第二章:ニッポンのトーキョー
「本当にオレ、危ない人じゃないですって!」
「へえ、ハロウィンでもないのにそんな場違いな格好で大通りを歩いているのにか? おまけにあの時、片手には刀剣、立派な不審者だろう」
刑事が俺に対し、机越しに容赦なく詰め寄る。
「信じてくださいよ。僕は本当にグロウファード国のスクエアテーブル剣士団のリーダーなんです。立派な剣を持った勇者なんです。ほら、この世界にも、剣と魔法の国に関する言い伝えとかありませんか? その国は本当にあるんです。僕は本当にその国にある穴に落ちて、気づいたらここにワープしてたんですよ!」
「現行犯で逮捕する時からこの調子なんですよ」
取調室の片隅の机でメモを取っていた警官が、呆れた様子で刑事に語った。刑事はそこには何も言わずにこちらへ向き直った。
「とりあえず、お前、身寄りはいるか?」
「一応、グロウファード国に、離れて暮らす両親と妹がいます。父親は僕と同じ剣の戦士なんです。それと、妹が一人いて、僕と同じ剣の学校に通っていて……」
「だから作り話じゃない! 実際の世界において、お前に身寄りはいないかと言っているんだ」
問答無用で刑事に喝を入れられた。マジで俺の話が通じねえ。異邦人や宇宙人として扱われるどころか、マジでおかしな人に見られているってことか。
「とりあえず、両親と妹がいるのか。実家にお前が逮捕されたことを連絡せねばな。それで、デンワバンゴーは?」
「デンワバンゴー?」
全くの初耳となる言葉に、俺は戸惑うしかなかった。
「そうだ、デンワバンゴー」
「デンワバンゴーとは、何ですか?」
「お前、本当に頭おかしくなったのか?」
「いや、とんでもないですよ! ただ、デンワバンゴーなんて聞いたことないんです。グロウファード国ではそんな言葉聞いたことないんです。いいですか。僕は絶対に嘘はつきません! 嘘をつくときは、それこそ自分であの剣を、自分のお腹にブスリといっちゃう時ですから」
「ああ、しょうがねえな。自分の家なのに、その年になってデンワバンゴーも分からないとか、とんだとんだ箱入り息子だな」
「すみません、両親とは離れて暮らしてると言ってるんですが」
「とりあえず、住所は? これは分かるだろう?」
「モーリーサイド州ラインベリーのスクエアテーブル剣士団の寮で……」
「警察なめてんの?」
刑事の冷たい言葉が、オレもその場の空気も凍らせた。人生は思い通りにはいかないという決まり文句さえも溶かしてしまうほどに、俺は今の現実に対して無力だった。
「こりゃ精神鑑定だな。この感じでは、異常と判定されて精神病棟に入院だろうがな」
「えっ、入院ですか!? それだけは勘弁してください!」
「ダメだ。頭のおかしい奴はみんなそう言うんだ。だが、精神鑑定で異常が認められたら、お前を無理矢理病室に閉じ込め、ベッドに縛り付けることだってできるんだぞ」
淡々としながら想定外とも言える刑事の脅しに、オレは呆然とした。完全に刑事は俺の話に聞く耳を持つ気がない。彼はダミアン以上の悪党なのか。それともオレをはめようと言う陰謀が、二つの国をまたいで水面下で進められ、今、実行されているのか。
絶望と言う二文字がオレを今にも押し潰さんとする中、取調室の扉が静かに開かれ、一人の人物が入室した。
「署長!」
刑事と警官が、署長に向かい、急に背筋を伸ばしながら敬礼をした。敬礼を返す署長は、チョビヒゲがとにかく印象的だった。
「こちらの取り調べはどんな感じかな?」
「この容疑者は、剣を所持していたとしての、銃刀法違反による逮捕時より、自分は別世界から来た勇者という旨の主張を一貫させ、全く譲歩の気配が見られません」
「ああ、それはチューニビョーというものだな」
「チューニビョー、聞いたことがあるな。自分を勇者だとか、お姫様だとか言いながら、周囲から見て痛い言動をしちゃう奴らのこと」
刑事が言うには、それがチューニビョーの意味らしい。だが、俺はそんなんじゃなくて、本物の勇者だ。
「と言うことは、精神疾患とは別物だと?」
「そうだろうな」
精神病の疑いは晴れたようで、一応、最悪の事態は免れたようだ。署長がオレに優しい顔で歩み寄る。
「さあ、少年よ。何も怖がらなくていいぞ。君は色々な望まぬ現実を目の当たりにしては、それを悲観的に考えすぎてしまっていたようだ。だから今のように深い妄想にも溺れてしまうのだろう」
「すみません、妄想なんかではなく、本当に事実なんです。僕は本当にグロウファード国で悪と戦っていたら、奴に穴に突き落とされたんです。そしたらこんな未知の世界とつながっていたようで、僕は完全に迷い込んでしまったんです。本当なんです!」
「なるほど、じゃあ、トーキョーは分かるか?」
「トーキョー……?」
またも現れた未知のワードに俺は首を傾げた。
「またしらばっくれるんですか」
刑事が冷淡に言葉で圧力をかけてくるので、俺は不意に震え上がった。
「まあまあ、ここは私が話すから、君は少し離れていなさい」
署長の促しに、刑事は不服そうな顔をしながら応じた。
「少年よ、ここがトーキョーだ」
「ここの国の名前は、トーキョーと言うんですか?」
「正確には、国の名前はニッポンだ」
だから、ニッポンって何なんだ? 俺はもう完全に辟易していた。
「どうやら、本当にニッポンを知らないのか。まあいい、君は見るからに若いし、これから勉強するといい。ここはニッポンという国の中にある一つの地域、トーキョーだ」
署長の優しい語りに、俺は一応納得した。
「さて、君の身寄りはどこにいる?」
「グロウファード国です」
「ここニッポンに君の身寄りはいないってことだね?」
「はい」
「君は悪い事をしてしまったのだから、身寄りがお迎えに来ないと帰れない。それは分かるか?」
「えっ、じゃあ、僕はずっと警察署の中にいなきゃいけないんですか?」
「そんなことはないよ。私が引き取ることにしよう」
署長からの申し出に俺は驚きを隠せなかった。と言うことは、オレはこれから署長の家で生活することになるのか?
「ただし、一つ条件があるぞ。この世界では剣を外で持ち歩くことは悪いことだ」
「すみません、それって本当にしきたりですか? 僕を嫌っているだけじゃないんですか?」
「何を言う。この国では不当な差別も悪いことだからな。この国の公式の規則として、何人たりとも剣を振り回すことはできない、それだけのことだ」
「しかし、あの剣は、つまり聖剣エクシーダーは、僕がグロウファード国を守るための相棒なんです」
「あの剣は没収だ」
署長はそう強調した。剣士としての魂を奪うような非情な宣告である。
「大丈夫だ。この世の中では、剣などなくてもたくさんの人が毎日を生き抜いている。君も剣に関すること以外の好きなことに取り組んでみてはどうかな?」
「あの剣がないと、魔法に対抗することができません! それと、ドラゴンが襲ってきたときはどう戦えばいいのですか!?」
「いい加減にしないか!」
署長が唐突にオレに怒鳴ってきた。
「この世界には、魔法使いもいない。ドラゴンも存在しない。国を侵略する不届き者もいやしないさ。君が思う以上に平和な国だ。安心して生きるがいい。とりあえず、身寄りがいないなら当面私の家で生活してもらう。それでいいね?」
優しい口調を取り戻した署長の説得には今ひとつ納得できなかったが、ここで剣を返せと要求すると、改めて精神異常者のレッテルを貼られそうなので、それ以上オレに対抗できる手段はなかった。
オレは真っ黒な卵っぽい形をした鉄の箱の後部に乗り、ひたすら運ばれていた。ちなみにこの椅子はベルト付きで、鉄の箱が動いている最中はこれを体に襷がけし、座る部分に潜んでいる留め具に繋げなければならないようだ。
「あの、署長さん、この鉄の箱は一体何ですか?」
「クルマというのだ」
「クルマ、ですか?」
「君の世界にはクルマはないのかい?」
「ありません。馬車ならありますが」
「ならば君の住んでいた国の時代は大分、昔のようだな」
今日までいた国が昔と呼ばれることに、俺は驚かされた。まさかオレは、未来へとタイムスリップしてしまったのか。そして未来には、剣も魔法もドラゴンも存在しない。一体何年進んで、その間に何があったのか。ワケが分からなくなってくるよ。
「まさか、僕、時空を超えてしまったんですか?」
「きっとそうなんだろうな」
署長はそう言いながら、視線は正面を向いたままだった。そこはガラス張りになっており、他の鉄の箱や鉄の化け物が一緒に走っているのが見える。オレはふと署長の様子を覗き込んだ。鉄の輪っかを掴んでいる。
「ちなみに、この輪っかはハンドルだ。これを右に回せばクルマは右へ、左に回せば車は左で曲がる」
オレの素朴な興味を見抜いたのか、それとも偶然か、署長は移動中、こんな調子でクルマの中にあるものをことごとく解説していた。
やがて、鉄の箱は一度止まると、今度は後ろ向きに動きながら、建物の前の余分なスペースの中へきれいに収まった。クルマが重厚な息遣いを終えた。自ら外に出た署長が、オレの近くにある扉を開けてくれ、オレはゆっくりと外に出て、扉の手前にある段に上がる。
「ここが私の家だ。妻と娘と息子がいる」
署長はそう語ると、鍵を差して扉を開く。
「ただいま」
「おかえり」
署長の妻らしき声が聞こえる。
「さあ、入るのだ」
扉を押さえていた署長に促され、オレは中へ入る。玄関の先が何故か一段高いのが引っかかったが、構わずそこを駆け上がる。
「おい、ちょっと待て」
かと思えば急に引き留められる。
「この国では、家に上がる時は靴を脱がなきゃならんぞ」
「そうなんですか!?」
家の中で靴を脱ぐ習慣など、グロウファード国にはなかった。虚を突かれたような思いをしたオレに対し、署長もこの世にないものみたいにオレを見つめてきた。
「やはり、異世界から人が迷い込むことが、あると言うべきか」
署長の呟きは、どうやらオレがこの世界に転移する現象を受け入れ始めた兆候か。そう思うと、オレはやっと、自分の境遇を知ってくれる人が現れたと嬉しくなった。
気がつけばオレは、署長に抱き着いていた。
「ありがとうございます!」
「どうしたんだい?」
戸惑う署長をよそに、オレはひたすら藁にもすがる思いで署長の体に腕をめり込ませた。
「僕が異世界から迷い込んだ人間だと、信じてくれるのですね」
「ハハハハハ、きっと今まで彷徨い続けて、寂しい思いでもしたんだろうな」
署長もオレの体をしばし抱き返した。
「さあ、靴はそこの玄関に脱いで、揃えて置くのだぞ」
「はい」
オレは言われるがままに、玄関の空いたスペースで靴を脱いだ。
「何、その人?」
オレが靴を脱ぎ終えると同時に、かわいい女の子の声がしたので、とっさに立ち上がりながら振り向いた。
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