第4話
クルミは母と二人でこの集合住宅に住んでいる。父親は物心がついた始めからいなかった。顔も知らないし、母に尋ねた事もない。クルミにとっては母と二人でいる事が普通だったし、また、それ以上を望む発想さえ無かった。
幼少の頃、母と二人で出かけた先でイベントショーをやっていた事があって、それは裸の男と裸の男がぶつかりあいながらウオーウオーと叫ぶ見世物だったのだけれど(後になってプロレス興行だという事を知った)、クルミはどうしてか興味を惹かれ、母に近くに寄るように頼んだことがあった。
けれど近くに寄ってみると観覧している人が皆立って応援していたから、クルミは前が見えなくて半べそをかいた。隣には背の高い男の人がいて、肩にはクルミと同い年くらいの男の子が乗っている。そしてきゃあきゃあ騒いでいる。
クルミが男の子を羨ましそうに見ていた(クルミには自覚がなかったのだけれど)事に気付いたのか、母は突然クルミを抱っこすると、無理矢理丸くて狭い肩の上に乗せて、イベントステージの真ん中が見えるようにしてくれた。クルミはそれが嬉しくて、母がなんだか格好良くて(体はプルプルと震えていたけれど)、とても満足した事を覚えている。
そんな母だったから、クルミは母との生活になんの不満も無かったし、これから先も二人で幸せに生きていくのだと信じて疑わなかった。
しかし、今年になってから、その環境にヒビが入った。
母が自宅に男の人を連れてきたのだ。細い体型をした優しそうな顔で、母より大分若く見える。クルミに接する態度にも何も問題はなかったのだけれど、クルミはフスフスと感じる違和感に戸惑った。男の人に対してではない。母の様子に、だ。
男の人といる時、母は母じゃなく女になっていた。
甘えた声、しなだれる体。そんな母をとてつもなく奇妙に感じた。母も一人の女である事を頭では理解するけれど、気持ちが追いついてこないのだ。
クルミはなんだか、そんな母を見るのが嫌になった。
男の人は定期的に家に来るようになった。一週間の内に二回。今日はその日にあたる。クルミは急いで夕食を作り終えると、すぐさま流し込むように腹に入れて自室へと戻った。宿題を手早くやっつけてから、ほんの少し迷った結果、大好きなミル・マスカラスの動画を一度だけ見て、ベッドに潜り込んだ。母が男の人と喋る様子や声を目や耳に入れたくなくて、早く寝てしまおうと思っていた。
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