河川敷の花火大会

@blanetnoir

花火の夜に、あの子を待とう。


しっとり濡れた、真夏の夜に、


年に1度の祭り囃子


浴衣で賑わう河川敷に、


笑顔集まる、今宵、この場で


いつも待ってる、あの子が来るのを。



どんなに人が沢山で、


顔が見えない人垣も、


間違えないよ、あなたのことは。




大太鼓の乱れ打ちに似た


打ち上げ花火が咲き散る音と、


鼓動が集まり溶けるような


夜の振動、夏夜の心音。




「まぁ、随分とご執心なことで。」


隣の女がニヤリと笑う。

河川敷の大岩に隣り合わせで腰掛けて、俺の目線に割って入る。


「ご存知?今の時代、貴方みたいな思い過ぎる男はストーカーって言われるのよ。」


暑すぎると団扇で首元を扇ぎながら、ふっとひと吹きこちらにも風を扇ぎ送ってきた。


前髪がはらりと蹴り飛ばされる。


「何をするわけじゃないのに、見てるだけでもダメなの?」


しっとり汗で濡れた肌に、使い込まれた柔らかな手ぬぐいをスッと這わせる姿を眺めながら、子を持つ母らしい力強い笑みを浮かべた表情を見る。


長年の腐れ縁となったこの女、

出会いはこの河川敷だった。


お互いに、この場所で大切ものをなくした。



遠い、昔の話、



もう、70年ほどになるだろうか。




「うちの子は、今年孫が生まれたみたいでね、さっきお嫁さんと手を引いて歩いているのを見つけたわ。」



あの夏の日、街を飲み込む業火を逃れて駆け込んだこの場所で、

生命を落としたわたしたち。



俺は、まだほんの子どもで、

そして大切な妹がいた。



彼女は一命を取り留めたらしく、戦いの火が消えたその夏から、毎年この場所に俺を供養にやってくる。



やがてこの街が、毎年夏の夜に、俺たちのための慰霊祭として花火大会を行うようになり、



毎年必ず彼女は花火大会にやってきた。



妹に家族ができて、彼女そっくりな娘が生まれた時も、

小さなわが子にいちばん素敵な浴衣を着せて、俺に会いにやってきた。



「毎年、必ずこの日だけは顔を見ることができるって、幸せなことだね。」



夜空に咲き誇る大輪の花を見上げながら、目を細める。



「綺麗な花火も嬉しいけれど、何よりも、こうしてこの場所にみんなが来てくれることが、嬉しいよ。」



濃紺の空に、盛大なスターマインが咲き誇る。



「そうね。本当に、嬉しいわね。」



女の腕はいつも無意識に赤子を抱くような形をとっている。今は立派におじいさんとなったその姿を見守りながら、母としての愛は変わらず、70年見つめ続けていた。



そして俺も、段々と歳を重ねていく彼女や、面差しを継いだ娘や孫たちを見ながら、



この街が、姿をかえても、変わらずに愛する人たちの暮らす街としてここにあることが、こんなにも嬉しい。



「今年も、いい花火大会だったね。」



「ええ、いい花火大会だったわ。」




年に1度の真夏の逢瀬。






「また来年も、ここに来てくれますように。」







わたしたちのことは忘れてもいいよ、



ただ、



貴方の幸せそうな笑顔を、

この場所で見せて欲しい。

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