第一章:未知の世界のモンスター

 夜空の顔色が、何か変わっている? それが、目を開いて最初に思ったことである。

 背中が痛いぐらいに凹凸を感じ取っていることに気付いた。オレは新種の不快感を覚えながら、上体を起こし、地面を確かめる。


 石畳とは比べものにならないぐらい暗鬱とした色合いに、オレは一瞬、底なし沼にでも呑み込まれるかと思い、聖剣エクシーダーを構えて全身を強張らせた。しかし、何も起きない。どうやらこれも、何の変哲もない道のようだ。その地面の材質は、何やら闇を思わせ、冷徹な雰囲気を帯びている。


 オレは周囲を確かめ、歩みを進めてみた。この道はどこまでも一本に伸びている。道の両脇、何故か白線が川のように続いている。左右には二、三階建ての家らしきものが並んでいる。煉瓦でできているものもあれば、それよりも強固そうな材質で造られたような建物もある。何より家の中には、宮殿並みに豪勢であるわけでもないのにわざわざ門を設けたりしているものもある。扉はことごとく、神の恵み物に等しいほど色鮮やかな木でできており、中には十手のような不思議な形の取っ手も見られる。


 ところどころに柱が立っているのが気になる。この柱が何に続いているのかと見上げれば、頂上を黒い線が数本、柱から柱へ渡っているのが見えた。一体誰が何のためにここまでやるのだろうか。


 オレはさらに、建物に交じっていくつもの奇妙な鉄の箱があるのに気付いた。しかもこの箱に共通するのは、馬車のように四つの車輪があることだ。おまけに上半分は何枚もの窓で仕切られている。窓に囲われた部分が、全体の中央部分で出っ張っているものもある。前の方だけ窓のない部分が突き出していて、後ろはちゃんとした箱の通りの形になっているものもある。


 しかもソイツらは決まって、水晶まがいの目をしていて、まるでオレを睨んでいるようだった。もしかして、この箱たちは、実は箱じゃなくて、別世界の化け物なのか? 奴らはその目で、人を襲い殺すタイミングでも伺っているのか。


 でも生き物にしては微動だにしない。よく見ると、まるで生気が感じられない。そもそもコイツら、生き物なのか? それともオレが最初に思った通り、ただの箱なのか?


 そろそろこの場所をおっかないと思い始めた時、オレは、遂に箱とすら言いがたい奇妙な物体まで発見してしまった。二つの車輪が、二本の曲がった鉄の棒でつなげられ、前の方の車輪からも一本の鉄棒が伸び、同じ材質の二本の角に枝分かれしている。しかも角の手前には、網カゴがある。反対側には、その鉄の化け物をさらにゴツく、いかつくしたような物体が建物の手前で、しかも例の箱的なものの隣で佇んでいた。鉄の箱にも見られたような、水晶もどきの目が一つだけ、こちらを向いている。


 やっぱりヤバい、オレ、殺される。


 そう思った時には、オレはわけも分からず走り出していた。どこを目指すわけでもなく、とにかく無我夢中で、得体の知れないドラゴンに追われるかの如く、全力疾走していた。しかし、駆けても駆けてもそこは建物が集まったジャングルであり、鉄の箱や化け物が何匹も棲んでいた。


 ここに安全な場所はあるのか。そんな多大な不安を胸に秘めながら、オレは九十度の曲がり角を左へ右へと何度も曲がる。息を荒くしながら、オレは長めの一本道の先に、街で見たような大通りの入口を見た。そこに行けば何とかなる。オレはその一心で、広々と横切る道の先へ飛び出した。その瞬間、今ある全ての苦難から解放された気になった。だが、それも束の間だった。突然、右側からまぶしい光が差してくる。そちらを向くと、あろうことか、鉄の箱がその目を光らせながら、オレのもとへ突っ込んで来ようとしていた!


「ああああああああああっ!」


 その瞬間、鉄の箱が急激な摩擦音を上げたかと思うと、その勢いを力任せに押し殺し、オレの体に触れるか触れないかの瀬戸際で停まった。まるで時が止まったかのような静寂を感じた後、横の窓が下り、中から中年の男が顔を出してきた。


「危ねえだろうがっ! どきやがれ!」


 その声ひとつで殺しにかかるような怒りを受けた俺は、たまらず鉄の箱の脇へ退いた。右のこめかみの辺りを流れる一筋の冷や汗を感じながら、オレは一気に波のように押し寄せた疲れを全身に感じ、息を整えるのに必死になった。オレは十歳の頃から剣士として、ドラゴンや敵軍との攻防に毎回死と隣り合わせの思いをしている。しかし、鉄の箱が間近に迫ったときは、それに勝るとも劣らないほど、生きた心地がしなかった。


 改めて見ると、道路では動物よりも分厚く捻りの利いた鳴き声を上げながら、鉄の箱が車輪を転がしながら行き交っている。道路はグロウファード国で見るよりも広く、手前の方は右から左へ、向こう側は左から右へ、鉄の箱が二列ずつに分かれながらオレの目の前を通り過ぎて行く。それも、馬車どころか馬そのものが走るようなスピードで。さらに、先ほど見た一つ目をした鉄の塊に人がまたがり、鉄の箱とともに進んでいくのも見える。


 歩道の方を見れば、鉄の化け物に人がまたがり、足を回しながら俺を通り過ぎて行く姿があった。よく見ると、人の足下にはペダルがあり、これを足で漕ぐことであの鉄の化け物は進んでいく。道路で見る鉄の塊はペダルがなく、ただまたがっているだけでドラゴンみたいな唸り声を上げながら勝手に走っている。


ここにいる鉄のモンスターは全て、人に操られた存在。つまり、人に従順で、誰かを襲うような生き物じゃないってことか。そう考えると、これまでの緊張感が嘘のように俺は安堵した。


 それにしても、ここは一体どこなんだ。歩道の側で並ぶ建物は先ほどよりも高くなっている。歩道と道路の境目には、柵や植え込みも見られるが、それよりも謎の柱が等間隔で並び、頂点を黒い線が何本も結んでいるのも相変わらずだ。


 オレはあてもなく、この未知の世界を、それこそ迷子のようにひたすら歩んだ。こんな暗い中なのに、徹底的にこの場が暗くなりきれておらず、どこか微妙な明るさを常に感じる。それはあの謎の柱から枝分かれした、触覚のような物体の先から照らされる光のおかげと分かった。それに、夜にしては、さっきからオレの街よりも行き交う人が多いし、彼らが着ている服は、オレの世界では見ないタイプばかりだ。全然落ち着きがない未知の世界を、オレはひたすら彷徨い歩き続けた。


「君、ちょっといいかな?」


 声をかけられて振り向くと、その男は、その国なりであろう、引き締まったフォーマルな格好をしていて、軍人のような帽子を被っていた。警官か何かか。


「その手に持っているものは何だ?」

「これですか?」

 オレは手に持ったままの剣を指し示した。すると警官はいきなり、剣を持っていたオレの腕を強引に掴んでひねると、ヒジ鉄で剣を叩き落とし、全身の力で地面にねじ伏せた。


「七時三十七分、銃刀法違反の現行犯で少年を逮捕!」


「ええっ、逮捕って」

「刃物を持ってただろう!」

「あれ、勇者の剣ですけど! 聖剣エクシーダーって言うんです! 僕、グロウファード国の勇者なんです!」


「意味の分からないことを言うんじゃない!」

「いや、マジで、オレ、グロウファード国から落とし穴にはまって、そしたらこの世界に迷い込んでしまったんです!」

「そんな戯言、誰が信じるんだ!」


 オレは腕を極められ、地面に伏せられたまま、こんな調子で警官と問答をしていた。やがて、道路脇に、上半分が白、下半分が黒の鉄の箱が現れた。しかも来る時にはてっぺんに赤いランプをはためかせ、新種の猫みたいな鳴き声をエンドレスに響かせていた。箱の中央部にある二つのうち後ろの方の扉が中から開かれると、オレはすぐさまその中へ詰め込まれた。オレは運転手の後ろの列の座席で、二人の警官に挟まれる。


 鉄の箱が動き出した。オレが信念と生き様を込めて振るってきた剣が、置き去りになったまま遠ざかっていった。


 すなわち、この箱は警察署へ向かう。グロウファード国も一応警察署ぐらいあるから分かる。それ以前に、この国では剣を持っているだけで勇者どころか罪人扱いされるのか。急に情けなくなって、俺の目が潤んだ。

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