第8話 沢山の人肉
――国家DEBU法 第二条――
【全てのN国民において、男七十㎏以上、女六十㎏以上の者、又はDEBU省が適当と定めし者は、人間としての全ての権利を剥奪し、N国民全ての『食料及び家畜』とする】
五階建ての総理官邸。
その官邸の玄関を入り、正面階段を上がった2階南側の一角に総理執務室があった。
「日下部総理! 大変です!」
その日の午後――リュウマチの足を引きずりながら大杉官房長官が執務室に飛び込んできた。
いや――転がり込んできた。
その姿に居並ぶ補佐官たちは一応に目を
「二人の頭を、合わせたら丁度いいのにねぇ」と、総理と官房長官がお互いを同情しあうように笑い話にしていた。
しかし二人の頭を合わせても「湿地帯に浮かぶまばらな陸地」程度にしかならない事を知っている補佐官たちは――やはり、笑えないでいた。
「どうしたのだ。普段は絶対に走らない怠け者の君が慌てたりして……」
いちいち毒を吐く総理である。
機嫌が良くても毒を吐くから始末に負えない。
若手議員時代に培った「罵声とヤジ根性」が抜けないのだ。
【国会議員ヤジ禁止法案】の成立に向けて、反対野党をヤジ倒して「法案を可決」させた猛者だけのことはある。
「法律どおりに、男七十㎏以上、女六十㎏以上をターゲットに『人肉狩り』をしようとしたのですが……」
「何か問題でもあったのか? 沢山の人肉を確保するには太った奴から狩るのが最善策だろう」
身長百八十二㎝、体重八十二㎏――がっつり『食料及び家畜』の適応者である日下部総理が他人事のように言った。
「駄目です。この食料難のご時世に、この規定に入る奴らは危険です!」
肩で息をしながら、喉の奥から絞り出すような声で言った。
「とにかく、男女ともに骨太で高身長、更に筋骨隆々なんです……」
「それは、確かにその通りだが……」
「その殆どが、数少ない元気な若者でしょう! 闇ルート使って食い物を売買しているヤバイ組織の人間でしょう!」
指を折りながら数えはじめた官房長官である。
「大金持ちもだな……押収食料をこっそり腹に入れている警察官もそうだろう。政治家なんか最たる者だしな……」
見かねた、総理が口を出してきた。
「他にはお国の為にと腹いっぱい食って体を鍛えている自衛軍隊員に、格闘家……とにかく強そうな輩ばかりなんです!」
あなたも含めて――と、言いたいのをグッと飲み込んで、総理に詰め寄っていく大杉官房長官である。
「なるほど……食えない時代に食える奴らだからなぁ」
今更驚く事の方がどうかしている。
普通に考えたら想定できる事案である。
事実、慌てているのは大杉官房長官だけだった。
総理は落ち着いたものである。その態度がまた癪に触った。
「なるほど。じゃないでしょう!」
現場の身にもなってください――と言わんばかりに更に近づいてきた。
「ちょっと見誤ったかもしれないな……なら体重制限を少し落としてみるか?」
「そんなに簡単に法律を変えられませんよ。とにかく、化け物みたいな奴らに『人を食った態度』が武器のN金機構の連中が敵うはずないでしょ」
前頭ハゲに頭頂ハゲが合体しそうな程に顔を近づけてくる官房長官である。
それを
「それでも『DEBU機動隊』として一度くらいは『人間狩り』に行ったんだろ?」
「行きましたよ!」
「なら、さすがに何人かは捕獲したんだろう? 経験だよ……何事も……」
自分の任命責任を誤魔化そうとしている。
「……初日から全員ボッコボッコにされましたよ!」
「初日から?」
「逃げ遅れたN金機構の何人かは『闇で養殖』されているホウジロザメのエサにされたと言う噂も広がって……二日目からは誰も『人間狩り』になんて行っていません……と、言うより、行こうともしません!」
空腹で水ばかり飲んでいるせいで水分過多になっているのか、やたらと唾を飛ばす大杉官房長官である。
総理は汚れたハンカチで口を拭いながら――
(やっぱり肛門……いや、泣きそうになると猿の尻みたいな顔になるんだなぁ)
貧相な顔に、悲壮感を
「何故、最初から武器も力もある自衛軍を選ばなかったのですか?」
大杉官房長官がたまりかねて問いただした。
「……」
窓を眺めて黙り込んでしまった総理である。
よほど悲惨な目にあったのだろうか? ――官房長官が核心を突いてしまったようだ。
「どうなんですか?」
本気モードの官房長官に圧倒されたのか、シブシブ話し出した総理である。
「それは……B衛省をDEBU省にすると、ワシがヤバイというか、寝首をかかれそうだったものだから……」
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