第17話 百年後

 ――二二××年――


 あの、N国滅亡から百年が過ぎた――。


 地球上をくまなく隅々まで探しても、命ある物の気配は微塵みじんも感じられなかった。


 事実――地球上に息吹く者は、一種類を残して全て滅び去っていた。


 苦渋の時代。


 濁流だくりゅうに翻弄された川のように泥色となって数センチも光を通さなかった死の海は――青く澄みとおる神秘性は取り戻していた。


 しかし、広く、深く見渡しても魚影は見当たらなかった。

 死の海であることに変わりは無かった。


 逞しい大地に数えきれない種類の草木がひしめき合っていた緑の楽園も、海と同じように、本来の姿を取り戻せていなかった。


 今、この星を支配しているのは、真っ赤な果実を枝からぶら下げた『夢をかたり菜草』だった。

 彼らだけが支配する星に塗り替えられていた。


 しかし、その光景は、地球自身が真っ赤な血を流して、生まれ変わろうとしているようにも見えた――。


 かつてN国のT京と呼ばれていた盆地の真ん中付近に小さい丘があった。

 その丘の頂は狭かった。

 その狭い頂の真ん中辺りに、ひと際大きな『夢をかたり菜草』が二本――寄り添うように生えていた。


 近づいてみると、そこには大きくて真っ赤な果実が、一本に一個――垂れ下がってユラユラと揺れている。

 よく見てみると、その果実は「人の顔」に似ている。いや、似ていると言うより――人の顔そのものだった。


 時おり丘を吹き抜ける冷たい風が『夢をかたり菜草』の枝にぶつかったのか、ザワザワと騒いでいるようだ。

 それとも、人面果実の口の穴に吹き込んだ風が虎落笛もがりぶえとなって唄っているのだろうか?

 とにかく、なにやら楽しげな話し声に、歌声に聞こえてきた。


「日下部総理。総理のおかげでN国は危機を脱しましたよ~」

「違う、違う。私だけの功績じゃないよ。我々のおかげだろう……大杉官房長官」

「総理の名前は未来永劫に語り継がれますよ。N国の救世主……日下部泰三総理大臣~万歳~」


「だから……私だけじゃないだろう。大杉官房長官の名前もN国人の心に刻まれるのだよ」

「なんだか……夢を見ているようですね?」

「アハハハ。夢のようだな~」


「もっともっと語りましょう」


「よしよし。では、私の次の夢を語ってやろう」


 寄り添う二個の「夢を語る果実」は――誰もいない大地で、オレンジ色の太陽の光を浴びて、楽しそうに笑い続けた。


 荒涼とした地平線に沈みゆく夕日は、一際おおきく眩しく輝いていた。

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