第一章 半獣人の狩人は俺と共に弓を引く

聖なる川先輩には半獣人の女が丸太にしがみついている

「聖なる川先輩今日も綺麗だな~へっへっへっへ」


「―――なあ兄ちゃん、なんで同じ服ずっと洗ってるんだ?」


「いやいや俺はそんなことないよ~へっへっへっへ」


 只今真昼間の12時。

 泥鴉は昨日の泥合戦から目を覚まし、外に出ると川の近くで服を洗っている泥兵がいたので声をかけたのだ。だが、


「兄ちゃん大丈夫か?っていうか聖なる川先輩って誰なんだ?」


「あ、泥鴉。いたのか」


「えっ今更!?オレッチ大分さっきから声かけてたけど!」


「聖なる川先輩は聖なる川先輩だよ。ほら、今日も水が綺麗だろう?」


「精神ぶっこわれてるじゃん!」


 泥兵はただの川に謎の名称”聖なる川先輩”をなづけて話しかけながらデトラのスパッツをずっと洗っているのだ。擦りすぎたせいかスパッツに穴があいている。

 まあ―――でも確かに無理させたのかもしれない。

 初日来た日から半獣人の頭が砕け散るさまを目の前で見せられたり、その日から掃除洗濯料理の家事全般を任せられ(押しつけられて)、休む暇なく泥プールに連れてかれて挙句の果てには左手が欠損したフラフラの状態で少女一人と鴉一羽を運んでいたのだ。

 休む暇なく引きずられて泥兵の精神はズタボロ、そこで心のやすらぎを得るために”聖なる川先輩”を作ったのだろう。しかしそれにしてもこれはヤバイ。


「いやーやっぱり聖なる川先輩は寛大だ。泥鴉のお気に入りの皿を割ったことを許してくれるんだな!」


「えっ」


 泥鴉から冷えた声が出た。


「あ、あのちょっと兄ちゃん?なんで川に誤ってんの?」


「ありがとう!ありがとう!」


「あのちょっとごめん!隣にお気に入りの皿割られた被害者がいるんですけど!オレッチまだ謝られてないんですけど!ていうか何で川に感謝してるんだよ!」


「―――――えっ、何?寝ている間に泥鴉を土に埋めろって?」


「なんで犯罪助言してんの!?聖なる川どころかまっ黒なんだけど!」


 するとその時、泥兵は洗いすぎてボロボロになっていたスパッツを洗うのをやめて立ちあがり、そのまま川の中に入って何かを左手で掴み、川から上げる。


「おお、聖なる川先輩!念願の手が生えてきたんだな!これで俺の事を触ることができるぞ!」


「手が生えるってどういう事だよ!?兄ちゃん本当に大丈夫か!?」


「聖なる川先輩ほらあいつ!あれが僕にお気に入りのお皿を割られた泥鴉だ!」


 そう言って泥兵は両手でつかんだ何かを泥烏に見せる。


「おい兄ちゃん、変なこと言わずに早く川から出なさ―――」


 次の瞬間、泥鴉は驚きのあまり声が出なくなった。

 なぜなら泥兵が両手で掴んだそれは―――半獣人のであろう無理やり引きちぎられたかのような腕だったからだ。


「・・・兄ちゃんそんな物を持つのはやめとけ、あまりいいもんじゃないぜ」


「おお、今度は足が生えてきたんだ!これで外を歩けるようになるな!」


 そういうと今度は川から左手で何かを掴んで引きあげる。すると今度半獣人の足だった。


「おお、聖なる泥の川先輩!血も流れだしましたね!」


「―――――!?」


 ゆっくりと川が赤くなっていく。が、それだけが流れてきたのではい。川の上流から絶え間なく半獣人の残骸が流れてきたのだ。


「聖なる川先輩!これで体が沢山作れるな!」


「うるさいししつこいわ!さっさと目覚ませや!!」


「ビゲラバっ!?」


 そう言って泥鴉はどこからか拾ってきた10tハンマーを足で掴み、全力で泥兵の頭を殴った。するとそのまま血まみれの川に倒れこむ。 


「―――ってえ」


「起きたか兄ちゃん?」


「起きたか兄ちゃん?じゃねーよ!なんでそんなハンマーが家にあるんだよ!?」


「おお兄ちゃん戻ったか!よかったよかった」


「いや何も良くないよ!?滅茶苦茶嫌な目覚めだよ!」


「いやいや兄ちゃん、もしかして忘れたのか?」


「忘れた?何を?」


 俺は何を言われているのか理解できていなかった。忘れたって―――俺は泥鴉に何かやっていたのだろうか。昨日クソみたいな泥合戦があったからだろうか、床に倒れてからの記憶がない。


「はぁ―――さっきから聖なる川先輩連呼してたのにもう忘れたのか」


「聖なる川先輩―――まだ」


「ほら、お前が今いる川に向かってだよ」


「ん?今いる川・・・?」


 俺は周りを見渡す。すると確かに泥鴉の言ったとおりいつのまにか川の中にいた。だけどそんなことよりも何故だろうか、川が赤いような―――


「―――な、なんだよこれ」


 川には大量の半獣人の死体が流れていた。飛び出た目玉、弓を握ったままちぎられて骨がむき出しになった腕、へこんだ胴体、デロデロに出た腸、べチャべチャになった脳みそ、顔の皮がはがれた顔―――――


「う、うわああああああああああああ!!」


「兄ちゃん、そろそろその両手に握ってる足と手捨てたらどうだ」


「ぎゃああああああああ!!なんでこんなん持ってんだよ!?」


「俺が聞きたいくらいだよ兄ちゃん・・・」


 俺は何故か両手に持っていた死体のパーツを川に投げ捨てからダッシュで川からでる。肉片なんざこの前の頭破裂だけで十分だ。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・なあ泥鴉、なんでこうなってんのか理由知ってんのか?」


「いや、俺にもサッパリだ。俺とお前がここにいた時途中から流れてきた」


「わけがわかんねえな・・・」


 右から左へ流れていく半獣人の体の部位を眺める。

 その部位はさまざまな大きさや毛の色があることからかなりの人数が流れていることが分かるが、一体何がどうなってこんな事になったのだろう?


「集団自殺か何かだろうか?」


「いや違うな、集団自殺ならこんなバラバラにされないだろう」


「うーむ―――そうだよな。じゃあ弓持ってるし狩りに出かけてそのまま魔獣にやられたとか」


「けどそれなら肉を食うだろ?けどここの死体を見る限り肉はほとんど残ってるしな。しかもその死体を一々川に流すとは思えねえな」


「―――じゃあ殺人鬼がどっかの集落の半獣人を皆殺しにしたとか」


「この国には警備騎士団がいるからそんなことはないと思うが―――いやでもわかんねえな」


「・・・えっ、ここって国の領地なの?」


「あれ、知らなかったのか?ここデネブエラの森は一応ゼントール王国っていう国の領土なんだ」


「へー、まあそりゃそ国ぐらいあるか。けどさっきのわかんねえっていうのはどういうことなんだ?」


「今跡継ぎ争いがおきてるらしいんだよ、王様が死んでしまったせいで娘二人のどちらかが王になるとかなんとか。それで警備騎士団が駆り出されてたら手が回らないだろうしな」


「なるほどねぇ、社長の座を奪いあうみたいなもんか。結局苦労するのはその周囲の人達か―――」


 俺はその時、元のセカイのニュースで話題になっていた家具メーカーのあれを思い出していた。


「しっかしかなりの男の死体が流れてるな、これじゃあ集落の男手が足りなくなってるんじゃねえか?」


「―――えっ、お前なんでそんなこと知ってんだ?」


「ほら、前デトラが頭吹っ飛ばした兄の家族の半獣人の子がいただろ?あの子を連れて帰った集落で見た男が何人かいるんだよ」


「なっ!?」


 俺はその場所からすぐに立ち上がった。その唐突な行動と大声に驚いたのか泥鴉は一瞬ビクッと揺れる。


「お、おいおい兄ちゃん何するきだ?」


「何って、助けに行くんだよ。集落の男がこんなに殺されてるなんて危ないことがあったに違いないだろ!」


 俺は川の上流を向いた。ここの上をとにかくひたすら走れば今回の事件の犯行現場か何か重要な場所に行けるだろうか―――?


「よし、俺ちょっと行ってくる」


「あー兄ちゃん、それよりだ」


「デトラには外行ったって伝えてくれ!」


「いや違うんだ兄ちゃん、あれ」


「?」


 泥鴉は川の上流を右の羽で指していた。なので俺もそのまま泥鴉が指している方向を見つめる。するとそこには―――


「丸太にしがみついた―――半獣人!?」


 丸太にしがみついたまま流されていたのは、緑のローブを身に付けた水色の毛の色をした半獣人だった。遠目で見るが目だった外傷は見当たらない。


「まだ息があるかもしれねえ、川から引きあげるぞ!」


「お、おう!」


 俺と泥鴉はその流れてきた半獣人を丸太からゆっくりとおろし、川の浅瀬まで運び仰向けに寝かせる。背中から弓を下げており腰には矢を入れるケースを装備していて、右手と胸には麻の布を何重にも巻いてある。胸が少し膨らんでいるからおそらく女だろうか。


「おい!おい!大丈夫か!?」


 俺は大声で体を少しゆさぶる。強く揺さぶると体の傷が開くかもしれないという恐怖があったからだ。しかし反応はない。意識がないのだ。


「クソっ!」


 顎を上げて気道を確保してから素早く首元を触って脈があるのかどうか調べる。すると手に反応があった、脈は動いている。だけど、胸が全く動いてなかったのだ。


「―――呼吸をしていないのか!?」


 こうなったら心臓マッサージと人口呼吸をするしかない。俺は過去にネットで得た応急手当の知識を頭からひねり出そうとする。


「よし―――いける」


 まず仰向けに寝かせた半獣人の胸の横にひざまずく。そしてそこから胸骨の下半分に右手の手首に近い部分をあて、もう片方の手を重ねて組む。垂直に体重が加わるように腕を真っすぐ伸ばし、組んだ手の真上に肩がくるような姿勢をとった。

 そこから肩から半獣人の胸に垂直に力をこめて圧迫する。後はこのまま1分間に100~120回のテンポで、強く、速く、できるだけ中断せずにやる。それが終わったら次は―――


「―――人口呼吸か」


 場所を移動して今度は半獣人の顔の横にひざまずく。

 頭側の手で半獣人の額を押さえながら、もう一方の手の指先をあごの先端にあてて持ち上げた。そしてそのまま顔がのけぞるような姿勢にする。後は空気を入れるだけだが―――


 そう、後は口に空気を入れるだけ―――


「俺に口なんかねえええええええええええ!!!!」


 最悪だ、すっかり忘れていたのだ。俺は今は人間ではなく泥人形だということを―――何か、何かないのか!?


「おい泥鴉!この半獣人に口から空気送ってくれないか!?」


「いや、そんな方法よりも簡単な方法があるぞ」


「えっ」


「上向け上」


 俺は泥鴉に言われたとおり上を向いた次の瞬間、


「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」


「よし、これで人口呼吸ができるな」


 ―――突然泥鴉が直径5㎝の黄土色の泥の棒を口のあたりから叩き刺し、口から腸あたりにかけて穴が空いた。


「何お前いきなりぶっ刺してんの!?西洋の兜の口らへんに結構大きい穴あいてるんだけど!」


「ほら、さっさとしないと穴がふさがって呼吸できなくなるぜ?」


「グギギギ―――何がやりたかったわからんが後でおぼえとけよ!?」


 そう言うと俺は口元に空いた大きな穴を半獣人の口に当て、左手で体の中の穴の空気を押しだす。かなり深い穴が空いたせいなのかけっこうな空気が穴から出てくる。とりえずこれでいけるかもしれない。


 その後も半獣人が息ができるようになるまでひたすらそれを続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る