第三章:ニッポンのお家にお邪魔
「うわあっ!」
ツインテールをしたその女の子は驚きの余り、尻餅をついた。
「パパ、何て人連れて来ちゃってんの?」
女の子はゾッとしているようだった。
「どうやらコイツは、ニッポンとは別の世界から迷い込んで来てしまったらしい」
署長は臆することなく、娘にそう告げた。彼女は警戒した様子でゆっくりと立ち上がる。
「ねえ、アンタ誰?」
「サイラス・アルトリウス、グロウファード国から来た剣の勇者です。剣は警察に没収されたけど」
「この人、チューニビョーじゃないの?」
女の子はさも当然のように署長に問うた。
「いや、彼は本当に異世界から迷い込んだ剣の勇者らしい。まあ、あくまでも彼曰くなんだがね」
「ああ、そうなの」
「心配はいらん。これでも彼は勇者と言うから、悪いようにはしないだろう。自己紹介してやれ」
「分かった。一応、神城たま。『神様の城』と書いて神城、『たま』はひらがな。十六歳。警察署長の娘。で、アンタちなみにいくつよ?」
このたまという女子は、スクエアテーブル剣士団の誰もが魅了されそうなぐらい自然味溢れる可憐な顔立ちに似合わず、やけに馴れ馴れしくオレに問うてくる。
「オレも、一応十六歳だけど」
「へえ、タメなんだ」
「君の家に、しばらくお邪魔することになるけど、いいかな?」
「マジで? 私は別に構わないけど?」
たまの目が爛々と光っている。一体、彼女は何を考えている? 異世界から来た男子が突然、自分の家にやってくるのがそんなに嬉しいのか?
「私、家の中案内してあげてもいいわよ」
「そうか、是非そうしてあげなさい」
「はい、じゃあ、私について来ちゃって~」
軽いノリで俺に手招きをしながら、さっさと奥へ進むたまに、オレは慌ててついて行く。
「ここにいるのが私のママ」
台所に案内されると、たまはカウンター越しに、洗い物をしている母親に手を差し向けた。母親はこちらを向くなり、目が点になった様子だった。蛇口から水がこぼれる音だけが部屋に鳴り渡る。
「誰、この人?」
「サイラス・アルトリウス、勇者だって」
「もしかして、本格的なチューニビョー」
「ああ、私もそう思ったんだけど、パパ曰く本当に勇者で世界から迷い込んで来たみたい。詳しいことはあとで説明するわよ。今は彼に家中を案内したいの」
爛漫な様子で母にそう告げたたまはオレの手首をむんずと掴む。
「ここキッチン、ここダイニング、向かいはリビング」
それだけ告げてたまはオレの手を引こうとしたが、オレは手を引っ張り返して彼女を引き留める。
「なあ、あの黒い箱は何だ? 人が映ってるけど。おまけに足的なものが生えてるけど」
そう、実際にリビングの壁際に置かれた、幅の狭い黒い箱からは、四本の足が×の字を描くように生えているうえ、中では人が喋っている。て言うかこの人、箱の中に閉じ込められているのに何故平気な顔をしてお喋りしてるんだ?
「ああ、それはテレビ。中に人が閉じ込められているんじゃなくて、どこか遠いところで起きている場面を映し出すものよ」
「真実の水晶と一緒だ」
「真実の水晶?」
「オレがこの世界に飛ばされる前に戦っていた、ダミアンという悪者がいるんだ。彼はデオルク軍のリーダーだが、その軍が、俺の故郷、グロウファード国を潰そうと決起集会をしている場面が、真実の水晶に映ったんだよ」
「じゃあ、このテレビが、あなたの国でいう真実の水晶って感じね」
たまはオレがテレビを理解してくれたことにやたら嬉しそうな顔をすると、再び一方的にオレの手を引いて次の場所へ連れて行った。
こんな調子で、たまは、他にも手洗い場、風呂場、トイレ、そして二階には家族それぞれの個室があることをテンポ良くオレに教えてくれた。
「最後にこちらが私の部屋で~す!」
たまは自信満々に部屋を見せつけた。天井に白い月のような光が堂々と灯るその部屋には、壁中に俺と同じ年ぐらいの若者の絵が描かれた大きな紙がそこかしこに貼られている。しかもこの絵ひとつひとつが、オレの国にはないような、過剰に美化された姿になっている。
「どう? 気に入ってくれた?」
「何か、派手だね」
オレは余りにも斬新過ぎる部屋の中身を見る余り、リアクションに困っていた。
「ちょっといい?」
たまは棚から一冊の本を取り出した。
「これ見てよ」
その本の表紙には、『華麗なる剣士への転身』というタイトルとともに、一人の剣を持った、まあまあイケメンな少年と、それに寄り添う少女の姿があった。
「これは何だ?」
「ライトノベル?」
「ライトノベルって何だ?」
「ああ、何て言うか、作り話よ」
「作り話?」
「そう。これは、この世界から別の世界へ飛ばされた一人の少年が、剣の勇者に成長する物語。読んでみると結構面白いわよ?」
たまはそう言いながら、いきなりオレに本を差し出してきた。オレは彼女のノリに押されるがままに受け取り、流れのままに中身を開く。
「文字が一杯だ」
「本って大体そうだと思うけど。ああ、写真集とかは別よ。あれは同じ人の色んな場面で撮られた写真をたくさん貼っているのがメインだから」
本棚を確かめてみると、そこには三段にわたり、何ともカラフルな背表紙が並んでいる。もしかしてほとんどライトノベルって奴か?
「他にもこう言うのとかはどう?」
たまはオレにもう一冊の本を差し向けてきた。その表紙では、フォーマルな服に身をまとった少年が、困り顔で三人の少女にくっつかれている。
「これはいわゆるハーレム・ラブコメ」
「ハーレム……ラブコメ?」
「恋愛喜劇って意味よ。このイケメンの男の子をめぐって、三人の女子が争うの」
何か、男の子にとっては迷惑なんだか嬉しいんだか分からない。
「これには、剣とか魔法とかは……?」
「それはない。ここ現代のニッポンを舞台にしているからね」
この世界に剣と魔法が存在しない的なことは聞いた。つまり、ここでは、人はハーレムに生きているのか? いやいや、それじゃあここに生きる男の数が自ずと女の何分の一ってことになるな。とりあえず、ハーレムに生きる人もいるってことは分かる。
「たまは、普段、何してるの?」
オレは慎重に彼女を尋ねた。
「学校行って、ライトノベル読んで、たまにストーリーを書いたりしているわよ」
「剣も魔法もないこの世界で、それで楽しいのか?」
「充分楽しいわよ! だって剣と魔法ならライトノベルでジャンジャン出て来るし」
と言うことは、オレがグロウファード国で見て来たようなものは、この世界じゃ全て一冊の本の中で済むわけか。
「あっ、そうだ。サイラスさあ、この世界に来ちゃって、これからどうするの?」
「オレ、今すぐにでもグロウファード国に帰りたいんだけどな」
「もしかしてホームシック?」
「ホームシックとかじゃないけど」
「心配ないわよ。この世界にもじきに慣れるって」
異邦人じゃ済まされないレベルの世界間移動をしたオレに対し、早くもこの世界に馴染ませる気満々なたまの意欲が不思議でたまらない。なんてことを考えていると、俺のお腹が鳴る。
「お腹空いたんだ~?」
たまが下から舐めるようにニヤリと俺に視線を向ける。
「まあ、そうだな」
苦笑いするオレの手首を掴むや否や、たまは一階に連れ戻した。
「ママ、サイラスがお腹空いたって」
たまの母は再びオレを見てキョトんとしている。見るからに食器を片付けている最中だ。キッチンの台に鉄で組まれたカゴがあり、そこに皿やら何やらが途中まで詰め込まれていた。彼女が軽く咳払いをする。
「分かった、じゃあ作るわよ」
「ほらほら、ありがとうって言いなよ」
たまが軽くオレの背中を二度ほどはたきながら促す。何気に礼儀には厳しめな女子じゃん。
「どうもありがとうございます」
「ああ、別にいいのよ」
たまの母はそう笑うと、冷蔵庫を物色し始めた。どうやらあの人も、段々オレの存在を受け入れるようになってきたみたいだ。
「いただきます」
「この料理知ってる?」
「グラタンだな」
「アンタの世界にもあるの?」
「あるよ。異世界から転生した人間が、元のところにいた料理として広めたらしい」
「ああ、間違いなくその人はニッポンからアンタの国へ転生したってことね」
「まさか、この世界から異世界へ移る人もいるってことか?」
「ライトノベルにはよくある話よ。もしかしたら、ライトノベルの世界じゃない現実でも、そういうことがあるかもね」
たまは半ば他人事のように語った。オレはスプーンでグラタンをすくい上げると、ヤケドしないように息を二度吹き込んでから口に入れた。
「優しい味で旨いね」
「ウチのママはクックパッドに料理載せてるのよ」
「クック……パッド?」
「料理のレシピをアプリに挙げているのよ」
「……アプリとは何だ?」
たまは何故かうなだれた。
「言葉で説明するよりも実物見せた方が早いわね」
たまはポケットから何やら小さな板を取り出した。そのアイテムの表面に指を当て続ける度に、盤面の中身が変わっていく。まるで魔法みたいだ。て言うか、これは魔法とは言わないのか?
そんなたまをよそに俺はグラタンを味わい続けた。気がつけば息を吹き込まずに済む程度に熱さは収まり、気楽に味わえるようになっていた。
「あっ、これこれ」
たまが小さな板を見せてきた。彼女が表面に添えた指を下から上へ滑らすと、それに合わせて様々な料理が流れるように現れる。
「このスマートフォンにかかれば、どんな情報だって出て来ちゃう。まさにこの世の情報と現実のほとんどはこのアイテム一つに詰め込まれているのよ」
「すげえ」
オレは神の授かりもののような魔法のアイテムに感動すら覚えた。
「ママはこのスマートフォンに自分のオリジナル料理のレシピを仕込んだ。スマートフォンに詰め込まれたレシピをはじめ、色んな情報は、世界中のスマートフォンを持った人たちに知れ渡るってわけ」
「なるほど……」
「だよね、ママ?」
たまの母は、キッチンの台を拭く後姿で、照れ笑いしていた。そんな母の姿を見ながらオレは、グロウファード国での戦いに明け暮れた日々では全く感じられなかった牧歌的な雰囲気を、グラタンとともに味わった。
風呂の中は、床も壁も浴槽も滑らかな白さでちょっと眩しいほどだった。こんなに生活感の見えない風呂場って今まであっただろうか。少なくともグロウファード国では全く考えられなかった。しかし何だかこの場所こそ、オレを乗せてどこか未来へワープするための箱のようだった。
オレはおそるおそる、鉄柱の留め具にかかっていたホースに手をかける。ホースと言っても、ただ細長いだけではない。コイツの先端は、それこそ街灯の形だけをマネているようで、その先端の裏側には、無数の穴がある。俺は嫌が応にもその穴に興味を引かれていた。
いざ蛇口をいじった次の瞬間だった。無数の穴から大量の水が飛び出し、オレはまともに顔面に浴びてしまった。驚きと冷たさの余り、俺はホースを手放して絶叫した。手放してもなお、ホースもとい凶暴な新種のヘビは、なおも噴水のように水を上げ続ける。俺はしばらくソイツを見つめた後、そっと手を伸ばしてヘビの首を掴んだ。
しかしこのヘビは水を出している以外、余計に暴れることはない。コイツはさっき外で嫌と言うほど見たような、クルマとやらと呼ばれる鉄の箱と同じだ。決して文字通りの生き物ではなく、この時代における単純な文明の利器なんだ。
そう悟るや否や、オレはそっとヘビもどきの無数の口から出まかせになっている水を頭から浴びた。
首にかけたタオルで濡れた耳を拭きながら、たまの部屋に戻る。たまはベッドに横たわりライトノベルを読んでいた体勢のまま、顔だけこちらに向けてきた。
「あっ、おかえり、お風呂どうだった?」
「気持ち良かったよ」
「部屋着のサイズは大丈夫? それ、パパのだけど」
「大丈夫、ピッタリ」
「良かった。大き過ぎてズボンとかずり落ちたら恥ずかしいもんね。あっ、でもそれだったらシャツも大きいから、裾でパンツが隠れてギリギリセーフになるか」
この女子、さりげに何を期待していたんだ?
「ところで、君は明日、どんな予定なの?」
「学校だけど?」
「どんな学校なんだ?」
「普通の学校」
とたまは答えるが、オレにはこの世界における学校にとっての普通がよく分からなかった。
「何でそんなキョトンとしてるの?」
「いや、別に何でも」
苦笑いするオレに対し、たまは急にライトノベルを畳み、オレの顔に急接近した。
「ああっ!」
オレは思わず尻もちをつく。するとたまもそれに合わせて目線を下げ、じーっとこちらを見つめてくる。まだ出会ってから一日も経っていないのに、何故こんなに近距離になることにためらわないんだと、オレは面食らったのだ。
「もしかして魔法の学校と思った?」
「いや、そうは思ってないけど」
「アンタの世界にも学校はあった?」
「オレのは剣術学校だけどね」
「数学の計算とかする?」
「一応」
「歴史は学ぶ?」
「魔法史と剣術史がある」
「理科の実験とかしたりする?」
「それはないな」
「あっ、そう。ウチの学校は剣も魔法も習わないけど、まあまあ楽しいから、アンタのこと案内してあげたいな」
「本当?」
トントン拍子という言葉が似合い過ぎるほどに話を進めるたまに、オレは一抹の不安すら覚える。
「何ブルっちゃってんの? ビビらない、ビビらない。きっと慣れたら『こんなもんか』って思えちゃうから。私だってあの高校に初めて行く時はちょっと不安だったけど、すぐ馴染んだから、大丈夫よ」
たまは再びベッドに横たわると、ライトノベルを読んでは無邪気に笑っていた。オレはこの国の学校のことで、内心不安が残ったままだった。
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