第10話

 家への帰り道はいつもと違って見えた。


 カササカさんと出会った衝撃や話した事実がまだ頭の中でグルグルと渦巻いている。最後に見せたカササカさんの表情に少し引っかかりがあるものの、とても珍しい人頭蜘蛛の事だからきっとすぐにでも申し出を受ける人が現れるでしょう、とクルミはあまり気に留めなかった。

 それよりもクルミの興味は電柱の影や側溝の底にいる虫や小さな生き物たちにあって、クルミはなんだかかしこまった気持ちで、視線をそこかしこに送っていた。


 ――カササカさんは虫さんたちの間でワタシは評判だと言っていたから、もしかしたら影や隙間から、虫さんやトカゲさんや蜘蛛さんに注目されているかもしれないわ。

 普段は気兼ねなく声をかけるアリやトカゲに対しても少し緊張してしまい、少しよそ向きの顔を作ってしまう。まるで小さな生き物たちに表情が生まれたかのように感じられ、少しでも悪い印象を与えないように気をつける必要さえ感じた。


 キチチと鳴き声を上げてクルミの横を何かが通り過ぎた。セミだろうか、コガネムシだろうか。よくわからなかったけれどなんだか挨拶をされた気がして愉快に思った。

 ――なんだか不思議な気分。世の中にはカササカさんみたいな生き物がいたり、虫たちには虫たちの世界があったり……。世界が広がったみたいに、今まで見ていた景色を小さく感じるわ。


 クルミは少々得意げな心持ちになって(それは一歩大人に近づいたようなむず痒い感覚だったのだけれど)、背筋を伸ばし静々と、まるで良家のお嬢さんが社交界の場で愛想をふりまくかのように、ウフフ、オホホとやりながらゆっくり帰った。


「ああ、アリさん。今日もご苦労様。今日はわたし、重たい荷物を持っていないからお手伝いできるのだけれど、逆にお邪魔になってしまうかしら?」

「トカゲさん、隙間の近くに葉っぱで日陰を作ってあげるわね。だって少し腰の辺りが窮屈そうなんだもの」


 しばらくそんな調子で、いつもより一層熱心に語りかけ、時には足を止めてとやっていたのだけれど、ただでさえ遅い歩みがさらに遅くなってしまっている事に気付いてからは、普段と同じくらいに落ち着いた。


 ――あまりガツガツと接するのも良くないわね。誰にでも良い顔をする女だなんて思われちゃうかしら。これまで、相手にどう思われるか考えて行動してきた事なんてなかったけれど……。


 クルミは世界が広がったのと同じ位、世界が狭まった気もしていた。

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