見えない導火線


「美帆?」


何度目か分からないメガ姉の不思議そうな顔に、今までで一番元気よく答える。


「うん!今から私、透に電話する」

「え……うん!頑張って」


思えばそれはこの不思議な巻き戻しの中で見る初めてのメガ姉の笑顔だった。


「もしもし、透!今まだ学校にいる?」

「お、おう美帆か。いや、もうすぐ電車に乗るところだけど……」

「ちょっと待ってて!あんた足早すぎよ!!」


「いや、お前が遅いってか……いや俺にも予定とかある……って……もう切れてやがる」


透は切れた電話を見つめながら電車を見送る。


「なんだよ……相変わらず勝手に……妙な期待持たせやがって」


透は一人になったホームでそんな言葉をひとりごちていた。


精一杯に走った。

秋だと言うのに吹き出した汗で制服が重い。

久しぶりの全力疾走と、透が本当に待ってくれているかの不安で吐く息も吸う息も胸が痛かった。


「はぁ……はぁ……はぁ…は……」


なんとか息を整える。

電車が行ってしばらくしたホームはあの時のように人気がなく、西向きの改札を抜けると夕日が目に眩しい。


ホームにはたった一つの人影、見馴れた身長、少し猫背なシルエット、カバンを肩にかける仕草、私にはそれが透だとすぐに分かった。


「透!」

「おう!思ったより早かったな」


能天気に笑う透が次の言葉を口にする前に、言った。


「私、透が好き」


「え!?」


キョトンとした透の顔。

きっと驚いたと思う。

メガ姉いわく、昨日まで相思相愛だった、好きだった私からの告白。


でも、もうこの時には透は誰かと付き合っているはずだ。


それを知っていても、私は思いを告げる事ができた。


我ながら卑怯な事をしているかもしれない。


それでも私はこの赤い糸に嘘だけはつかないと、そう決めたのだ。

私は告白をしながら、心は振られる準備をしていて、目はもう潤み始めていた。


一呼吸おいて、透が口を開く。


「お、俺も……美帆が好きだよ」

「えっ……」


予想しなかった言葉に一瞬目の前が真っ白になり、


「はぁあ!?」


次の瞬間には怒りがこみ上げて透を引っ叩いた。


「痛ってぇぇ!?お、おい何すんだよ!?」


「え?な、何って!?はぁ!?」

「あんた今付き合ってる子いるんじゃないの!?」


「えっ!?お前、それ誰から聞いたんだよ!!?」


まさか本人だとは言えるはずもなく、よくよく考えたらそれを知ってて告白した私を棚にあげる様な事にも気付いて言葉に困る。


「って……そんな話しするのはメガ姉しかないか……」

「え!?」


ため息まじりに言う透にに、思わぬ名前が出て驚く私。


「それ、全部嘘だから……」

「う……嘘!?」

「あぁ、メガ姉がさ……生温いアタックばかりやってるくらいならたまにはそういうのもいいんじゃないかって……」

「め……メガ姉……タイミング悪すぎ……」


私はもう、このもやもやした感じをどうしていいか分からず、頭を抱えていた。


私達は夕日に照らせれながら、思わず笑い始めた。


こんな告白ってあるだろうか。

一人は告白が成就した瞬間相手を引っ叩いて頭を抱え、もう一人は頬を腫らしながら他の女性の名前を口にしてため息を漏らす。


ひとしきり笑った後、透が照れ臭そうにこっちを見る。


「なぁ、美帆、覚えてる?」

「え?」

「ほら、子供の頃さ、理想の告白って話ししたじゃん?」

「あ……うん」


私は頬を赤らめながらうつむく。

もう何年も前になる。

確かあれは私が当時から仲の良かったメガ姉といた時、透に聞かれて理想の告白について話したのを思い出した。


「告白?んー、透は?」

「うん、正直俺は告白とか、自分からは恥ずかしくって苦手だと思うんだよな……でも、やっぱり告白は男からしたいし、何かきっかけで告白出来たらそれだけで充分かな」


少し照れた様に透が言う。


「はぁ、あんた本当にそういうのダメそうね。美帆、待ってたらおばあちゃんになっちゃうよ」

「メ、メ、メガ姉!!何言ってるの!?」

「別にぃ」


焦る私と、頬を赤らめる透、少し意地の悪い笑みを浮かべるメガ姉。


そう、私達は小学の高学年頃にはすでによく三人で遊んだものだった。

そして、今もよく覚えてる。私はこの後、透に言ったのだ。


「告白かぁ。そ、それは、やっぱり男から告白されるのが一番よ。あとねあとね、告白とファーストキスは一緒がいいかな」


結局告白は私からだし、あの時の理想とは少し違うけれど、私達は2人きりのホームで、西日の影を一つに重ねた。


『チリン……リ』

「え!?」


そんな時、またあの音がした。

私は思わず辺りを見渡す。


『チリン……リリリリリリリリリリリリ……』


鳴り続ける音と一緒に辺りから淡い緑の光がいくつもいくつも立ち昇る。


「な、なんだこれ?蛍?」

「わかんない……けど、綺麗……」


まるで全てを祝福するような優しい、光に包まれながら、また、私の意識は薄れていった。

…………

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