6 奉仕

「相変わらず、きみは木目の細かな肌をしているな」

 橘先生がわたしに言う。

「いいんですか、医院の先生が一介の患者にそんなことを仰って」

 わたしが応える。その日、わたしは自分の中にいたようだ。が、一寸先は闇。

「肌の味も良いな」

「唯の汗ですよ」

「成分が問題だ」

「モノは仰りようね」

 立花先生の舌がゾロリとわたしの首筋を舐める。慣れと新鮮さの具合がちょうど良い。

「厭だわ、声が出そう」

「出せばいいだろう。誰も聞いていないさ」

「聞く気がなくたって伝わるのよ」

「きみの持論だね。だが誰もわたしたちのことなど気にしない」

「気にはしなくても興味はあるでしょう」

「勘ぐりたい輩には、そうさせておけばよいさ」

「恥ずかしいわ」

「何を今更」

「では申し訳ないと言い換えましょうか」

「それはこちらの科白だな。きみだって偶には熱くて硬い肉棒で貫かれたいだろう」

「先生との最初は戦場でしたね」

「きみがいたんで吃驚したよ」

「わたしにはすぐに先生の状態がわかりました」

「それで抱かれに来たんだから、まったくのボランティアだな」

 わたしの両掌の中で立花先生の分身は大きさを変えない。多少の熱は持つが、感触は冷んやりだ。

「可哀想」

「もう、どんな感覚だったかさえ忘れたよ」

「相手に奉仕だけして自分は絶頂に辿りつけなくて、でも、それでもしたいわけね」

「習慣だろうな。きみとは随分ご無沙汰だったが」

「あら、モテ自慢」

「殆どが同情だろうさ。きみの場合と同じこと」

「いいえ、先生には魅力があります」

「加えて、まともなペニスがあれば言うことがないだろう」

「治らないんですか」

「外科的な手術は可能だよ。だが一日中勃ったままだとか、いろいろと手間がかかるのは真っ平御免さ」

「外傷があるとも思えないのに」

「ペニスそのものは正常だよ。戦火で焼かれはしたが、軽症だったし、もう痕もわからない」

「最初のときもそうでしたね」

「若いのにきみの感度が良くて驚いたな」

「前に付き合っていた男に開発されたんです」

「だが、きみを捨てて出て行った」

「先生は、わたしを怒らせたいんですか」

「今更そんなことで、きみが腹を立てるとも思えんな」

「わたしにだって見栄があります」

「そうか。ならば、怒れ、もっと怒れ。それで感度がますます良くなる」

「厭な、お爺さんね」

「世間の好色爺の中にはペニスのないヤツさえいるんだよ」

「今の先生ならば、そのフリもできるわね。でもモテる」

「新しい女はもういいよ。無論、向こうからやってくるなら拒みはしないが」

「自信たっぷり」

「だが、呆れて出て行った娘の数も多いぞ」

「でも、そうじゃない恋人が何十人もいて」

「ふふふ」

「まあ、女みたいな笑い方」

「ペニスが勃たないのだから、女と変わらんさ。さらにクリトリスまであったりしてな」

「男の人ともしたんですよね」

「今でいうEDを自覚したとき半狂乱になった。現役の精神科医の考えとも思えんが、アヌスに挿入されれば勃つかもしれないと愚考した」

「病気を罹されなくて良かったですね」

「それにゲイの素質もなかったようだ。男たちの優しさは知ったが」

「同じ性を持つものだから」

「美形と言うのか、どう言うのか、筋肉質のニューハーフのペニスが怒張し、そこから数メートルも飛び散った精液は見事だったな」

「飲んだんですか」

「舐めてはみたが、それだけだ。慣れなのかもしれんが、美味くはなかった」

「女の蜜の味の方が良いと」

「それも慣れかもしれん」

「先生の最初はまだ聞いたことがないわ」

「トラウマだったからな。さすがに今では平気だが、姉の友人に襲われたんだよ。小学生のときに」

「まあ」

「精通していなかったから、当然精液は出ない。それでも快感があって、暫くは奇妙な罪悪感に充たされたな」

「充たされたのなら、罪悪感じゃないわ」

「それは後知恵。女がみんな悪魔に見えた」

「それがいつの間に好色漢に」

「極端から極端に走るのはヒトにはよくあることさ」

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