第5話 DEBU《デブ》省

【現在――】法律は公布こうふしたものの「法令ほうれいのあらまし」は、未だ確定していなかった。

 食糧不足で脳に栄養が行き届かないと、いろいろな所で支障が生じてしまうのも致し方なかった。


「総理。DEBU《デブ》法を管轄かんかつする省庁は何処にしましょうか?」

 相も変わらず、総理執務室しつむしつの窓から、視点の定まらない目で、外を眺めている日下部総理に、大杉官房長官が声を掛けた。

「省庁? まだそんな事も決まっていなかったのか……法律は公布こうふされたんだぞ」

「仕方ないでしょう。このご時世ですから、どの省庁もまともに機能なんかしていませんよ」

「省庁なんて、昔からまともに機能していないだろう」

 大きな椅子が自慢の総理机に、ゆっくりとした足取りで戻りながら言った。

「総理は、花火を上げたあとボーっとしていたから分からないでしょうけど、今や公務員の数は激減しているんですよ」

「公務員は、この国で唯一の安定職だろ。人気もあるだろう……」

 ボーッとしている事を指摘されて少しキレ気味の総理である。

 当っているだけに大きな声で反論できないのもキレる要因になっている。

「DEBU法のせいですよ!」

 大杉官房長官がキレ返した。

「……DEBU法がどうして?」

「国民を食う法律だと。それなら、先に公務員が喰われるべきだろう……って、暴動がアチコチで」

「暴動って……飯も食っていないのにそんなパワーがまだ、国民にあるのか……」

 力なく憔悴しょうすいしきっていた国民である。

 もはや国に対して逆らう力など残っていないだろう、と思っていた総理は耳を疑った。

「食い物の恨みは何よりも強いですからね」

「じゃあアレか。喰われるのが嫌で公務員が大量に辞めたのか?」

「そうです。そりゃ誰でも喰われるのは嫌ですからね」

 ボンボン議員の甘さがにじみ出る一言である。

 何の悪気も屈託くったくもない笑顔を眺めながら、この男を官房長官にした事を後悔する総理である。

「……それでも少しは残っているんだろ。各省庁から寄せ集めで作るしかないなぁ」

 椅子に座りながら、独り言のようにつぶやいた。

「はやく省庁を決めて暴飲暴食しましょうよ」

 もはや他人事になっている官房長官である。

 残り少ない食料が全て自分の物になったと勘違いしているようだ。


「今からそれを考えるんだろう……」今度は本気でキレたようだ。

 総理執務室の椅子に腰掛けると、ネズミのシッポで作ったスルメもどきを机の引き出しから取り出した日下部総理である。

 思案をするときは、これをくわえることにしている。

「来週は私の誕生日なんです。パーティをしたいんで、是非牛肉を……」

「少し黙っていろ……」

 空気が読めない官房長官を一喝した。

 困った官房長官であるがN国の歴史上――この手の人選は、結構多かったみたいで番記者たちは慣れていた。

 しばらく思案にふけっていた総理が、口を開いた。

「確かに、どの省庁もジジイしかいない。その上に人員不足か……」

 いくつかの名簿を取り出してはバツ印を付けている。

 未だパソコンでの管理が苦手な総理である。

 それでも、数冊目の資料に目を通している時に動きが止まった。

「比較的、融通が利く奴らが揃っているといえば……やっぱり『あそこ』だな。『あそこ』に人員を集めてDEBU省を作るか」

「あそこ……あそこ……なんか下ネタみたいですね?」

 ボーッとしていた総理をはるかにしのぐ『ボッーッ』を身に着けている官房長官の脳天気が破裂した。


 日下部総理は、黒色の重厚な机の上に置かれている黒い電話機に手を伸ばした。


 近代化の象徴として進化を続けてきた「スマートフォン」は、高齢化に反比例するように衰退していった。

 そして十年前、とうとう姿を消してしまった。

 老眼者が増え「画面が見えにくい」という理由が主流だった。

 しかし事実は、日進月歩に進化する新機能に加齢頭がまったく着いていけなかったことが最大の理由であった。

 いつの時代もお年寄りはそうしたものである。

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