その肉片は糸が切れた人形のように

 草むらから弓矢が飛んできたが、俺は何も問題なく人さし指と中指に挟んで止める。


「おい、そこに誰かいるの―――」


 俺が言葉を言いかけた次の瞬間、何かが草むらから飛び出し、そのまま俺に向かって飛びついてきた。

 鋭い光を放つ物を握りしめながら何かは叫ぶ。


「―――兄貴のかたき!」


 そこからその鋭い光を放つ物―――これってダガーナイフか!?気がつき姿勢を変えようとしたころにはもうすでに遅く、そのまま俺の腹に刺さった。


「グエッー!」


「死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!」


 何かはまだ子供のような、けれど殺意が籠った言葉を叫びながら俺の腹に力をこめてナイフを何回もザクザク刺す。何故かはわからないが砂な擦れる音がする。殺意がすごい。ああ、これで俺は死ぬんだなって―――。


「―――おいドロヘイ、お前なに情けない声で叫んでいる?」


「―――あ、あれ?」


「!?」


 ナイフを持っていた何かと俺は驚く、腹あたりの布の上か20cmもある刃を刺されたのにもかかわらず血が出るどころか服にも刺した穴が全く見えなかった。


「あ、あぁ―――」


 さっきまで殺意がすごかった何かは相手が人間じゃないことが分かると今度は恐怖で押しつぶされたような震えた声でダガ―ナイフを手から離し、そのままゆっくり下がる。


「はぁ、記念すべき最初にくらう攻撃がまさかこんな奴のただのナイフとはな・・・」


「なんでお前俺がナイフで刺されて呆れてんの!?普通の人なら死んでるんだけど!」


「まあ兄ちゃん、生きてたから結果オーライだろ」


「えっみんなそういうもんなの!?俺がおかしいの!?」


 俺はナイフを刺してきた何かが何なのかを確認する。するとそこには、さっきの少年と目も肌も毛の色同じ色、けれどその少年よりも身長が低く、麻でできたぼろぼろのTシャツのような物を着ている半獣人の子供だった。とても震えている。


「あっ・・・兄貴を殺したのはお前たちだろ!?こ、このクソ野郎!!」


 そういうと半獣人の子供は至近距離で弓矢を構える。だがとてもこちらには当たりそうにない、恐怖で体が震えて狙いが定まってないからだ。

 あれ、今そういやその子今兄貴がどうのこうのって言ったよな、もしかして―――。


「ああ、兄貴ってこいつのことか?」


 そういうとデトラは白い右手を動かす。それと同時に地面か手が生えてきて、少年だった頭が吹き飛ばされた死体の首元を掴み持ち上げた。

 そしてそのまま―――判獣人の子供の前に投げ捨てた。


「!?」


「それはお前の家族だろう?お前が弔ってやれ」


 死体に地面を転がるのを阻止しようとする力もなく、糸が切れた人形のようにころがりそのまま子供の近くで止まる。


「あ、兄貴・・・兄貴・・・ッ」


 子供は地面に座り込み、優しい手つきで冷たくなった手を握った。子供の目から大粒の涙がこぼれ落ちはじめる。


「―――よし、帰るぞ」


「えっ」


「えっ?とはなんだ。私たちにはもう関係ないだろう?」


「い、いや・・・もうそろそろ暗くなるしその前にこの子を家まで送ってあげないと」


 それを聞いたデトラは呆れた顔をする。


「どうでもいい奴に時間をかけるのは嫌なんだ、こいつが魔獣に食われようとどうとも思わん」


「お、お前―――」


「ほら、さっさと帰るぞ、時間の無駄だ。」


「―――じゃあ俺は勝手にこの子を家まで送り届ける」


「駄目だ」


「なんでだよ!!」


 デトラのサッパリした態度に俺は切れた。

 何故こいつはこんなに淡々としているんだ・・・?


「お前ここらへんの道わからないだろ?」


「そんなのこの子に聞けば―――」


「私はその子が私たちに口を開くとは思えん。・・・家族が死んで冷静でいれるわけないだろ」


「―――――」


 確かに俺はデトラの苛立ちと焦りで冷静ではなかった。さっきまで弓矢を放ってきたり、強い殺意を向てナイフで刺し殺そうとした相手が俺達のことを信用して家までついていかせてくれるわけないだろう。


「あとお前がサボった掃除だ!リビングの掃除がまだ終わってないだろ!」


「―――しょうがねえ、兄ちゃんがそこまで送ってあげたいなら俺が代わりに送ってやるよ」


 まさかここで泥鴉がやってくれるとは思わなかった。丁寧に右羽を挙げている。


「い、いいのか泥鴉?」


「いいってことよ!オレッチこのあたりには詳しいからな、この子のいた集落も知ってるぜ」


「おお、ありがとう!この借りは必ず返す!」


「話はついたか?終わったならホウキに乗れ」


 泥鴉は俺の頭から床におりると小さな足取りで子供の近くに歩いていった。

 俺はデトラの近くまで行きホウキにまたがる。座り心地はなかなかいい。


「おお・・・これどうやって浮いてるんだ」


「よし、じゃあ行くぞ」


「ああ、行くならできるだけゆっくり―――」


 その直後、凄まじい風圧と共に体が宙を舞う。勢いよく飛び出したせいで振り落とされそうになるが両手で力強くホウキを握っていたおかげでそれはかろうじて阻止された。


「お、落ちる落ちる落ちるってもっとゆっくり飛べよ!!」


「大丈夫だ。お前なら落ちても助かるからな」


「そういう問題じゃねえ!!!」


 俺は落ち着いて深呼吸し、周りを見渡した。高度500mくらいを飛んでいるのだろうか?時間がかなり経過していたので太陽は沈み周囲は暗くなっていた。そんな時俺はある事に気がつく。


「―――全く明かりががないな」


「デネブエラの森は気味悪がられているからな、いくら切っても切っても減らない木、いくら水をすくっても減らない湖―――だから近くに住む住民には幽霊がいるとかどうとか言われている」


「なるほど・・・確かに」


 遠くを見渡せばある程度明かりは見えるがある一定の場所から明かりが全くない。おそらくそこからがデネブエラの森なのだろう。


「―――――」


 デトラは前を見ていた頭を急に下げ、急に手元あたりを見始める。


「?おいデトラ、お前大丈夫か?」


「―――――」


「お、おいデトラ―――?」 


 すると突然行動を指摘されたからだろうか、デトラは突然我に返ったかのように背筋を伸ばす。


「えっ、ああ、いや何も問題はない。気にするな」


 一体どうしたんだろうか?聞いてみようか少し迷ったがやめといた。どうせ『お前は関係ないから教える必要はない』とか言われるだろうしな。


「家が見えたからそろそろ降りるぞ」


 ゆっくりと下に降りていく。すると目の前にもう二度と見まいと思っていた家が見えた。

 俺は帰ってきてしまったのだ。

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