第四章:剣も魔法もない学校へ
「サイラス、起きて!」
たまに叩かれる形で、俺は布団の中で目を覚ました。因みにこの布団、たまの部屋の床に、彼女の母により敷かれたものである。あの小さなテーブルは、布団と入れ替わる形で、たまの手により部屋の一角にある収納庫に片付けられている。あのテーブルの脚が折り畳める事実にはちょっと驚かされた。ついでに収納庫の扉は観音開き、何でもあそこはたま曰く、「クローゼット」って言うらしい。
オレは異世界から来たさすらい者とは言え、あの親が年頃の男女を同じ部屋にいさせることをよく許したもんだ。
「よく寝れた?」
「まあね」
たまはベッドから降りるなり、本棚から一冊のライトノベルを取り出した。
「これ、分かる?」
その本のタイトルは、『異世界で魔法修行中!』と称されており、表紙にはテンパった表情で魔法の杖をかざす少年と、その傍らに小さく、ウインクをしながら華麗なポーズを決める形で映る美少女の姿があった。
「これがどうした?」
「この本の主人公はアンタぐらいの年頃の少年。ニッポンから異世界へ移り、魔法学校に転校して新たに魔法を習う。つまりアンタとは逆の立場。面白いでしょ~」
ライトノベルとともに顔をぐいっと近づけてくるたまに、オレは思わずのけぞった。
「さあさあ、早く支度しないと遅れちゃうわよ!」
「ちょっと待て、オレの服は?」
「ああ、そうだった」
たまが盲点に直面したかのように目を見開いた。
「仕方ないわね。じゃあそのままの格好でいいや。学校へ行って制服に着替えてもらえればいいから」
「ちょっと待って、早速オレ、お前と同じ学校に行くの?」
「仕方ないでしょ。どうせアンタ、元の世界に帰る方法とかないんでしょ?」
「ないよ。でもいつまでもここに安住するつもりもないから」
「さっきの異世界で魔法修行している少年だって、その世界に馴染んで、ド素人から魔法を学んで成長したんだから。アンタだって、この世界の住人として新たに生きる決意をしたら?」
「そんな軽い問題じゃないんですけど。グロウファード国のみんな、絶対オレが消えたと心配してるんですけど!」
オレは半ば感情的に言葉で抵抗した。
「そのグロウファード国も、何だかんだで何とかなるって。だからアンタは安心して、私と同じ学校に行けばいいのよ」
たまは相変わらず能天気に答えながら、いきなりワンピース型のパジャマを豪快に脱ぎだした。
「うわあああああっ!」
オレは魔法の弾丸に身構えるような早さで枕に伏せた。
「脱ぐなら脱ぐと予告しろ! 俺はグロウファード国から遥々、一端の女の子のピンク色のパンティーを見に来たんじゃねえんだからな!」
「何よ、そんなに恥ずかしがっちゃって~」
「お前が少しは恥ずかしがれ! とにかく、着替え終わったら俺に知らせてくれ!」
オレは枕元に全力でうずくまったまま吠えた。
「もしかして、グロウファード国で、初体験したことないんだ?」
「なかったら罰でも当たるのか?」
「別にそこまで言う気はないわよ。大袈裟ね」
そんなこんなで一分ぐらい過ぎたと思われた時に、枕に密着中のオレの肩が叩かれる。
「終わったわよ!」
オレがおそるおそるたまの方を見上げると、そこには立派な「制服」を身にまとったたまの姿があった。確かに正装だが、そこまで気高いわけでもない。グロウファード国の剣士や魔術師の衣装と比べると、さして派手でもないが、言葉にするほど地味でもない。赤いチェックのリボンタイとスカートが見事なアクセントになっていて、紺色のブレザーを映えさせているからだろう。
つまり、この制服、等身大の女の子らしくてかわいい。
朝の食卓に差し出されたのは、ベーコンエッグトーストだった。
「これなら、見たことがあるぞ」
「グロウファード国でもあった?」
「スクエアテーブル剣士団の女の子が作っていた」
「アンタがそこにいたってこと?」
「そうさ。名前はシーラ。朝ごはんにシーラがベーコンエッグを作っていたことがある。その娘もまた、異世界から転生してきたらしい。でもオレみたいに生きたまま世界を移ったんじゃない。今のオレの場合は異世界転移、アイツは不慮の事故で死んで異世界に移ったから異世界転生と言われた」
「それぐらい分かってるわよ。私なんか生まれてこの方今まで読んできたライトノベル、百冊越えてるんだから。さあ、早く食べよう」
「分かった」
オレはナイフでベーコンエッグトーストを一口分切り取り、それをフォークに刺して口入れた。
「シーラのより旨い」
「本当?」
「ああ、シーラのベーコンエッグは焦げ焦げだったからな」
たまが同情を込めたような笑いを見せた。
「行ってきま~す」
たまは家族にそう告げると、オレの手首を掴み、半ば突き破るように扉を開けた末、急ぐように道へ繰り出した。ちなみにオレが背負っているリュックには筆箱とメモ用のビッグサイズの紙が十枚分、たまの母がご厚意にも作ってくれた弁当が入っているが、教科書なんてあるわけもないから中身はそれだけでスカスカだ。
「良かったね、パパとママもOKしてくれて」
たまは無邪気にオレを連れて走り続けた。
「待ってくれよ。本当に学校へ行くのか?」
「何よ、剣を取られた今、学校に行かなければアンタはどうせただの浮浪者なんだから。そうなるよりは、私と一緒に学校にいた方がいいに決まってるじゃない」
「そ、それは分かってるけどさ」
「分かってるなら、反論の余地はなしよ! さあ、目指せ学校、学校!」
たまの異様なハイテンションに俺はされるがまま、学校へとたどり着いた。
「おはようございます!」
「おはよ……その人は誰だ?」
「異世界からやって来た男の子です。何か知らないけどウチの父がそう言って私の家に連れて来ました」
たまは先生らしき男性に対し、アッサリと事実を正直過ぎるほどに話した。向こうはキョトンと首をかしげている。
「すみません。彼は私のいとこです」
急にいとこ扱いされたオレはたまに疑いの目を向けた。
「ああ、そうか。じゃあ、話は早いや。それじゃあ、神城たまは先に教室に行ってなさい。こっちで後を継ぐから」
「それじゃあ、また後でね~、神城シンペイ」
たまは呑気にも俺に「いとこ」としての名前を投げやると、オレに手を振って、さっさと行っちまった。
その後俺は、校長室に連れて行かれると、さっさと男物の制服に着替えさせられる。
「ほお、随分決まっておる」
校長先生は、まるで道端に落ちていた回復用のアイテムを見るような目で俺の姿を確かめていた。
「神城たまの保護者に引き取られたなら、転校の手続きに関してもそっちに知らせておくのが早いか。ちなみに君の生年月日は?」
「2001年6月15日です」
「今は2017年だから、君は高校一年生だな」
「はい」
「それじゃあ、君を一年C組の教室へと案内するとしよう。そうだな」
校長は隅に置かれた棚の下段から教科書的なものを机に移していった。
「ここにあるのが今日のC組の授業に必要な教科書だ。あとの分は今日の全ての授業が終わった後に渡そう。それじゃあ目黒先生、彼を案内してくれ」
「担任は俺だから。『目が黒い』と書いて目黒先生、よろしくな」
「はい……」
校長室までオレを連れてきた男性が、正に目黒先生か。目が黒いと言うが、実際のその目にはどうも覇気が感じられないのが気になった。魂でも抜けているのか?
ともあれ、その目黒先生に教室へ導かれると、目黒先生が、「はいはい、静かにしろ~」と生徒たちを治める。オレは一気に緊張しながら教室中の生徒たちを見渡すと、窓際の後ろの方で、たまが手を振っていた。
先生が当たり前のように、黒板に「神城」とまで書く。
「下の名前は、どんな漢字だ」
一応、グロウファード国にも漢字は存在するが、「シンペイ」なんて急ごしらえな設定上のいとこに投げ渡された名前の正体なんて、オレは知る由もない。
オレは申し訳なさげに先生からチョークを受け取ると、「真平」とヤケクソに力強く書いた。
「よし、じゃあ自己紹介だ」
「……神城真平です。よろしくお願いします」
教室から拍手がこぼれるが、オレに歓迎を味わう余裕はない。急に別世界の学校の一員になったことをスンナリと受け入れられるほど、オレは仏ではないからだ。
「それじゃあ席は、たまの隣が空いてるな」
話は早いとばかりに、たまがすでに俺に向かって屈託なく微笑みながら手招きしている。ちなみに彼女がいるのは窓際から二番目の列の最後尾だ。
「あの席についてくれ」
「分かりました」
オレは早速、たまの隣へ向かうが、何故か早速生徒たちの何人かから失笑がこぼれていた。
「右手と右足が一緒に出てた。アンタって面白いわね」
席に着くなり、たまがニヤつきながら指摘した。
「ああ、そうかい」
「アンタ緊張し過ぎ。もうちょっとリラックスリラックス」
たまがそう囁いてくれるが、オレがこの学校に馴染むのは彼女ほど早くはならなそうに思えた。
そのまま四限目まで授業が続いたこと自体だけはグロウファード国の剣術学校と同じで、昼休みを告げる鐘っぽいものが鳴る。やたらと澄んでいて癒やされる感じがする。まさか、あの時計の奥にその手の鐘でも仕込まれているのか。ともあれ、教室の中や外が慌ただしい声や物音で支配された。
「真平」
「え?」
まだその名前に慣れていなくて、オレはついついたまに聞き返してしまう。
「ここでは『真平』だから。この世界じゃ、サイラス・アルトリウスなんて名乗ったら、チューニビョーと言われて冷たい目で見られちゃうわよ」
たまが真顔でオレに囁いた。
「さあ、弁当食べに行くわよ。私のママに作ってもらったでしょ?」
「そうだな」
「表情堅い~、折角弁当作ってもらえたんだから、少しは喜びなよ~」
たまが唐突に俺の頬をグニャグニャといじってくる。何だこの激しめなスキンシップは。喜ぶべきなの? 突き放すべきなの? それともやっぱり喜ぶべきなの?
「あの、そろそろ放してくれないか? 周りの視線が何か痛いから」
オレは綻んだ顔でたまに頼んだ。彼女が周囲に気付くや否や、大人しくオレを放してくれた。オレはリュックから青いナプキンに包まれた弁当箱を取り出すと、たまがまたも問答無用でオレを教室から急ぐように連れ出した。
「なあ、毎回それ何だよ! 時には行き先ぐらい告げてくれてもいいだろう!」
オレは廊下で人目もはばからずたまにツッコミを入れる。
「屋上!」
「ちょっと待った!」
意味不明な回答にオレはさすがにたまの手を引き返し、二つのかかとを床に突き立てて強制的にストップさせた。
「昼飯食うだけだろ? 何でわざわざ屋上なんだ?」
「何だっていいでしょ!」
「オレと二人きりになってどうするつもりだ? まさか……!」
「いいじゃん、いとこ同士で仲睦まじく弁当を食べる特別な一時を求めただけよ。それにアンタ、見るからにまだこの学校に馴染みきれてるわけじゃなさそうだし、たまには一息つく間が欲しいでしょ?」
「それは確かにそうだけど」
「じゃあ文句ないわよね。レッツゴー!」
「早っ!」
再び手を掴まれて急かされるように屋上まで連れ込まれると、戸口からさらに数歩進んだ。
「ようし、ここでいいわね」
たまは弁当箱に包まれたナプキンを広げる。オレも渋々それに合わせて自分の弁当箱を解く。
「準備はいい?」
「いいよ」
「それじゃあいただきまーす」
「いただきます」
二人して弁当の中身を開ける。
「凄い。八割方中身が一緒……!」
正にたまの言う通りだ。弁当箱の色こそピンクと黒で違うが、楕円形であることも同じであれば、中身も左側が紫色のトッピングのようなものが中心にかかったご飯、右側はキウイ、卵焼き、焼きそば、きんぴらごぼう。違うのはごはんの隣の上部分の一角に盛られているのが、たまがほうれんそうのソテー、俺のが白身魚のソテーであることだ。て言うか結局ソテーされていること自体は一緒か。
たまは早速そのホウレンソウの塊を一口で平らげた。オレもそれに合わせるように白身魚をかじって味わう。魚の香ばしさが確かに心地良いと思った。
「そう言えばなんだけど……」
話を切り出しにかかるたまに、オレが振り向いた。
「確認だけど、本当にグロウファード国からこの世界に迷い込んで来たの?」
「その通り。最初、警察署に連れ込まれて取調べを受けた時は、全然信じてもらえなくてさ」
オレは昨日の苦くて苦しい記憶に顔をしかめながら語った。
「じゃあ、グロウファード国ってどんなところ?」
「一言で言えば剣と魔法の世界。オレは剣士だけどね」
オレは自信満々に故郷を語り始めるのであった。
「ふんふん、それで?」
「街並みにある建物は主にレンガが石を積まれてできている。灯りはここみたいに上から光がパッと灯っているんじゃなくて、ロウソクが壁際にかけられているのがほとんどだ。それに、この世界にはびこる『クルマ』みたいな鉄の箱なんて存在しない」
「やっぱり本当にクルマないんだ」
「馬車ならあるけどね」
僕はちょっと笑いながらたまに語りかけた。
「ねえ、やっぱり敵とか攻めてきたりするの?」
「ダミアンだよ、ダミアン。アイツが黒魔術集団を引き連れてグロウファードをぶち壊そうとしやがった時だ」
「ダミアンっていう人が侵略に来たんだ。やっぱりあるんだ、そういうのって」
とリアクションするたまの目は何故か爛々に輝いている。彼女的には、オレがダミアンと起こした修羅場はライトノベルに書かれたものと同じノリで、それが現実にあるんだと舞い上がっているんだろう。純真に憧れているようなその目につられて、オレ、またニヤリとしちゃったよ。
「で、そのダミアンってどんな攻撃を仕掛けてくるの?」
「ああ……」
また嫌な記憶がオレの脳内に渦巻いている。
「アイツは魔法の杖の先から、拳を繰り出す」
「拳? 拳だったら素手でやればいいじゃない」
「魔法で拳の形をしたエネルギーを繰り出して相手にぶつける。ちなみにオレはソイツで殴られた拍子に、オーロラ色の落とし穴にハマり、そして……」
突然、扉が開ける音に話を遮られた。戸口に一人の美少女が立っている。しかし美少女というのは制服がスカートだからそうだと言うだけで、自然味溢れるショートヘアーをはじめ、見た目は完全に純粋にあどけない、内気な少年って感じだった。
「イケメン転校生を発見しました」
謎のボーイッシュな少女の口調には、今ひとつ生気が感じられなかった。
「イケメン……?」
「はい、あなたというイケメンです」
昼食を入れたらしき袋を手首に引っ掛けたままの少女は、冷淡な第一印象とは裏腹にズカズカとこちらに踏み込んでくる。
「ちょっと、一体、何なのよ!」
オレとの間に割り込まんとした美少女に、たまが抗議する。
「このイケメンのことを調査に来ました」
「勝手に私たちのお昼の場に強引に割り込まんとしている地点で、とても調査に来る態度とは思えないけど」
「お邪魔猫は引っ込んでいてください」
「私はたまだけど猫じゃない! この場所は私が先に取ったのよ!」
「関係ありません」
「彼は私のいとこなのよ!」
「そうなんですか?」
謎の少女が改めてオレに注目する。
「いや、何て言うか……」
オレは答えに窮した。実際、オレがいとこと言うのはたまの急ごしらえの嘘だ。だがそれを否定すれば、折角匿ってくれた彼女の顔に泥を塗りかねない。男としてそれは気が引ける。
「その通りだよ。オレはたまのいとこだよ。だって名字、同じ神城だもんな。アハハ」
「分かりました」
謎の少女は大人しく戸口へ戻らんとしたが、直前で足を止め、再びこちらへ振り返ってきた。
「ちょっと待ってください。いとこ同士ということは、恋愛関係にないのですよね? せいぜい友達のように仲良くなる程度がほとんど。私が彼とお供してはいけない理由にはなりませんね」
そう語った少女は、一貫したクール過ぎるほどクールな表情のまま、急に俺に抱きついてきた。ある意味、寄生虫よりもおっかない。
「さあ、イケメン君。一緒にランチしましょう」
「アンタね~!」
たまが力づくで俺から美少女を引き離した。
「神城たまさん、あなたのいとこは私のもの、私のものは私のものです」
「何よ、ロボットみたいな図体してジャイアン精神発揮し過ぎなのよ! 彼はまだ転校初日で緊張してるの! この学校の右も左も分からないの! そんな急に絡まれたって、彼はドン引くだけよ!」
たまの諭しに少女が無表情のまま頬を膨らます。それが怒りのサインなのか。だがその人間味のないアンバランス感が、かえって可愛く見えてしまう。
「見てください、イケメンの頬っぺたが赤くなってます。 ドン引きどころか照れ隠しの証拠です」
半ば心境を読み取られ、オレの目が泳ぐ。
「あ、あのさ、たま、この娘知ってる?」
「私のことを言っているのですか?」
たまが答えるよりも早く、美少女が自身を指差して反応した。
「さあみんなで飛び込もう、愛が溢れる海へザッブーン! 一年A組、サノウラマナミで~す!」
愛海は唐突に満面の笑みで、体を空間一杯に使ってアクションしながら、最後は微妙に体を傾けつつ、胸元に両手で作ったハートを添えて可憐にアピールした。ある意味、初めてクルマを見た時よりも衝撃度は大きい。
「ちなみに漢字ではこう書きますので、今後ともよろしくお願いします!」
彼女はそう語りながら、実際に「佐野浦愛海」と書かれた紙を広げて見せた。しかし、それをポケットに戻すなり、愛海は再び元の凍てついた顔に戻った。
「あなたが今日突然転校してきたイケメンですか。名前は」
「サイラス……」
「シイイイイイッ!」
たまが人差し指を口の前に立て、全力で口をつぐむサインを送った。
「神城、真平です」
「それがあなたの名前ですか。早速私と仲良くなって一緒にお昼を共にしましょう」
愛海は何のためらいもなく、俺とたまの間に割って入らんとした。この肉食ぶりにはオレも圧倒されるしかない。しかし、たまが再び愛海を押し返す。
「いきなり私のいとこに何なの?」
たまが当然とも取れる怒りを示す。
「これは女子高生としての生存本能です。何学期の始業式でもない時に、唐突にイケメンが転校してきたんですかよ? 突然に舞い降りたチャンスを逃さぬ手はなし。こうやって女の子が優しくコミュニケーションすることで、彼の緊張をほぐしてあげる。転校生を正当かつ健全に学校に馴染ませる最適な方法です」
「綺麗事言わないでよ、愛海! 結局あれでしょ、私から彼を奪い去った時みたいなノリでいとこまで奪う気でしょ!」
たまの怒りの弾みで出た新情報に俺は戦慄した。
「彼を、奪った?」
「そうなのよ。この愛海って女、このナリで私からフウタって彼氏を奪ったのよ」
「その後フウタくんは、『オレはケンカの景品じゃない』と語り言ってあなたの元からも、私の元からも去りました。だがそれでは、私たちの決着がついたことには未だにあらず、それはただの痛み分けです』
「ふざけないで! 私は完全な被害者よ! アンタが私から彼氏を奪ったんだから!」
「ちょっと待ってくれないか? この国では、一人の男の子と付き合いたいがために、女たちが戦争するのか?」
「高校という国ではね」
たまが嘆くように答えた。
「……スケール小さっ」
「失礼なことを言うのはやめなさい」
愛海が一段とシリアスな口調でオレを諭した。
「女子高生にとっては、この高校生活の中で、スペックの高い男の子と付き合えるかどうかのステータスは、今後の人生さえも左右するような問題です。むしろこれは青春を生きる者としての生存競争です」
愛海の壮大に思える語りが、オレには今ひとつピンと来ない。オレ自身、グロウファード国で、恋人とは比べものにならないものを賭けた戦いを剣士として幾多も経験してきたからだ。
「私もまた、その生存競争を生き抜かんとする戦士の一人。その務めを果たすべく、あなたと契約を結ぶことにします」
「け、契約って何の!?」
いきなりハイレベルな申し出に、オレは仰天した。
「ちょっと待った!」
三度たまが愛海の目の前に立ちはだかる。
「契約ってもしかして恋人同士としての契約ってこと?」
「何を言っているんですか。いきなり恋人とは、さすがにおこがましいです。今はただの仲良し契約、初期段階ですよ」
愛海は相変わらずタイプライターをつづるような調子で説明する。
「初期段階があるってことは、結局、恋人契約、果ては結婚契約も存在するってことでしょ?」
たまが警戒心剥き出しで愛海を問い詰める。
「もしやあなた、いとこに惚れましたか?」
「そんなんじゃない! アンタみたいな彼氏略奪を好み、人の人生に対する破壊活動を惜しみなく行うロボット女子には、いとこを任せられないってこと!」
「あなたはいつどこの頑固オヤジですか」
「フウタと理科室で隠れてチュッチュしてた癖に!」
「言いましたよね? フウタくんは私のもの、私のものは私のものだと。奪われた地点で観念して引き下がれば良かったんじゃないですか?」
この愛海という少女は、冷静な語り口でドギツイ内容を平然と放っている。ある意味、あの日の、紫色に妖しく輝く目をした黒竜よりも厄介な寄生虫だ。
「さあ、こんなお邪魔猫は放っておいて、私と一緒に食べましょう」
愛海はそう言いながら、今度はたまとは反対の位置から、オレの間近へと陣取る。オレのナプキンの延長線の範囲内へジリジリと俺に圧力をかけながら押しやってくる。
「あっ!」
突然オレが、愛美の頭上に水筒が立っているのに気付く。
「どうしました?」
「何て言うか、頭上……」
愛海がそっちを見上げると、あの日のドラゴンに負けないくらい妖しく目を光らせて立つたまが、水筒をかざしていたのだ。
「それ以上やったら、このお茶かけるわよ?」
「……仕方ないですね」
愛海はお茶で身を濡らされる屈辱を嫌い、渋々校舎内へ通じる扉に戻った。
「しかしこれでお終いじゃないことを覚えておいてください」
愛海はそう言い残して去っていった。たまが水筒を置き直すと、数秒間うつむいていた顔に満面の笑みを蘇らせた。
「さあ、お昼の続きにしましょう!」
「う、うん!」
こうして俺は改めて、「いとこ同士」二人きりの昼食を全うした。
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