少年の悲痛

「―――こっちからか?」


 血の生々しい臭いはゆっくりと強くなっていく。道付近でも臭いがしたのでかなり近くだと思っていたがどうやら離れていたみたいだ。5分ほどだろうか?ゆっくりと歩くが血どころか人もいない。

 これってもしかして・・・嗅覚とかも強化されてるのか?

 血の臭いが漂っている空気中に同時に獣の臭いのようなものも漂いはじめる。


「ん?なんだあれは」


 その時、木の陰から少しだけ何かが見えた。その何かは小さく小刻みに震えていた。一体なんなのかは分からないが―――恐らく血であろう赤い色で濡れていることと、それはアイポリー色の毛?が生えていることが確認できた。


「あれは―――怪我をした動物か何かか?」


 このセカイの魔獣だろうか?どちらにしろこの正常な人が近づいたら吐くと言えるほどの強い血の臭いは非常事態だ。

 俺は何かが横たわっている木の近くまで走る。

 臭いがゆっくりと、だが確実に強くなっていく。もし元の俺の体ならここまできてそのまま崩れておちて床に這いつくばって吐いていただろう。しかしなぜだろうか?この体だと気分も吐き気もするもののそこまで酷いことにはならないようだ。―――いやただ単に何も食っていないからか。

 俺の足音が聞こえたからだろうか?その木の陰に隠れた何かは必至に逃げようとするが、それが立ちあがるよりも俺の脚のほうが早かった。


「おい!大丈夫か!?」


 そう言って俺は木の陰に隠れた何かの方を向いた。


「ひ、ヒイッ!」


 それは言葉を発すると同時に地面にねころがり震えていた。まだ幼い低学年ほどの少年の声、見た目身長も少年・・・みたいだ。けどそれは人間とはいえない風貌をしていた。


「うぅ・・・ご、ごめんなさい・・・・許してください・・・」


 まるで何かに押しつぶされながら話すかのように、その少年の声は弱弱しかった。

 血がついた両手で前が見えないように両目を隠していて、その腕の隙間からは大量の涙があふれ出ていた。


「違う違う、俺は変なやつじゃない!安心しろ!」


 顔を鎧で隠し、長袖長ズボンの不審者みたいな俺がいうのもあれだが・・・。

 俺は力づくで両目を隠していた手をどかした。170cmほどの男に力でかなうはずもなく、簡単に手をどかせれた。

 それは


「うっ・・・お母さん・・・お父さん」


 角と動物のような毛を生やした俺の知っている言葉を話す生き物だった。

 胴体の肌はクリーム色、顔も普通に俺が知ってる人間と同じで、髪も綺麗な白色だ。そして目も綺麗な緑色。しかしそれ以外で気になる点があった。頭からヤギのような角が生えているのだ。

 その少年の足は人間のような足ではなく、馬やロバの後ろ脚ような足をしており、人間と比べて太い。そして俺がさっき見たアイポリー色の毛は足の黒い部分から腰にかけて生えていた。

 腕も初めてみる腕だった。指は黒く、そこから手の甲や手のひらから肩にかけて同じようにアイポリー色の毛が生えていた。

 いわゆる―――半獣人ってやつか?


「―――――」


「うっうぅ・・・は、離してください・・・」


「えっ、あっすまんすまん」


 初めてみたものだから見とれてしまっていた。前にもこんな事があったような気がする・・・。

 俺は半獣人の少年の手を離し、声をかける。


「おい少年、大丈夫か?」


 少年はゆっくりと立ち上がる。へんじがないただのしかばねのようだ。

 しかしその立ち方はあまりにも弱弱しい、まるで魂が入っていないような力があまりこもってないような・・・何かが変だった。


「お、おい大丈夫じゃなかったら返事を」


「―――サン」


「?」


「―――オトウサン―――オカアサン」


 それは突然だった。

 腕の力が抜けきっている状態で無表情で地面を見つめながら喋りだした。どうしたんだ?お父さんとお母さんに何かあったのか?―――いや、けどそれだけじゃない。何かがおかしいような。

 俺はゆっくりと手を伸ばして手を握ろうと右手を差し出す。俺にできることがこれしか思いつかなかったんだ。

 だが、その不可解な行動はさらに恐怖を煽るものになっていく。


「オトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサンオカアサンオトウサン―――」


「お、おい!?どうした!?」


 小さい声、そしてかなりの早さでお父さんとお母さんを交互に言い始めた。何かがおかしいのではなくあきらかにおかしい。

 俺はどうすればいいのかわからなくなった。目の前で起きていることが理解できず、まるで石にされたかのように思考も体が動けなくなっていた。棒立ち状態だ。

 半獣人の少年がゆっくりと近づいてくる。その目に光がない、まるで死人のような目をしていた。

 早く離れろと本能が警告するが、いまだに体が動かない。こういう時こそ冷静にならなければいけないのに―――。

 その時、俺ははっとする。気がつけば少年は目の前まで来ていたのだ。

 オトウサンオカアサンと話していた口は今は大きく開いていた。しかしただ開いているだけではない、まるで顎が外れそうなほど開いていたのだ。

 少年が小刻みに揺れる始めると同時に目は白目を向きはじめた。

 冷静にはなれなかった、目の前で起きていた理解できない恐怖が俺の心臓を強く握る。眩暈がする、息ができない、体が動かない。何もできず、恐怖に身をまかせゆっくりと目をつぶろうとした―――その時だった。

 少年の頭が砕け散ったのだ。


「―――――」


 次から次へと何が起きているのかわからない。理解できない。いや、したくない。

 何かが四方八方に飛び散り周囲が赤く染まる、俺の頭にもベチャリと音をたてて当たった。

 俺は震えた右手でゆっくりと頭にとんできた何かを掴み、目の前で手を開いた。何が砕けたのか、何が飛び散ったのか―――その手のひらの中にあったのは少年の綺麗な緑色の―――――ああ


「あっ、ああ・・・あああああああ!!!!」


 体がまるで糸が切れた人形になったかのように地べたにすわりこむ、本能が勝手に目を手で隠そうとする、だけどそんな事をしても意味はなかった。頭が飛び散る瞬間を見てしまったのだから。

 目を閉じて前がまっくらになる。黒一色になるハズなのに・・・そこには少年が砕けた際に弾き飛ばされた脳みそや、頭蓋骨が割れる音が何度も頭の中で響く。


「ああああ・・・ううっ」


 その時、空から聞き覚えのある少女の声が聞こえた。


「おいおい何勝手に主から逃げようとしてるんだ?泥兵」


 俺は震えた体でゆっくりと頭をあげた。

 そこにいたのはホウキのようなもに乗ったにやけた表情の少女―――


「新しい体なのににそんなクソザコからの最初の攻撃をもらうなよ?」


 二度と会いたくなかった、泥の魔女デトラだった。

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