第9話

「コイツが私にそっくりなのはね。私の爪や足の裏の皮なんかを、細かく細かく粉状にして餌に混ぜ込んだものを毎日与えたからなんだけれど、子供にも同じものを与えてしまうと、また私にそっくりな顔になってしまう。なんだかそれだと味気ない気がしていてね。

 爪や皮なら誰のものでも良いって訳じゃあないんだ。なにせ人頭蜘蛛というのは同じ顔である人間の性格まで真似してしまう生き物だからね。怒りっぽい人間に似てしまうと暴れだすし、心の弱い人間に似ると自殺する事だってある。

 中々苦労するところなんだけれど、その点、クルミさんならば顔も性格も申し分ない訳だから、きっと良い人頭蜘蛛になると思うんだよ――それとね……」


 熱を帯びた息を吐き出すように、カササカさんは小さな目を爛々と輝かせながら説明を続けている。

 クルミは、もし自分の顔によく似た蜘蛛がいたらどんな感じなんだろうと想像してみて、なんだかくすぐったい感覚がした。面白いような、気持ち悪いような。嬉しいような、恐ろしいような。どうにも変な気持ちになって、体がソワソワした。


 カササカさんは、クルミがもっとも興味を惹かれた人頭蜘蛛を通じて小さな生き物と話が出来る事を、とても強調して話したのだけれど、それでもクルミは、その相談を断ることにした。

「素敵なお話だけれど、遠慮させて頂くわ。やっぱり……わたしと同じ顔の蜘蛛がいるって変な気分だもの。……ああ! ごめんなさい。悪いと言っている訳じゃないのよ?」

 キャリーケースの隙間から人頭蜘蛛のカササカさんが覗いていたので、言い訳をするように慌てて謝った。


 断った後もカササカさんはあの手この手でクルミの気持ちを変えようと迫ったけれど、どうしても首を縦に振る気にはなれなかった。

 それどころか、カササカさんの顔から徐々に執着の色が見えだしたことで、なんだか早く話を切り上げて家に帰りたい気分になってきた。


 ブランコで遊んでいた親子が公園から去ろうとしていた。ふと、子供を連れた母親が怪訝な顔をこちらに向けた為、バッタリと目が合った。

 どうやらカササカさんとクルミの取り合わせは、周りからしてみれば奇妙に映るらしい。不潔とでも言いたげなその母親の視線に、クルミはなんだか恥ずかしくなった。


 それを機に、クルミはおもむろに立ち上がりカササカさんにお別れの挨拶をした。

「そろそろ帰ろうと思うの。お話ししてとっても楽しかったわ。これまでの人生で一番と言っても良いくらいに。あの……また人頭蜘蛛のカササカさんともお会い出来るのかしら? また会った時にはもっと色々聞いてみたいわ。今度は虫さんやトカゲさんも混じえてお話しできたら素敵ね」

「おや、帰ってしまうのかい。そうか……」

 説得が通じない事を悟ったカササカさんは、突然顔の表情をストンと無くして、俯いて黙り込んでしまった。よっぽどクルミの爪や皮が欲しかったのか、ひどく落ち込んでしまったように見える。


 クルミは悪いことをしてしまったような気持ちになりながらも、暫くカササカさんの返事を待っていたのだけれど、突如、下げた顔の向こうからこれまでの温厚で柔らかい声とは違う低くて唸るような声音が聞こえてきて、クルミは驚いた。

「ああ……、また会うって? そうだね。また会えると思うよ」

 その瞬間、楽しかった気持ちは一転、なんだか得体のしれない不安が背筋を這い登ってきて、自然と足が公園の入口へ向いた。


「……あまり気を落とさないでね。きっと餌を提供してくれる良い人が他に現れるわよ。だから、人頭蜘蛛のカササカさんもそのお子さんも、大事にしてあげてね。それじゃ……」

 最後にそう言って、クルミはカササカさんと別れた。


 公園の入口でもう一度ベンチの方へと振り返ってみると、カササカさんは無表情な顔でこちらをジッと見ていた。

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