第6話 N国N金機構
「もしもし。私だ! 日下部だが。吉田君は居るかね?」
部下に電話を掛ける時は何故か威圧的になる総理である。
「私が誰かだって? 総理大臣の日下部泰三だ……知らないのか?」
得てして権力者とはこうしたもである。自分の事はみんなが知っていると思っているのだ。どれだけのサラリーマンが上司の「オレだよオレ」で冷や汗を流した事だろう。
ある意味「オレオレ詐欺」より悪質かもしれない。
ちなみに補足だが、オレオレ詐欺は後の世に振り込め詐欺と改名された。
更に二一××年には「ホレホレ詐欺(高齢化の為に犯罪者も歯が抜けてしまい、オレオレがホレホレと聞こえてしまう為)」と呼ばれた。
「何っ? 吉田は誰かだって。総務課の吉田ですか? だと……馬鹿野郎」!
吠える総理。
考えたら血気盛んな九十九歳である。
隠れて備蓄食糧を食っているんじゃないかいう噂も、間違っていないかもしれない。
総理のそんな姿を眺めながら大杉官房長は思った。
「吉田といえば、厚生R働大臣の吉田夢二だろう。総理であるワシがそこに電話して他の誰に用事があるんだ。直ぐに呼んでこい」
厚生R働大臣を歴任して総理になった日下部泰三である。
彼が吉田大臣を後釜として指名したのだ。
いわば古巣に腹心の部下を訪ねた事になるのだが、軽く無視された格好になってしまった。治まりがつかないようである。
「なに! 不在だって? 何処に行ったんだ? 足腰が弱って食欲しかないジジィが側近も連れずに何処に行くんだ」
こめかみの血管が青みを帯びて膨れ上がった。
「知らないだと……直ぐに捜して俺まで連絡させろ!」
そう言い放つと受話器を叩きつけた。
総理の
前頭が禿げ上がった頭に、浮き出る血管が更に膨れ上がった事で測定できる。
「やはり居ませんか? DEBU法が可決されてからというもの、実行部隊に自分の省庁が指名されるんじゃないかと戦々恐々としているという噂が流れていましたが……」
総理執務机の椅子から半身を起こして、肩を怒らせながら受話器を
「事実だったんですね。みんな総理の電話から逃げているんですよ」
大杉官房長官は、いかにも情報通を気取って腕を組みながら言い続けた。
格好つけなくても大概は人間を喰う事業に手を染めるなんて嫌に決まっている。
大方に誰もが想像のつく情報である。
「逃げ回っている? あの野郎も……」
「多分……吉田大臣も最近は見かけませんからね」
「俺の恩を忘れて……断るつもりだったのか。歴史に名前を残すチャンスを与えてやろうとしたのに」
トップに情報が集まらず、いつの間にか〈裸の王様〉になってしまう。
それはN国の伝統的組織思想といえた。〈長いものには巻かれろ〉〈寄らば大樹の陰〉が大好きな国民資質からも伺える。
「仕方ないですよ。でも……どうして厚労省をDEBU省にしようと考えたんですか?」
未だ心境穏やかでない日下部総理を落ち着かせようと満面の笑顔で話しかけてきた。
普段からクレパスのように深いシワが
表現は壮大だが――見ためは、顔全体が肛門のようになった。
「大丈夫だよ。少し怒りは治まったから」
そんな官房長官の気持ちを汲んだのか、総理は大きく深呼吸をすると、自慢の鼻の頭を人差し指で数回擦り気持ちを落ち着かせた。
「厚R省とは、国民生活の保障・向上を理念にしている……いや、していたからな。私がいた頃は」
あまり怒りは治まっていない言い方である。
現に総理の目はまだ赤く充血している。
「生活の保障や向上はこのさい関係ないでしょう」
肛門――いや、官房腸管――いや、官房長官が言った。
「あまり知られていないが、厚S省は牛や豚を食肉用に処理する『と畜場』を
「なるほど……それは手っ取り早いですね」
「更に、実働部隊に丁度良い下部組織を持っているんだ」
「実際に現場で動くのは、違う組織を使うんですか?」
「そうさ、窓口は厚R省だけど……現場は、慣れた奴らの方がいいだろう」
「歴史上、おそらく初めて人肉を取り扱うのに……慣れた奴らなんかいるのですか?」
「いるんだよ。人を食ってきた奴らが」
「誰ですか? いや、どこの組織ですか?」
官房長官という
「あそこだよ。ほら……あそこ……あれさ、あれ」
「あれって、どこですか? まさか、あれの事ですか」
年寄り同士の会話は「アレよアレ・アソコよアソコ・ダレよダレ」が多くなる。聞きようによっては下ネタに聞こえるので注意しなければならない。
「あそこだよ。そう……あの……そうだ『N国N金機構』だ」
日下部総理の口から飛び出した組織は、知る人ぞ知る、知らない人は知らない有名な組織だった。
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