黒い肉塊は泥兵(俺)と踊る

「おい、あれベルっちじゃねーのか?」


 泥鴉が進んでいる方向を見ながらそう言う。すると確かに木の枝や雑草の隙間から青い毛が見えた。

 そこから少し移動するとあまり木や雑草が生えておらず、目の前が崖のようになっている開けた場所に出た。その崖付近でベルティーナは下をのぞいて何か見ているようだった。


「おいベルティーナ、お前何を見て―――」


 俺は泥の棒が全て取り除かれた体でベルティーナと同じように崖の下をのぞく。

 するとそこには、


「あああっだ、誰か助けてくれ!死にたくない!!」


「嫌だッ!こっちに来るな!」


「くたばれ化け物があああ!」


 草や木が生えていない広い道端で黒い肉の塊ような体から黒い液体を周囲に撒き散らし、二足歩行で動きまわり何かを太い二本の腕で叩き潰す魔獣と、その何かに対して弓や槍などで叫びながら一矢報いようとするも一瞬で潰されてしまう半獣人達がいた。


「な、なんだよこれ―――」


「なんだアレは!?あんな魔獣は図鑑でも見たことがないぞ!」


 デトラが嬉しさで跳びはねている中、俺はその隣であまりの痛々しさ、魔獣が行う残虐さのせいで視界がゆがんていた。

 槍を持って近づいてきた半獣人を謎の魔獣は大きく太い右手で掴み、悲鳴を上げる前にまるでスポンジを握るかのように握り潰す。その隙を突こうと別の半獣人が反対方向から地面を強く蹴って大きく跳びはね謎生物の頭を貫通、同時にその部分から大量の黒い液体が噴き出した。


「やっ、やった!刺さっ―――」


 勝ちを確信したのか何かを言おうとした次の瞬間、左手で服を掴まれそのまま地面に叩きつけられそのままの勢いで体のパーツや赤い血が花火のように周囲に飛び散った。


「クソッ!」


弓を握った半獣人が弓矢を謎の魔獣の右足と頭と胴体に3本打ち込み全て命中させたが、まるで何も当たっていないかのような素振りで先ほど地面に叩きつけられてこぶりついた半獣人の骨を拾い、それを弓矢を討った半獣人にめがけて投げる。すると一瞬で半獣人の体に大きな穴が開いた。その時、謎の生物から遠心力で周囲に撒き散った黒い液体が一人の半獣人の全身にかかる。


「うわあああああッ体がッ体が焼けるッ!!!ああああ―――」


 全身に黒い液体がかかってしまった半獣人はそのまま地面に膝を付けて体を埋めた。体にかかった黒い液体をなんとかして拭き取ろうとするが、抵抗空しくそのまま音をたててゆっくりと体が蒸気のようになって蒸発していき最終的に半獣人の体が全て消えてしまっていた。


「なんだあれ?あれは本当に魔獣なのか?」


「――――行かなきゃ!!」


「あっ、おいまてベルティーナ!この崖100mはあるぞ!?」


 俺はこの崖から飛び降りようとするベルティーナを止めようとしたが、ベルティーナはその忠告を無視して崖に向かって大きくとび跳ねた。


「あいつマジか!?」


「なかなか度胸のあるヤツじゃないか。キヒヒヒヒ!」


「全然笑いごとじゃないんだけど!?」


 ベルティーナは崖から下へ落ちながらコンポジットボウを構えて瞬時に腰のケースから取り出した2本の弓矢を放つ。その弓矢は謎の魔獣の頭に全て命中、だが何か変化があったようには見えない。

 上から弓を射たベルティーナに謎の魔獣はに気がついたのか、崖の上を向きながら先ほど骨を投げた時と同じように地面にこぶり付いた死体から5本の骨を抜き取り真上に向かって投げる。空中にいたベルティーナは近くに自らの体を移動するための固定された物体がなかった。だからそのまま落ちるしかなく、避ける手段がないベルティーナめがけて異常な速度で骨が飛んでいく。


「うわっ、危ねえ!」


「いや、アイツならいけるさ」


 次の瞬間、ベルティーナは瞬時に5本の弓矢を討つ。するとその全ての弓矢は空中という不安定な場所から討ったのにも拘わらずぶれることなく真っすぐに飛び、下から飛んできた骨に5本全てが命中。弓矢は衝突した衝撃で砕け散ったが骨は軌道を変えてベルティーナを避けて上に飛んでいく。

 そしてその骨の一つが崖から下を覗いていた泥兵の顔に正面から命中して顔にめり込んだ。


「ぎゃああああああ顔がああああああああ!!!!」


「ほほう、あの凄まじい速度で飛んできていた骨に木の矢を当ててこれだけ威力を減少させれるのか。かなりの弓の使い手だな」


 謎の生物は次から次へと骨を投げるがベルティーナはそれを全て弓矢で弾く。そして30mほどの高さでポーチから鉤縄のようなものを取りだしその先端を投げて木にひっかけてから崖の壁を蹴り右手だけでロープを握りながら謎の魔獣の横を通り過ぎる。謎の魔獣は近づいてきたベルティーナを片手で捕まえようとするが、ベルティーナは握ったロープと柔軟な体を利用して瞬時に軌道を変えて手を避け、空中に浮いてる間に右手のロープを話して弓矢を3本射込む。その弓矢も全て頭に刺さり、身体が重力で落ちる直前にまた右手でロープを握って木の間を移動しているのだ。


「すげーなベルっち、あんなに動けんのか」


「だけどこれじゃ埒があかん、弓矢も効いているようには見えないな」


 確かに弓矢―――いや、まず攻撃が謎の魔獣に効いてるとは思えなかったい。ベルティーナは俺達が話している間にも鉤縄と弓を操って謎の魔獣の攻撃を避けながら3本射込んでおり、もうすでに頭には15本ほどの弓矢が刺さっているのにも拘わらずベルティーナを右手で掴もうとしている。

 ベルティーナが来てくれたことに気が付いたのか、周囲にいた半獣人達も弓を握り援護射撃を始めた。謎の魔獣の体中に弓矢が刺さりまくるが、腕のスピードは落ちてもいなし上がってもいない。


「よし、ドロヘイ。オマエが助けてやれ」


「は?」


 ついさっき顔にめり込んだから引っこ抜いた骨を右手で握りしめていると唐突なデトラの言葉に驚く。


「オマエの実力を私はまだ見たことがない、だからこれはいい機会だ!」


「い、いやいやいや勘弁してくれよ。さすがにあれとやり合うのは―――」


「じゃあな兄ちゃん!」


「えっ」


 俺は気がつくと泥鴉の足に首あたりを握られて空中に浮いていた。この後の展開は容易に想像できる、つまりこの後―――


「あのちょっと?ちょっと!?」


「あばよ!!」


「待て待て待て待てあああああああああああ!!!!」


 俺は泥鴉に空中に投げ捨てられ、そのまま重力の法則に従って崖の下へと落ちて行く。そこから落ちる前に見たデトラと泥鴉の顔は満面の笑みでした。


「ちっくしょおおおおおおおおおおおああああああああ!!!!」


 約100m程の高さからゆっくりと加速して地面に近づくスピードが速くなっていくのがわかる。


「あれ?もしかしてこれってこのまま地面とぶつかんの―――?」


 俺は体を捻らせて上を向いた、そこには先ほどと同じ満面の笑みで崖から下を覗いていたデトラと泥鴉に目が合った。俺は落ちながら大きく息を吸うと二人に向かって叫んだ。


「あのおおおおすみませーええええええん!!これってパラシュートとか出ませんかねえええええ!!!」


 するとと聞こえたのだろうか、デトラは崖から身を乗り出してゆっくりと口を開いた。


「そんなわけのわからんモノはないぞ」


 次の瞬間俺は地面に向かって垂直に激突し、そのまま上半身が地面にめり込むと同時にそこの地面の土と激しい衝撃音が周囲一面に飛び散った。


「な、なんだこの土埃と音は!?」


「おい!空から何か降ってきたぞ!!」


 ベルティーナを弓で援護していた半獣人達、そしてベルティーナを捕まえようとしていた謎の生物は衝撃音と土埃に驚いて手を止め、何かが落ちてきた方向を見つめる。


「あれは・・・泥兵さん!あそこから落ちてきたんですか・・・!?」


 ベルティーナは謎の魔獣の手に届きそうにない木に移動して上の崖を見つめた。するとそこにはドヤ顔で腕を組んでニヤニヤと見つめてくるデトラと泥鴉がいた。


「あの高さから泥兵さんを突き落とすなんて正気ですか!?あの速さで地面に直撃はさすがに―――」


「・・・あれ、俺―――生きてる!生きてるぞ俺!!」


 俺は地面に近づいていく恐怖から開放された嬉しさで地面から頭を抜き出してそのまま右手を揚げてガッツポーズをした。

 それを見ていた周囲の半獣人達は勿論、ベルティーナも何が起きたのか理解できずにそのまま棒立ちになった、ただ謎の魔獣だけを除いて。


「・・・!危ないぞそこの青年!!」


「えっ、おお・・・結構大きいし臭ッ!」


 半獣人の男性が俺のことを心配してくれて注意喚起してくれたのにも拘わらず、目の前の謎の魔獣のあまりの臭さに動きが停まってしまった。

 全長5m、幅4mほどだろうか、体はほぼ黒一色だがところどころ体の黒い液体で光が反射しいるからなのか白く見える。様々な部分に脈があるのが確認でき、それは今も元気そうにドクドクと音をたてて動いている。見れば見るほど生々しくて気持ちが悪くなってくるな―――。

 ふらつきながらもそこから逃げようと動いた次の瞬間、謎の魔獣の右手は俺の胴体めがけて体重を乗せたパンチを繰り出した。


「うわっマジか―――」


 しかしその時だった、俺は避けるためにいつも通りの力を足にかけて左に跳びはねたはずなのになぜか勢いよく10mほど自分から吹っ飛んだ。


「えぇ!?」


 そのまま頭から地面に突っ込んでいきまた地面に頭がめり込んだ。自分の体がどうなっているのか理解できないまま地面から頭を引っこ抜く。


「・・・どうなってんだよ、重力が地球の10分の1になったとかか?」


「お、おい青年!また来たぞ!!」


 謎の魔獣は起き上がった俺にすぐさまぱパンチを当てようと近くに走って寄ってくる。

 だけど何故だろうか?俺はそいつのスピードが落ちたような気がしてならないのだ。そう考えていた次の瞬間、5mの巨体の右腕から繰り出されたパンチがまた俺の胴体めがけて飛んできた。


「・・・あれ?」


 そのパンチはとても遅かった。やはり間違いない、謎の魔獣の動きが全体的に鈍っていた。

 さっきと比べて滅茶苦茶スローなパンチを左に歩いて避ける。


「・・・これ蹴り入れられるな」


 俺はまるでわざわざ目の前に蹴ってくださいと言わんばかりに差し出された黒くて太い右腕めがけて右足で蹴る。するとその直後、謎の魔獣の右腕は突然目の前で破裂しその半分が空中に吹っ飛んでいき、腕の断面から黒い液体が撒き散らされる。


「なッ!あの青年に魔獣が殴りかかったら魔獣の腕が吹っ飛んだぞ!!」


「おいみんな、黒い液体にかかるなよ!!」


「―――えぇ」


 ただの蹴りをいれたら一瞬で腕が吹っ飛んだというチートのような力に自分で驚いている俺、その様子を崖の上から見ていたデトラは突然笑い出す。


「キヒヒヒヒ!!おいおい見たかドロガラス!?ドロヘイに送る魔力を少し増やしただけでこの力だ!!」


「なるほどな、あれが泥人形―――いや、泥兵の力ってわけか」


「やはりあんなものも作れてしまうワタシは魔女の中で最強だ!!」


「いやでもあれ姉ちゃんの母さんの―――」


「行けドロヘイ!そのワケのわからん魔獣を完膚なきまでに叩き潰してやれ!!」


「聞いてねえな」


 謎の魔獣も自身の手から腕が吹っ飛んだことに危険を感じたのか強く地面を蹴り、大きく後ろに下がる。しかしその時腕を振った際に出てきてしまった黒い液体がわけがわからずぼんやりしていた俺の全身に降りかかった。


「あっ!泥兵さん!!」


「えっ・・・あれ」


 ベルティーナの叫び声には気がついたが自身に何が起きているのかわからず、5秒ほど経過してから鼻の奥にくる臭いでやっと自分の置かれている状況に気づく。だけどその黒い液体はゆっくりと透明になっていくと同時に蒸気のようなものになっていき、結局さっきと変わらない普通の体に戻った。


「えぇ・・・体溶けないのか」


 それを見た謎の魔獣は突然俺とは正反対の後ろを向いて全速力で走りだした。右腕の黒い液体の流出を防ぐためだろうか左手でその部分を強く握っている。


「おい!魔獣が逃げるぞ!!」


「あっおいクソが待ちやがれ!!」


 俺は逃げだした謎の魔獣の動きを止めようと右手に持っていた何かを全力を全力投球で投げる。


「あれ、俺って右手に何持ってたっけ・・・」


 投げた後に思いだそうとするなんて手遅れ感があるが、それでも思い出さないといけないほど投げてはいけないものだったような・・・その行動自体が不謹慎だったような・・・あっ、


「あああああ!半獣人の骨がああああああああああああ!!」


 時すでに遅し、俺の投げた半獣人の骨は定規で線を引いたかのように一直線に飛び、そのまま逃げた謎の魔獣の背中に触れた直後、一瞬にして直径3mほどの大きな大穴が空いた。

 謎の魔獣はそのまま地べたに倒れこみ、数秒間だけ腕と足を動かしてできるだけ遠くへ動こうとしていたが黒い液体が出過ぎてしまったのかその途中で動きが停まった。


「ああっクソっ・・・やってしまった。骨投げるとか・・・」


 俺は自分が骨を投げているという行為をやっていたことに自分でドン引きし、地面にひざまずいて足元を見つめる。こっちに来てからかれこれ1週間はデトラや泥鴉と過ごしてきたがまさかそいつらに精神がこんなにも早く汚染されるとは思ってもいなかった。


「あ、あの・・・」


「―――――」


「あの・・・あの・・・!」


「―――えっ」


 誰か知らないが声を掛けられていたことに気が付き俺はすぐに前を向いた。するとそこには、


「何者か存じませんが、我々を助けていただき本当に感謝します!!」


「「「感謝します!!!」」」


 俺に向かって半獣人達は頭を下げ、ゲームや漫画で見たことがあるポーズをとって感謝の言葉を喋っていた。


「えっ、いやちょっとまっ―――」


「なかなかやるじゃねえか兄ちゃん!」


「キヒヒヒヒ、初めてにしては上出来だぞドロヘイ!」


 上から声が聞こえて来たので見上げると、そこにはニヤニヤ笑いながらホウキに乗りながら滑空してくるデトラと羽をはばたかせながら下へ飛んでくる泥鴉がいた。


「泥兵さん!!仲間を助けていだだき本当にありがとうございます!!!」


 今度は木から飛び降りて俺の目の前まで来てから他の半獣人達と同じように頭を下げてポーズをとるベルティーナがいた。そしてその直後感謝の言葉を喋った。


「え、あぁ・・・うん・・・」


 何故だろう、ここに来た初めの頃には望んでいた展開だったハズなのに、その時の俺はその展開に喜ぶどころか困惑してボンヤリしていた。

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