不思議な導火線
カララララ、カララララ。
時間は勝手に進んでいく。
カララララ、カララララ。
数日前までのセミの鳴き声はどこにいったのか。
セミたちの喧騒に変わって静けさを迎えた季節の路地に聞こえるのは枯葉の転がるそんな音だった。
普通電車しか止まらない田舎町、電車を降りてから10分。短いとも遠いとも言い難い家までの帰路を歩きながら私は明日こそはと気合いを入れる。
「よし、まずは話しかける。そして、デートに誘う。いまどき待ってるだけじゃダメだよね!!」
それはメガ姉から以前に受けたアドバイスそのままのセリフで、それを口にしてすでに二ヶ月が経つ。
そう、そうなのだ。
結局私はこういう女なのだ。
口では頑張ると言ってもなかなか行動出来ない。
恋愛に限ってじゃない。
勉強だってそう、進路もそう。
自分の本音を話すのが苦手で、すぐ楽な方に茶化して、後に回せる方へと逃げて逃げて、気づけば夏休みの前からもらっていたアドバイスを今も口に出すだけ。
家に帰って鞄を下ろす。
制服を脱いで私服に着替える。
実は私服はあまり好きじゃなかった。
田舎のこの町にはあまり服のお店がない。
選べる服が少ないからか、私はお世辞にもあまりおしゃれな服は持ってないし、それはこの前に、透にも言われてしまった。
(そういえばあれが原因でデートに誘い損ねたんだ……そうよ。運が悪くてタイミングを逃したから……)
こんな風に言い訳ばかりしている毎日には自分でも嫌気がさす。
変わりたくないわけでは無い。
変わりたい。でも、変われない。
そんな日常に私はすっかり馴れてしまった。
(そう言えば美容院までの道に神社があったな……お祈りでもしてみようかな)
他力本願、私が変わろうとする力なんてせいぜいそんなものだった。
行きつけの美容院は家から自転車で15分、二駅分の距離があるけれど、そこはお小遣いの少ない学生だ。
自転車は嫌いじゃ無い。
自分では辿り着けないところへ私を連れて行ってくれる。
容赦の無い田舎の下り坂を下る。
吹き抜けて行く風は夏の終わりを感じさせる温度が切なく、でも、汗を散らすその風はそれ以上の爽快感で私の後悔を散らし、忘れさせていく。
坂を下り切れば目的の美容院は目と鼻の先だ。ドアを開く。
「あっ、いつもご利用ありがとうございます。戸田さん!美帆ちゃん来たよ!!」
受付の美容師さんに呼ばれていつもの美容師さんが私に営業向けの爽やかな笑みを向ける。
その美容師さんは中学からずっとお世話になっている戸田勝海さんだ。
戸田さんは人当たりが良く、美容院デビュー当時からの私の予約美容師さんだった。
カットの腕も丁寧に思えるし、何より髪型の事を話している時にだけは営業向けの笑みを忘れてくしゃりと笑うそんな一面を見ていると、彼が本当にこの仕事が好きなんだという事が伝わって来て、妙に安心するのだ。
そして、戸田さんへの挨拶もそこそこにいつもの様に切る髪型を伝えようとする。
でも、その一瞬、透の言葉が私を躊躇させた。
《美帆!だいぶ髪伸びたな!やっぱお前は髪、長い方が似合ってるぜ》
「やぁ美帆ちゃん!次はどんな髪型にするのかな?」
私は戸田さんの言葉に答える事も出来ずに躊躇う。
「美帆ちゃん?」
そんなに間が空いてしまった感覚は無いけど、戸田さんが私の名前を呼ぶ。
「え?あっ!!はい……えっと、なんでしたっけ……」
「美帆ちゃん、大丈夫?」
今度は正真正銘、心配そうな表情で見られる。おおよそ状況を把握し直っして私は赤面する。
「きょ……今日は、これでお願いします!!」
気恥ずかしさを隠す様に勢い良く、私はカバンから切り取った女性誌の一面を戸田さんに見せた。
「へぇ、なかなか短めのボブカットだね」
戸田さんの目が職人の目になる。
「あ、あの、似合いませんか?」
おずおずと聞く私にパッと顔を上げた戸田さんが微笑む。
「いやいや、美帆ちゃんは本当にいいセンスしてるなぁと思ってね。ほら、この写真のモデルさん右の目元に泣きぼくろがあるだろ?美帆ちゃんは左だけどね。ちょっと短めのボブカットだけど、泣きぼくろが上手く顔の印象を整えてるんだろうね。この写真も、美帆ちゃんもすごく似合うよ」
「本当ですか!お願いします!!」
プロの戸田さんからのお墨付きに悪い気がするはずが無い。
カットが始まる前と最後のシャンプー、サービスのヘッドスパ、嗅ぎ馴れないどこか高級感のある香りとさっきのお墨付きを受けていると髪を切るのを躊躇っていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
(前より可愛くなるんだもん。何も悪くないよね?)
店を出る頃にはさっきまでの躊躇は嘘の様に小さくなり、むしろ帰りのこの上り坂の方が憂鬱な程だった。
「はぁ……はぁ……夏休みで……少し……だらだらしすぎちゃったかな」
せっかく整えてもらった髪が汗で幾分崩れてしまっているのも疲れを感じている原因なのだが、坂の半ばにしてすでに、私の息は上がり切っていた。そんな時だった。
『チリン……リリン』
「え?」
涼し気な風と共に鈴の様な音色が聞こえた。
導かれるというのは大げさかもしれないけれど、何か引っかかる様な、後ろ髪を引かれる様な感覚で私は鈴の音の方を覗き込んだ。
「あ……」
綺麗な、でも何処か時代を感じさせる落ち着いた赤の社、小ぶりな賽銭箱とそれを見つめる2匹の狐の像。
社の看板には『万華神社』と書かれていた。
(あれ?この近くの神社って満願神社じゃ……まぁ、いっか……」
私は、それに些細な違和感を感じつつも特に気に留めることもなく、社をくぐった。
綺麗に整地された砂利、空を見上げれば視界の隅に茂る木々の緑が空の青をより遠く見せる。
次々に水を吐く龍の蛇口、奥にそびえる小柄な賽銭箱を置かれたそれにはいかにもご利益がありそうだった。
(人はいないけど、よく手入れされてるなぁ。なんか……結構好きかも)
私はそんなことを思いながら賽銭箱の前に立ち、財布の中を見る。
「あれ?5円玉ないや……まぁ50円でいいかな。穴空いてるし、たくさん御利益ありそうだし?」
そんな独り言を言いながら、それを賽銭箱に投げる。ひと気が無いお陰だと思う。
更に声に出して続ける。
「えいっ!神様!私に勇気を下さい!!」
ふわりと、弧を描く様に私の50円が賽銭箱に飛んでいく。
私の願いをのせたそれが賽銭箱の中に吸い込まれ、音を立てる。
『キィーン!!』
「えぇ!?」
それは明らかに小銭が落ちる音では無い、聞き覚えのない甲高い音だった。
「……」
「……」
でも、しばらく眺めても何が起きるわけでもなく、私は適当な理由でそれを納得させて家に帰ることにした。
「……賽銭箱の中に何か仕掛けでもあったのかな……?変なの」
でも、その『御利益』は翌日、
すごく分かりやすい形で私の前に現れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます