カクヨムで己のフェティシズムを前面に出している俺が読み専の彼女にユーザー名を明かせるわけがない!
ユーザー企画がきっかけで、俺の嗜好が同級生の女子にバレてしまいました。
自主企画『あなたのカクヨム物語コンテスト』参加作品(2017年1月公開)
藤田アシシ様が企画された【あなたのカクヨム物語コンテスト】参加作品です。
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地味目な同級生の女子が、俺の使っている小説投稿サイト『カクヨム』にアカウントを持っていると知ったのは入学してすぐのこと。
それから彼女とは時々カクヨムの話をしているが、お互いのユーザー名は明かしていない…っていうか明かすことはできない。
なぜなら、俺はカクヨム界の片隅で「ギリくぼ」という己のフェティシズムを前面に出した作品を書きなぐっているからだ。
そんな俺が読み専の彼女にお気に入り作品を勧めたことから、俺はユーザー企画を立ち上げることになる。
とある未完の名作とカクヨムが繋げた、俺と彼女の縁。
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サブタイトル「実はハートフルな物語なんです。」
“マイページ”の♡マークをタップする。
(お、『兄と妹のチートすぎる異世界生活』が更新されてるな)
俺はそのタイトルの最新エピソードをタップして早速読みに行く。
俺はシスコンでも妹萌え属性でもない。
この作品、誤解を生みそうなタイトルだが、内容としてはごく普通の兄妹が交通事故でそろって異世界に転生し、普通の兄妹として生活を送るという話だ。
前半は生活のためにクエストをこなしていくというゆるい異世界生活を送っていた兄妹だったが、後半になって兄妹の住んでいる村が魔王の城の移転先に選ばれたことから住民が反対運動を起こし、彼らも魔王の軍団と戦わざるを得なくなるという展開になってきた。
ほのぼのとしたテイストながら小気味良いギャグが随所に散りばめられ、さらには戦闘シーンや魔王軍団のグロテスクな描写などは迫力があり、作者の文章力の高さや緻密な構成力、光るセンスが認められる。
書き手としても読み手としても、俺の中でのイチオシ作品だ。
最新エピソードを読み終え、応援ボタンを押す。
更新後12時間で応援したのは俺1人か…。
応援コメントに「今回は妹のチート炸裂でしたね!魔王のドラゴンをどう手懐けるのか、作戦の続きが気になります」と書き込み、エピソードのページを閉じる。
作品のトップページに遷移すると、相変わらず☆は俺が贈った3つのみ、フォロワーも俺1人だ。
なぜ皆この作品の面白さを理解しないのだろう。
禁断の兄妹恋愛モノなら飛びつく奴も少なからずいそうだが、この作品に限っては、シスコンでもブラコンでもない普通の兄妹だからこそ面白さが出ているというのに。
作者である坂本マキヤさんが他の作品をレビューしていないことや、近況ノートをめったに更新していないことが読者がつかない理由なのだろうか。
本当に素晴らしい作品は、そんな営業活動をしなくても評価されるべきなのに。
「こんにちは。ご無沙汰しております(^^)
最新話拝読しましたがすごく面白かったです!
物語もいよいよクライマックスですね。続きを楽しみにしています。」
坂本マキヤさんの近況ノートに感想を書き込む。
待てよ…?
「もし差し支えなければ、僕の近況ノートにて、『兄と妹のチートすぎる異世界生活』を紹介させていただいてもよろしいですか?」
スコッパーとして活動しているわけではないが、この作品を埋もれたままにしておくのはもったいない。
そういう気持ちになって、コメントを追加して送信ボタンを押した。
*****
「坂下さん、おはよう」
翌朝、日本文学史概論の講義が行われる第二講義室で、俺は同じ文学部の同級生・坂下沙羅奈の姿をみとめて声をかけた。
「あ、倉田くん。おはよう」
つややかな長い黒髪を揺らして、彼女が控えめな笑顔で振り向く。
眼鏡の奥の思慮深そうな瞳が細くなる。
俺は振り返った彼女と話がしやすいように、彼女の斜め後ろの席に座る。
こう言うと、まるで彼女が俺の想い人であるかのようだがそれは違う。
彼女はリアルでの俺の唯一の“カクヨム友”なのだ。
「最近掘り出し物の作品は見つかってる?」
カクヨムではスコッパーとして活動しているという彼女に尋ねる。
「ううん。ここ数日はちょっと家の事情でバタバタしてて、インできていないんだ」
地味目でおとなしい彼女だが、今日はいつにもまして覇気がないように見える。
家の事情とやらで寝不足なんだろうか。
「前に紹介した俺のイチオシ作品、昨日も更新されてたんだ。
『兄と妹のチートすぎる異世界生活』。
スコッパーの坂下さんにも自信もっておすすめできるからさ、時間あるときに読んでみてよ」
「うん…。今度読んでみるね」
彼女の控えめな愛想笑いに、(今度読んでみるって返事、もう3回目くらいだけどな)と心の中で突っ込んだ。
大学入学早々、この文学史概論の講義でたまたま坂下さんの斜め後ろの席に座った俺。
講義前に彼女がこっそり見ていたスマホ画面に「カクヨム」のロゴとブルーの正方形に刻まれた白い鍵括弧が見えて、彼女がカクヨムユーザーだと知った。
講義の後に声をかけて以来、俺と坂下さんはカクヨム友として時々こうして話をしている。
もっとも、お互いのペンネームや作品は明かしていない。リアルな知り合いに作品を読まれるのは、頭の中を覗かれるようでとてつもなく恥ずかしい。
特に俺なんかは“股上浅めのパンツを履いた女性がかがんだときに見える、お尻の割れ目ギリギリ上の凹んだ空間に無性にそそられる”(略称:ギリくぼ←俺が勝手にそう呼んでカクヨム内で拡散しているに過ぎないが)という己のフェティシズムを前面に出した作品を公開しているから、坂下さんに知られたら絶対にドン引きされるはずだ。
…あ!
ということは…
もし坂下さんが俺のイチオシ『兄妹チート』を読んだら、フォローとレビューから俺が「ギリくぼ」を推奨している“パインクラッシュ”だって割れてしまうかも?
いやでも、レビューやフォローを外したら作者の坂本マキヤさんが悲しむかもしれないしなぁ。
もしも追求されたら、俺はまだフォローもレビューを入れてないと誤魔化すか…。
などと、俺が立ったまま頭の中でぐるぐる考えていると、坂下さんが小首を傾げて俺を見上げた。
「倉田くん。実はね、兄が病気で入院して、しばらくは私も母のサポートやお見舞いで忙しくなりそうなの。」
申し訳なさそうな笑顔で坂下さんが言う。
「えっ!そうなの?それは大変だね」
「うん… 。せっかくおすすめしてもらって申し訳ないんだけれど、スキマ時間で少しずつ読ませてもらうことにするね」
「そっか。無理しないでいいよ。お兄さん、早く良くなるといいね」
俺のその言葉に、彼女の涙腺が反応した。
瞳を涙で滲ませながら「うん」と頷くと、彼女はそれきり前を向いてしまった。
俺、何か気に障るようなこと言ったかな…?
*****
家の近所でのコンビニバイトが終わり、帰宅してカクヨムをチェックする。
『兄妹チート』の更新はないようだ。
マキヤさんのノートもチェックしてみたが、俺のコメントへの返信はなかった。
俺が以前レビューを書いた時に、マキヤさんがノートにお礼のコメントをしてくれて、そこで一回やりとりしたことがあるだけだ。マキヤさんのノートにはほとんどコメントがついていないし、頻繁にノートのチェックをしていないのかもしれない。
俺はあまり気にせず、自作『ギリくぼヒロインがローライズパンツを武器に世界征服を企ててみたのですが』の続きを書き始めた。
*****
マキヤさんに『兄妹チート』の紹介の許可を求めてから1ヵ月が経ち、夏休みが近づいてきた。
しかし、マキヤさんのノートに書き込んだ俺のコメントへの返信は未だについていない。
肝心の『兄妹チート』の更新もパタリと止まったままになっている。
あれだけ話を盛り上げといて、まさかここでエタるとかないよな…。
エタってしまうなら俺のノートでの紹介もできないし、坂下さんにおすすめすることもできなくなる。
何より俺があの続き、めちゃくちゃ気になるんですけど。
「倉田くん」
学食でスマホをいじりながらカクヨムを見ていた俺に、坂下さんが声をかけてきた。
「ああ、久しぶり!」
坂下さんの方から学食で声をかけてくるなんて珍しいし、そういえば最近講義でもあんまり顔を合わせてなかったな。
「ちょっと話があるんだけど、ここに座ってもいいかな」
彼女はいつもよりさらに控えめな、一見すると笑顔であることもわからないような微妙な表情で、俺と向かい合わせの席を指さす。
「ああ、どうぞ」
俺は食べ終わった唐揚げ定食のトレーを少し手前に引き寄せて彼女側のテーブルのスペースを開けたが、彼女はランチを食べるわけではないらしく、紙コップに入った緑茶だけをコトリとテーブルに置いて座った。
「どうしたの?カクヨムの話?」
俺と坂下さんの間で交わされる話題はそれしかない。
カクヨムで何かトラブルにでも巻き込まれたんだろうか?
「うん」
彼女は短い相槌の後に言葉を切り、両手を温めるように紙コップを握って下を向いた。
「兄が亡くなったの」
「え…っ」
俺は絶句した。
「カクヨムの話?」との問いかけに「うん」と首肯してからの彼女の言葉に、理解と対応が追いつかない。
「兄は白血病だったの。一年前から入退院を繰り返していたんだけど、先月から容態がどんどん悪化して、とうとう先週息を引き取って…」
下を向いたままの坂下さんの声が震えている。
「そうなんだ…」
何か言わなきゃ、と頭はフルスロットルで回転しているのに、この状況での最適解が出てこない。
俺にお兄さんの話をした坂下さんの真意は?なんて言って慰めてあげればいいんだろうか?
「坂本マキヤ…」
坂下さんの口からまた予想外の言葉が飛び出した。
「坂本マキヤはね、兄のペンネームだったの」
「え?」
「うち、兄妹でカクヨムやっててね。
倉田くんが私におすすめしてくれた『兄と妹のチートすぎる異世界生活』は、兄が書いていた作品だったの」
「そうなんだ…」
「兄、白血病がわかってから仕事辞めて入院や自宅療養していて、それがきっかけで小説を書き始めてね。私が読み専で利用していたカクヨムを教えてあげて、投稿を始めたの」
お兄さんの話を続ける中で、坂下さんの声の震えは徐々に落ち着いてきていた。
顔を上げた坂下さんの瞳には、こぼれそうなくらいの涙が溜まっていたけれど。
「それで、兄が亡くなった後の、坂本マキヤのアカウントをどうしたらいいかわからなくて。パスワードがわからないから削除できないというのもあるんだけれど、何より兄の作品をカクヨムから消してしまうのがしのびなくて…」
坂下さんの声がまた震えた。
それとともに瞳からとうとう涙がこぼれた。
これ、傍から見たら俺が彼女を泣かせてるように見えるんだろうけど、今はそんなこと言ってられないな。
俺は腕組みをして空になった唐揚げ定食のプレートを見つめながら、彼女の話を脳内で整理する。
恐らくお兄さん…マキヤさんは、自分の病気を知って、異世界で元気に生活する兄妹に自分達を重ねていたんだろうな。
ベッドの上から動けない自分の代わりに、主人公を縦横無尽に動き回らせて楽しんでいたのだろう。
マキヤさんの生きることへの希望や執念が、あれだけ想像力豊かでのびやかな世界観と生き生きとしたキャラクターを作り出していたんだ。
俺としても、あの作品がこのまま埋もれてはいけない気がする。
お兄さんの生きた証を、生きることへの希望を埋もれさせてはいけない──。
恐らく俺と同じ思いを胸に抱いてすすり泣いている坂下さんを前にして、俺はしばらく腕組みのまま無言で考えていた。
それから、ふと頭に浮かんだことを口に出してみた。
「坂下さん…。
ユーザー企画をやってみるというのはどうかな」
「え…?」
目を赤くした坂下さんが顔を上げた。
俺は腕組みをやめて肘をテーブルについて両手を組み、前のめりになった。
「俺はマキヤさんが作品に込めた思いを皆に知ってもらいたい。
あの名作をこのままひっそりと消すのは忍びない。
だから、ユーザー企画を立てて、『兄妹チート』の話の続きを誰かに書いてもらって完結させるというのはどうだろうか」
「そんなことできるのかな…?
私は読み専で交流している作者さんもいないし、企画なんてどうやって立てたらいいか」
「じゃあそれは俺に任せて。
俺も企画は立てたことないけど、参加したことならあるからなんとなく要領わかるし」
我ながら名案だと思った。
俺の表情からそれが滲み出ていたのだろうか、坂下さんが鼻をすすりながら微笑んだ。
「ありがとう。私はまだ家の方がバタバタしているから、倉田くんにお任せしちゃってもいいかな」
「もちろん!こんなことくらいしか俺にできることはないからさ」
「そんなことないよ」と坂下さんが小さな声でつぶやいて首を横に振った。
少し頬を染めたその泣き笑い顔に、紙コップを握りしめた華奢な両手を俺の手で包み込んであげたくなった。
*****
『未完の遺作をみんなの手で完結させよう!』
ユーザー企画名をタイトルにして、俺は新たな作品をカクヨムに公開した。
第1話では『兄と妹のチートすぎる異世界生活』の作品紹介、そして作者である坂本マキヤさんの病気と死について説明し、第2話では俺や坂下さんの思いを織り込みながら企画を立てるに至った経緯を説明した。
それから、第3話で企画に参加を呼びかけ、参加するにあたっての条件を設定した。
“未完の遺作”という共通のタグをつけること、最新話である第24話の続きから書くこと、そして兄と妹はあくまで普通の兄妹として、恋愛的展開はなしで書ききること(他の登場キャラとの恋愛はOK)など。
“ユーザー企画用コンテスト”のボタンを選択した後で、各エピソードの公開ボタンを押していった。
それから、言い出しっぺとして自分も『兄妹チート』の続きを執筆した。
大好きな作品のクライマックスを自分が書くことになるとは想像もしていなかったけれど、作品の世界観は俺の頭にばっちり入っていたから、書くことに苦労はなかったし、楽しんで書くことができた。
主人公の妹サラについては、マキヤさんが重ねたであろう坂下さんのイメージが新たに加わって俺なりのキャラ立てができたし、可愛らしく動かすことができたと思う。
“ギリくぼの伝道師”としてカクヨム界の片隅ではそれなりの認知度を誇っていた俺の呼びかけに、まずは普段から交流のある作者さん達が反応してくれた。
『兄妹チート』の本作の評価はうなぎのぼりに上がり、「こんな名作があったとは!」とレビュー連鎖が止まらなくなった。
それから、作品の続きを書いてくれる人がちらほらと現れ、俺は企画参加者の作品を読みに行くのに忙しくなった。
移転準備で引越しの荷造りに追われていた魔王の居城に乗り込むまではマキヤさんの手で書き上がっていたのだけれど、その先の魔王討伐までの展開やエピローグがまさに十人十色で、こんなアプローチや展開の仕方があったのかとそれぞれの力作に感心しながら読み耽り、レビューを書きまくった。
気がつけば、大学が夏休みに入ってすぐに企画を立ててから2ヵ月近くの間に、俺がつけた星しかなかった『兄と妹のチートすぎる異世界生活』の星は232まで増え、企画参加作品は30を越えた。
俺の書いた続きの物語も、企画の概要を記した『未完の遺作を完結させよう!』も共に100近い星で評価してもらっていた。
その中に@sarah0803というユーザーからのレビューがあった。
「坂本マキヤの実の妹です。この度は兄の遺作を皆さんの手で完結させていただけて感無量です。
兄の生前はサラのモデルとなった私が作品を評価することがはばかられて、皆様に表立って作品を紹介することができず歯がゆい思いをしておりました。
けれども、パインクラッシュさんが兄の作品を見つけてくださり、このような企画を立ててくださいました。
パインクラッシュさんには感謝の言葉もありません」
企画概要のレビューにこの言葉を見つけた俺は、読み終えるなり@sarah0803というユーザーのページに飛んだ。
読み専でスコッパーだと言っていた彼女のページは小説数は0だったが、近況ノートは367もあり、そのほとんど全てがスコップした作品の感想だった。
最近ランキングの常連となっている作品をかなり以前に紹介している記事も多くあり、彼女のスコッパーとしての実力が伺い知れる。
コメントを残したかったが、ノートのコメント欄は開放されておらず、書き込むことはできなかった。
*****
夏休みが明け、強い日差しの下を初秋の乾いた風が通り抜けるようになった。
学生達の戻ってきたキャンパスでは、学部棟のレンガ色のタイルが青空から降りてくる陽光と並木道から湧き上がる賑やかな話し声をキラキラと反射させていた。
「坂下さん」
俺は文学部棟に向かう銀杏並木で坂下さんを見つけると、駆け寄って声をかけた。
「髪切ったんだ。すぐには気がつかなかったよ」
「うん。暑かったし、気分転換も兼ねてね」
肩下まで伸びていた黒髪のストレートを短めのボブにした坂下さんがはにかんだ。
すっきりとした細いうなじの白さが初秋の日差しの中で黒髪と美しいコントラストを作っている。
「企画、大成功みたいね。
兄もいろんなクライマックスを読むことができて、天国で喜んでると思う。
本当にいろいろとありがとう」
「いや、マキヤさんの作品がそれだけ素晴らしかったということさ。
…それで実は、坂下さんに話があってさ」
銀杏並木の作る木陰で俺が立ち止まると、横を歩いていた坂下さんも歩みを止めた。
「先日、ファミチキ文庫の編集部からメールが来たんだ。
『兄と妹のチートすぎる異世界生活』と、その後を書いた企画作品のうちから数作品をピックアップして書籍化したいって」
興奮して早口になってしまった俺の言葉を聞いて、眼鏡の奥の坂下さんの瞳がキラキラと輝いた。
「本当!? すごい……!!」
「それでさ、書籍化にあたってマキヤさんの著作権の確認と契約とのことで親族の人に連絡を取りたいってことだったんだけど、俺、坂下さんの連絡先知らなくて。教えてもらえたら、俺から編集部の方にメールするから」
坂下さんは両手で口元を覆い、嬉しさで顔を上気させながらこくこくと頷いた。
「すごい…!ほんとに夢みたい…!」
お互いにバッグから携帯を取り出し、LINEの連絡先を交換した後で坂下さんが遠い目をして微笑んだ。
「兄ね、もしも病気が治ったら、真剣に小説家を目指したいって、自分の作品が本になることを目標にしたいって言ってたの。
倉田くんのおかけで兄の夢が叶って、本当になんてお礼を言っていいか…」
「お礼を言いたいのはこっちだよ!
マキヤさんの作品は俺にとって宝物だし、その続きを自分の手で書くことができた。
それに、書籍化に選ばれたエンディングの一つに、俺の作品も選ばれたんだ!
俺の作品が本になるなんて、夢にも思わなかったことだよ」
「倉田くんのも!? おめでとう!! 本が店頭に並んだら友達にも勧めなくっちゃ」
坂下さんの屈託のない微笑みに、俺は慌てて手のひらを左右に振る。
「いやいや!俺が小説書いてることは大学の奴らには内緒にして!普段ロクな作品書いてないから!」
慌てた俺を見て、坂下さんが目を細めて小首を傾げる。
「そう?私は“パインクラッシュ”さんの作品好きだな。
ギャグ路線に全振りしてるけど、構成が緻密でテンポもよくて読みやすい。言葉の使い方も絶妙だし、人柄が滲み出るような温かさを感じるよ」
まるでカクヨムのレビューを読み上げたかのようにスラスラと俺の長所を論った坂下さんが、ふと何かを言い淀んで立ち止まった。
「あの、さ…」
「ん?」
褒められすぎて照れつつも二歩ほど進んだ俺が振り向くと、真っ赤になった坂下さんの耳と、下を向いた顔にベールをかけた艶やかな黒髪が目に入った。
「ギリくぼ…
もし私がローライズのズボンを履いてかがんだら、倉田くんのストライクゾーンに入るかな…?」
「えっ…!?」
彼女の口から飛び出たキーワードに動揺した俺の横を「先に講義室に行ってるね!」と彼女が駆け足で通り過ぎた。
下を向いたまま、耳をさらに赤くして。
早鐘のような鼓動が俺の耳にまで聞こえてくる。
そうだった。
企画を立てたばっかりに、俺が「ギリくぼフェチ」だということを彼女に知られてしまった…!!
いや、それよりも…
俺のストライクゾーンを彼女が気にするってことは…
うわ…
マジでか…?
すれ違う学生達が、ひとりニヤケ顔の俺を訝しげにチラ見しながら通り過ぎる。
今日の日本文学史概論、講義室で坂下さんの隣に座ってみようか、な。
「今度ローライズ履いてきてよ」
って言ったら、彼女、また耳まで真っ赤になるのか、な。
「来週メシ食いに行かない?」
って誘ったら、瞳を細めてこくんと頷いてくれるか、な。
(おわり)
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