勇者、ニッポンに飛ばされる

STキャナル

序章:悪夢の落とし穴

「さあて、この穴に人が落ちたらどうなるんだったかなあ?」

 神秘性を装った怪しい輝きを放つ巨大な穴は、夜の草原で異彩を放っている。その向こう側で、ダミアン・クラックソンは不気味に笑っていた。奴は持っていた槍状の杖を自分の足元に振るう。すると奴の漆黒の靴から翼が芽生えた。ダミアンはひとっ跳びで穴を越えてきた。オレの眼前にドヤ顔で着地した。


 周囲ではオレたちスクエアテーブル剣士団とデオルク軍により、剣と魔法が入り乱れる戦いがそこかしこと繰り広げられている。喧騒と攻撃がぶつかり合う音が織り成す混沌の中、オレはダミアンと睨み合っていた。


「サイラス・アルトリウス、希望の鏡はオレのものだ。オレがあの鏡に映り、デオルク・マジックで世界を支配してやる!」

「そうはさせるか。この聖剣エクシーダーで、そんなくだらねえ黒魔法なんか打ち破ってやる!」


「好きに言ってな!」

 ダミアンがいきなり杖から黒い稲妻のようなエネルギーを放ち、オレのドテッ腹にめり込ませた。オレは弾で撃たれたかのように後ろへ吹っ飛んだが、痛みをこらえてすぐに立ち上がった。


 すかさずダミアンが再び稲妻を走らせてくる。オレは剣先で稲妻を受け止めた。刃全体が暗黒のエネルギーに包まれ、オレの体が後ろへ押し退けられんばかりの圧力を感じる。それほどまでにデオルク・マジックは強力だ。だが、決して引くわけにはいかない。


 ちなみに、希望の鏡は、この戦闘現場の近くにある洞窟の奥に眠っている。それは最初に映った者に対し、明るい未来を映す。つまり、鏡を制した者の喜ばしい姿が描かれるのだ。ダミアンなんかに鏡を取られて見ろ。奴が国を乗っ取り、民を人と思わず、長時間働かせまくり、不条理な暴言や暴力を浴びせた挙げ句、仕事の対価は低賃金、そのくせ税金は莫大。心を病むほどに疲弊しきる民をよそに自分だけ笑うという不条理な独裁をアイツに許すことになる。


 実際、デオルク軍は四十年ほど前、グロウファード国を乗っ取り、そのような大恐慌を呼び起した。あの時はクーデターで鎮められたが、今再び勢いを取り戻し、再びオレたちの居場所へと踏み込んできた。あの時の二の舞を起こさぬために、全力で奴らを食い止めなければならない。


 オレは雄叫びを上げながら、強引に剣を押し込んで稲妻を弾き返した。

「この野郎!」

 オレは勢い任せに剣を振りかざした。ダミアンも長い杖を振るい、オレの剣にぶつけてきた。剣と杖が交差してかち合う。完全に力比べだ。


「鏡は渡さないぞ。お前たちデオルク軍が前にこの国を乗っ取った時の民の計り知れぬ痛み、今時のグロウファード国に味あわせるにはいかない!」


「うるせえ! こっちはお前らみたいな奴らにさんざん痛い目に遭わされて来たんだ! 今日という今日はオレの願いを受け入れてもらうぞ! お前が十六歳で剣士団のリーダー? オレもデオルク軍のリーダーだが、それだけで満足しねえ。十六歳で軍のリーダーになれるなら、この国を牛耳ることだってできるだろう!」


「剣士団の長になることと、この国の長になることは違う!」

「お前にオレの気持ちがわかってたまるかよ!」

「不条理な人間は無慈悲に追い払うことが正義、その正義を果たすのが、オレたちの務めだ!」


 オレは再び剣で杖を押し返した。すると後ろへ飛ばされたダミアンが、思わずオーロラの穴の際で後ろにのけぞりながら、腕をはためかせる。


「危ない!」

 俺は咄嗟に奴に駆け寄り、襟首を掴んで引き寄せた。あの異次元の穴に落ちれば、地獄へ堕ちてしまうかもしれない。敵軍と言えども、そんな計り知れぬ未知の恐怖を味合わせるのは思わず気が引けてしまった。


「大丈夫か?」

 オレはそう声をかけた次の瞬間、ダミアンの顔が、悪魔の微笑みに染まった。その表情の変化に、オレはただならぬものを感じた。

「お前こそ、大丈夫かな?」


 ダミアンはそう語ると、オレの腕を掴み返し、一瞬にして体位を入れ替えながらオレを穴へと突き落としにかかった。オレも崩れるバランスと格闘しながら、断崖ギリギリで粘る。何とか体が落ち着いて、奴の方へ振り向いた。


「バ~カ」


 ダミアンの呪わしい一言とともに、槍状の杖にこめられたコアから人の拳の形をした漆黒の物体が勢い良く伸びてきた。魔法の拳は、一直線に俺の右の頬を撃ち抜いた。衝撃に逆らう術もなく、飛びかけの意識の中、オレの体は奈落の底へ吸い込まれた。

 まるで重力に弄ばれるように、蜃気楼のような空間の奥へ呑み込まれる。オレの視界はぼやけ、やがて真っ暗になった。

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