く言わない!」


 先生がそいつ、もとい緋想に注意しているが当の緋想は知らん顔で理恵に詰め寄った。


「先生か…私は悪いことなんか言ったつもりはない。ただ、現実を見せただけだ。こんな男にこっちまで巻き込まれる理由なんてないからな。」


 緋想は先生にはっきりと言った。

 確かに…緋想の言っていることは正しい。

 しかし、緋想が作り出したこの異様な空気をどうにかしないと始まらない…どうしたものか…。

 僕の怒りは少しずつだが上昇していった。

 だが、感情に流されてはいけない。

 怒りを自分の心の中で抑えるのだ。

 僕がそう思っている。その時だった。


「おい、お前、今、晴馬くんのことをなんて言った?」


 その声は僕や理奈の後ろ、周辺の女子高生が一気に離れていくような言葉を発した美奈子だった。

 あ、やばい…美奈子が暴走する。

 瞬間、僕はそう悟った。

 そう、例えるならヱヴァ〇ゲリヲンの主人公が乗っている初〇機がタイムリミットを超えても活動しているかのようだった。


「ちんけな男と言った。ましてやこんな男とまでも言った。だが、それのどこが悪いって言う?私は事実を言ったことに間違いはない。」


 緋想さん、もしかしなくともあんたは言いたいことをはっきりという性格の持ち主なのか…。

 僕、ちょっと聞いていて心が痛いよ。


「そうだな…。まずは、ボクの聞き間違いかなと思ったけどそうじゃないことに幻滅したよ。緋想さん、お前が間違っていることを話そう。いいか、晴馬くんはお前が思っている以上にいいやつだ。お前が見かけで判断するなら、ボクは中身までしっかりと見よう。このボクがそう言っている。間違いはない。それと、人を見た目だけで判断するのはよくない。ボクだってそうだったからな。」

「……ふざけるな。」


 緋想さんは続けて言う。


「人を見た目以上に判断することなんてないのだよ!お前に分かるっていうのか?私がどれだけ人から変な目で見られているのかを…。ヤンキーとかたちの悪い奴とか、そういわれ続けた気持ちが分かるか?」


 美奈子も美奈子だが緋想さんも言うねぇ…。

 やれやれ、その中央にいるのが僕じゃなかったら100%無視していたけどね。


「分かるよ!ボクだってこの性格でいじめられてきた。だけどね…。」


 こう口火を切って、緋想さんと美奈子の口論が始まった。

 僕を含めたほかの生徒及び、夢野先生は邪魔をしない様に少し離れた位置で二人を見ていた。

 全員がうわぁ…面倒くせぇ…。と思い込んでいた。


「お前が、人を見た目で判断することについて、ボクは共感できないし、分かるわけがない!ボクとお前は違うのだから。だが、ボクは人をバカにすることをみすみす逃せるようなお人よしじゃない。お前が晴馬くんのことをバカにするならボクが許さない!」

「お前はそこの男の何なのだよ!こんな冴えないような奴のどこがいい!それが顔だけならお前はただの愚か者だ!」


 やっぱり緋想さん、結構心にグサッと来るね…心が痛てぇよ。

 緋想さんの言葉で美奈子の口調がさらにヒートアップした。


「逆に聞く、お前に人を愛したことがあるか!恋愛をしたことがあるか!誰でもいい!お前が心の底から信頼した奴がいるか!」

「そんなことあるわけないだろ!お前に私の何が分かる!人の気持ちを考えないで憶測でモノを言うなよ!」

「だったら、昔のボクと同じだ!あんたが言っているようにボクは醜い。でも、こんな醜い容姿をしているボクを晴馬くんは唯一理解してくれた人だ。気持ちを考えることができなかったボクを唯一救ってくれたのは晴馬くん。ただ一人だ!だから、そのおかげでこうしてあんたの前に立っている。」


 と、ここで一息ついて美奈子はさっきまでの口調とは打って変わって、優しげな口調で緋想に話しかけた。


「あんただってボクやみんなのことが嫌いかもしれない。でも本当は悪い奴ではないことは最初から知っていたよ。」


 やれやれ、美奈子が、暴走状態を自分で止めるとは…成長したな。


「で、でも…」


 緋想さんの言葉を聞いた僕は無性に仲裁に入りたくなり二人の間に割って入った。


「はい、そこまで。」


 僕の登場に一瞬だけ驚いた緋想さんが美奈子から僕に目線を変えた。


「なんだ?お前は?」

「通りすがりのクラスメイトさ。ホントは覚えてほしいけど、覚えなくていいや。」


 さぁ、ここからは僕のターンだ。

 僕は美奈子をどうどうと抑えると、緋想さんに向けて言った。


「緋想さん、僕はお前が言っていることをすべて否定するわけではない。お前が言っていた『人を見た目以上に判断することなんてない』って言葉、正直グッと来た。そして共感させられた。だが、それと同時に自分に足りないものを実感された。そしてお前を見ていて思ったよ。『お前は感情に左右される』って…。」

「私の感情が何を言っているのかお前に分かるのかよ。お前が事の発端なのだろ?だったら止めてくれよ。そんなことに付き合わされる私たちのことも考えてくれよ。」

「正直底に関してはここまで事を大きくしたことを後悔している。でも僕は君という新しいクラスメイトを迎えることができてよかったと思っているよ。」

「……。お前は…優しい人だな。それでいて悲しい人だ。」

「そう思ってくれて結構だよ。」


 最初は何かを言いたげだった緋想さんだったが僕の言葉に怒りの気持ちは下がっていった。

 そして、最後はおずおずと引き下がった。


「ふん、お前が言いたいことは分かった。でも、お前も同じなのだな…。感情に負けない。それだけの意思があれば問題ないだろう。」


 それだけ言うと緋想さんは身を翻し、どこかに行った。

 どういう意味だ?あいつは僕のなにを知っている?

 何か感じるものがあったのだろうか…。

 だが、僕は特に気にすることはなかった。

 今はそんなことよりもやるべきことがあったからだ。


「美奈子、大丈夫か?怖かっただろ?」


 僕の言葉に今まで詰まっていたものがすべて崩れ去ったかのように美奈子は僕に抱き着いてきた。


「わぁぁぁん!!」

「んなっ…」

「怖かったよぉぉぉぉ。」


 僕はとっさに理奈の方向を見た、こういう時は何かを言うかもしれないからだ。

 理奈は「まあ、しょうがないか。」とでも言いたそうな表情をしていた。


「怖かった、晴馬くんが酷いことを言われていて我慢できなかった。どうしようもなかった。それであの人にけんか腰になるような口調をしちゃって…もう…ボクどうしたらいいのか分かんなかった。」


 そう言っている美奈子の頭を僕はずっと撫で続け、答えるべき言葉を簡潔に言った。


「大丈夫だ。美奈子は美奈子が信じたいことをしたらいい。僕や理奈もおんなじことを思っているよ。」

「うん…うん!ありがとう!」


 その後も美奈子は僕を抱いたまま泣き続けた。

 しかしなんだか…あれだな。クラスのみんなの前で泣かれるのもすごく嫌だな。

 主に僕がだけど。

 美奈子が泣き止み、クラスの空気も少しは明るくなったところで僕は改めてみんなに向かった。


「みんな、今日はすまなかった。せっかく来てもらったのにこんなことになってしまうなんて…。僕がすべての原因なのは分かっている。だが、それを承知で言わせてほしい。『席替えの事は僕を外した状態で始める』ということを認めてほしい…」


 これが、僕と優実が考えた最終手段、席替えの状態を僕抜きで始める。

 もとより、今日の出来事が僕の不祥事というのなら、その元凶を潰してしまえばいい。

 優実のアイデアはやはり最強であったか。

 コホン、つまり、どういうことかというと、僕は席替えに参加することはなく、余った席を自由に使えるということだ。

 そうすることのメリットはまず、今回みたいな喧嘩がにくくなる。

 席替えを自由にしたため、二人が同時に僕の方へとやってきた、これが原因。

 だったらその原因である僕を排除すればこのようなことは起こらない。

 だが、デメリットもある。

 それは、二人から恨まれる可能性が高くなるということだ。

 席を自由に使える、逆に考えれば、例えば、絶対に隣を空席にする奴が現れたとするとあまりものをしている僕が必然的にそこに座ることになる。

 そうなってしまうと、二人からの眼が怖いという事…。

 だが、これをやらないと今後、今回のようなことが起きてしまうのだ。

 そんな無謀にも思えるような僕の提案にまず乗ってくれたのは先生だ。


「分かった、石倉がそれで構わないというのなら特に問題はない。生徒の意見は尊重すべきだからな。実際に空いている席はいくらでも存在する。存分に使ってくれたまえ、それと勝負の件だが…」


 先生の言葉を僕は遮っていう。


「僕の一人負けでいいです。今回は迷惑をかけてしまったという事と来てもらったのに何もできなかったということでせめてものお詫びということで…」

「了解した、みんな、それでいいな!」

「「「「おおー!」」」」


 先生の言葉にみんなが一斉に大盛り上がりを見せた。

 みんなもケーキのためとはいえ、よくやったよ。

 タダでケーキ食えるなら充分じゃないか。

 さて、これで、僕の仕事は終了。

 誰も傷つかない席替えなんて作るのは簡単だ。


「晴馬くん、君はやっぱりすごいよ。」

「そうね、今回は晴馬がすごいと思ったわ。」

「そんなことないよ。結果的にはそうなっただけで僕は基本的には何もしていないよ。」


 結果的には僕の負けだが、問題はなかったと言えるだろう。

 だが、実際のところ、緋想さんの登場がなくてもこのアイデアは決行した。

 だが、どうしても本当にドッヂボールが開催されるようなら最後の一人は恐らくこの二人になる。

 そこから先はもう天に任せて、しっかりと勝者が決定するのを見届けるしかなかった。


「ところで、晴馬、緋想さんなんだけど…」

「ん、あの不良女子高生がどうかしたのか?」

「緋想さん…実は私たちと同じ中学校の出身なのよ。」

「マジか…。」


 本当に知らなかった。

 というか当時のクラスメイトに関心がなかったため、もちろんさらに人数の多い学年になんか目がいくわけがない。

 緋想さんの事は軽く噂程度で聞いたくらいだったから、僕の頭からはすっかり記憶から抹消されていた。

 やれやれ、向こうは僕のこと知っているのかな。


「しかも、入学早々、ナンパ男から女子高生を守ったとかで注目されていたのよ。」

「あ、それボクも聞いた。すごい人だなとか思っていたけど…あんな人だったとは思わなかったよ。」


 緋想さんの性格は人になじめるようなものではないけど、根は良い奴ということが分かった。

 というよりも緋想ってどっかで聞いたことあるような苗字なんだよなぁ…。

 やれやれ、そんなわけないか。


「やっぱり、緋想さんは良い奴だって僕は最初から知っていたもん。」


 僕の言葉に二人がムッとなって返してきた。


「嘘つけー緋想さんの事なんて眼中になかったくせにー」

「晴馬くんが人に関心があるわけないのですよ。」

「そんなことないですー。緋想さんが言う前に気づいていましたー。」

「おい、その話は本当なのか?」

「ひゃぃ!?」


 後ろから掛かる冷徹な声、さっき聞いたはずの声、僕が振り向くとそこにはどこから現れたのか緋想さんが怒りをあらわにした表情で立っていた。

 うへぇ…これでゲームセットと思ったのに…ああ、これがエンドロールってやつか。

 キャスト紹介はスキップ可能だろうなぁ?


 緋想さんの再びの登場にクラスメイトはまた不穏な空気が流れた。

 やはり、人の外見というのはこれだけの圧力を持っているのか。


「や、やあ緋想さん、さっきぶり。」


 僕は聞かれてないことを祈りつつ、緋想さんに挨拶をする。


「ああ、さっきぶり…」


 あ、この人挨拶返すのか。

 やれやれ、不良と言われているのに律儀というか何というか…


「というのは置いておいて本題に入ろう。石倉、お前は私のどこを見て判断した?」

「へ?」


 やっぱり、聞かれていたか。

 でも、てっきり怒られると思った僕は変な声を上げてしまった。


「ど、どこって言ったって…」


 やばい、何か答えないといけない。

 でも、緋想さんの眼は僕が何を言っても殺すという眼をしている。

 やばい…。


「答えろ、聞いたところで何もしない。」

「ほ、ホントに?」

「当たり前だ、聞いて何になる?本来なら聞く必要などないのだが、気になったのでな。だが、返答次第では…」

「前言撤回するのはすごく、早くない?それに、僕はまだ生きていたいから答えるよ。」


 緋想さんからの許しが出たので僕は「コホン」と言って緋想さんの眼を改めて見た。


「はぁ、しょうがない。そこまで言われたら答えようか。緋想さん、僕が気付いた原因は君の眼だ。なに、そこまで難しく考えることはない。」

「どこから気付いていた?」


 ほう…そういう返答をするということは半分図星ということか。

 空想も悪くないな。


「緋想さんが美奈子をブサイクといったときから気づいていた。とでも言っておこうか。」

「晴馬くん、さりげなくブサイク呼ばわりはひどいよ…それとブサイクっていったのは晴馬くんだけだよ。」

「ほっとけ、ここからが良いところだから邪魔しないでくれよ。」


 知るか、僕は緋想さんと話している。邪魔をするなよ。

 僕は美奈子の言葉には反応せず、緋想さんからの質問の回答の続きをした。


「多分だけど、君の眼からは不良のレッテルとは裏腹に『正義感』しか溢れていなかった。これは僕が言っていいのか分からないのだけれど、緋想さんは多分、僕と同じなのだろうね。ほっとけない性格、守りたい人がいた。そしてその代償は『人から好かれなくなる』ということ、何から何まで僕とそっくりだ。でも、あんたと違うところをあげると、僕はそれをやめたということ。その理由としては…っと、喋りすぎたな。とまぁ、こんな感じ。後半は僕の想像だけど合っているのかな?緋想さん。」

「石倉、あんたが言っていることは正しい。私も人から好かれることはなかった。だから、お前たちとも仲良くするつもりはない。だが、その…」


 僕の言葉に緋想さんは最初、拳を震わせていたが、最後は目から涙が流れていた。

 そして、泣きながら緋想さんは一字一句きちんと言った。


「ありがとう…」


 そう言って、緋想さんは僕たちの目の前から去っていった。

 やれやれ、今度こそこれで一件落着ってことでいいか。

 ったく、スキップできないスタッフロールはあまりうれしくないね。

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