君の導火線

不適合作家エコー

湿った導火線

それはまだ幼馴染という言葉も知らない年少の頃の記憶。


「あんた、また透君と喧嘩したの?」


呆れる母さんの前に半べその私が言う。


「うん!でも明日仲直りするからいいの。みほととおるの小指は赤い糸でつながってるから大丈夫なの」


それは凄く懐かしい、そしてちょっと恥ずかしい記憶。


あの頃はなぜだろう。

凄く素直に人に好きだと言えたのに、今の私は大きくなったのに、心はどんどん小さくなっているみたいだ。


               

《キーンコーンカーンコーン》

授業の終わりを告げる少し掠れた音がした。


途端に騒がしくなる校舎はそれぞれの仲良しグループが集まり始める。


「今日カラオケ行かない?」

「悪い!俺バイト」

「あー、俺もパス。今日予約してるゲーム取りに隣町行くんだわ」

「マジかよ……じゃあしゃーないなぁ」


軽いため息混じりに斎藤透サイトウトオルが私を見て不機嫌そうに言う。


「美帆は今日暇?」

「えっ……ゴメン!今日は予定あるから!!」


赤くなる顔を隠す様に慌てて席を立った私、春野美帆ハルノミホは急いで教室を出ようとするが、その後ろから透の少し低い声が届いた。


「マジかよー、あっ、そうだ!……美帆!だいぶ髪伸びたな!やっぱお前は髪、長い方が似合ってるぜ」


幼馴染の透は昔からそう言うことを言うのに躊躇がない。

よりにもよって少し離れたこんな距離で持ち前の大きな声でそんな事を話すものだから私たちはいい具合に注目を集めている。


クラスの視線のせいか頬が熱いのを堪えていつもの様に憎まれ口をたたく。


「た……ただ夏休みに切りそびれただけよ!!」

「……そっか、似合ってると思ったんだけどなぁ」

「わ、私が気に入ってないの!」

「……そっか」

私はそれ以上に言葉を交わす事なく走って学校を出た。


「ううう……メガ姉ぇー!!」

そして、いつもの様に彼女の胸に飛び込む。


クラスメイト、140センチの身長からは想像の出来ないデータバンクを持ち定期テスト学年1独占少女、通称メガ姉こと佐藤恵美サトウメグミは私の恋愛アドバイザーでもある。


と、言ってもなかなか一歩を踏み出せない私にとって彼女の出来ることは概ねお説教でしかないのだが、それでも私にとって唯一の癒しだった。


「だいたいの事は分かってるわ……どうせ下校前のアレでしょう?」

「うん……」


私がうつむくのを見て彼女が小さくため息を漏らす。


「はぁ……せっかくチャンスだったのに、どうせ今日の予定ってのも本当は?」

「美容院……」

「……どんな髪型にするの?」

「ショートのボブカット……」

「……キャンセルなさい!」

「それも考えたんだけど……」

「考えたんだけど?」

「あんなクラスのど真ん中で似合うって言われたら同じ髪型で登校とか……無理」

「……」


顔を覆う私と私を死んだ魚の様な目で見るメガ姉。


私だって自分がどんだけ残念な事をしているかなんて分かっている。

分かっていても踏み出せないことはあるのだから仕方ない。


さっきより明け透けに大きなため息の後、メガ姉が言う。


「とにかく……まずは貴女が頑張らないとね。彼だっていつまでも好きな人がいないとは限らないんだから、幼馴染だからって安心しててはダメよ?」

「ぅん……」


正論すぎて返す言葉もない。

その時だった。携帯を見たメガ姉が突然表情を緩める。


「ゴメン!美帆。今日私寄り道するね!次は絶対に!!頑張るのよ!?」

「え!?う……うん」


各駅停車しか止まらない寂れた駅の道中、この周辺には学校以外には見渡す限り田園が広がるだけだというのに、彼女は突然にそう言って、呆気にとられる私を置き去りにする。


残り数分の駅の道、私は改めて今日の出来事やメガ姉の言葉を思い返して気合いを入れ直す。


「そうだよね……変わらなきゃいけないのは私だもん。『次』は絶対に!!」


そう意気込んで駅の改札に定期券を通した私はようやくメガ姉の意図に気づいた。


「よう!相変わらず歩くの遅いな」

「え……あ……当たり前でしょ!じょ……女子なんだから」


よく言えば爽やかに、悪く言えば能天気に透が言う。

よく見れば電車はついさっきに出発したばかりで、多くの生徒はそれに乗ってしまうからこの時間はホームにも人影はなく、そのくせなぜかそこには電車を待つ透の姿があった。


(メガ姉、『次』って……この事ぉ!?)


「……」

「……」


お互い無言のままベンチに座って電車を待つ。

いつからだろうか、透を男性として意識し始めたのは、そしてまともに話すという事がわからなくなってしまったのは、本当にいつだったのだろう。


無言のままベンチに座って十数分、結局電車が来るまでにも人は全く来なかった。


貸切のような電車に座り、それでも同じような時間だけが経つ。

経つと思っていたその時だった。


「ローカル線だからってさ、そろそろ暖房くらい入れてもいいんじゃないか?」


季節は秋、学校を出てから20分強も風に当たると少し肌寒い時期ではあると思う。


「!!そ……そうね」


彼の昔に比べて驚くほど広くなった肩が、揺れの大きい田舎道のリズムに合わせてふわりふわりと私の肩に触れていたからだろう。

私の答えはどうにもぎこちない。


「……」

「……」


また、沈黙が続いた。


私は隣に座った、隣を選んでくれた彼の意図を探るように顔を覗くけど、彼は景色に目を落としていて表情さえ読み取れなかった。


いつからか、私と透は二人で話すことが極端に減った。

電話は今もよくする。

ただ、昔の様に二人で友達としては遊ばない。


なぜなのか。

答えは簡単だった。

私がこの斎藤透に恋をし、幼なじみという関係に片思いを重ねてしまったからだ。


透は昔から何も変わらない。

昔からの能天気な性格、体育が好きで数学で居眠りするいつもの透だ。


(いっそ、言い出す勇気がないなら……恋なんかしなければもっと楽しく話せたのに……)


私の彼への想いは臆病に負けて、一歩も進み出さない。

まるで湿った導火線の様に初めの火さえ灯せずにぐずぐずしている。


「……」

「……」


結局何を話すことも出来ずに目的の駅が近づいて行く。

ささやかな幸福と、貴重な機会を無駄にしている焦りが入り交じるそんな中、また、彼が口を開いた。


「今日、髪切りに行くの?」

「……うん」

「そう……」


それが、その日彼と交わす最後の会話になった。


そして、それは私の大きな後悔になるのだけど、この時の私はそれを知らない。

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