懲りないシモベ

 籠から汚れた布とスパッツのようなものを川の水でぬらして洗濯板にゴシゴシとなすりつけてからまた別の籠に入れる。


「よし・・・全部終わったし干すか」


 俺はそういうと籠を持ち上げて物干し台まで運び、その籠の中から水洗いした服を物干し竿に引っ掛けていく。

 その作業の途中、俺は突然我に返り手を止めた。


「なにやってんだ俺・・・・・」


 俺が死んだとか異世界転生したとか正直どうでもよくなっていた。結局夢であろうが異世界であろうが悪臭やネバネバや薬品の臭いがするSAN値が削れそうになるほどのデトラの服は死んだかどうかの考えを吹き飛ばしてくれるほどだからだ。

 いや、そんなことよりも。


―――異世界転生ってこんなもんだったのか・・・?


 最近―――いや、俺がいた世界でのブームはつい最近まで学園生活ハーレム最弱最強系だったが、そのブームを巻き返すほどの新しいブームがまた起きた。異世界転生、もしくは異世界転移系だ。

 主人公は引きニートや引きこもりやクラスの最底辺カーストや普通のサラリーマンや普通の高校生。そんな主人公達はなんらかの事故により死んでしまい神様と出会う。そこで神様からなんらかの物や力を授かり異世界に転生や転移、そこで主人公は第二の人生を楽しむというそういう一種のテンプレのような物があった。


「俺もそんな世界がよかったああああああああああ!!!!!」


 俺は思わず叫んでしまった。

 神様から能力をもらい、その能力を使って異世界をめちゃくちゃにし、ハーレムを作って王になって国を作りたかった。

 だが、俺の場合は魔女から能力をもらうどころか泥の体をプレゼントされ、異世界を無茶苦茶にするどころか俺のSAN値を無茶苦茶にされ、ハーレムを作って王になるどころか勝手にシモベにされて鼻が取れそうになるほどの服を洗わされている・・・。


「どうして・・・どうしてこうなった」


「現実を受け入れろよ兄ちゃん」


 後ろから声が聞こえた。


「こんな現実なんざ受け入れる方が難し―――」


 そう言うと同時に振りかえるが、そこには誰もいなかった。人以外を数えるとしたら土色の鴉が一匹いた。

 もしここが俺が前いたセカイなら誰もいねーなで終わっていたが、このセカイのことだ。どうせ喋っているのも・・・。


「鴉が喋ってるのか」


「ピンポーン!大正解だ!」


 鴉は大げさにそう言うと、羽を広げてバタバタと上下に振り始めた。


「オレッチの名前は泥鴉、よろしくな!」


 そう言って泥鴉は俺に右手・・・いや、右羽?を差し出してきた。


「お、おう。俺の名前は泥兵だ。ヨロシク」


 そういって俺は右手を差し出して泥鴉の右羽を掴んだ。

 鴉の羽は触ったことはないが、ちゃんと羽毛のようになっていた。泥と名前がつく割には泥要素が色しかない。

 なぜ俺は鴉とこうスンナリ話すことができたのだろうか、そのことについて自分でも驚いていた。

 しかし、この光景を元のセカイの何も知らない他人が見たら「うわーあの人鴉としゃべって握手してる~!」とか言われるんだろうか・・・。


「いやーしかし兄ちゃんも大変だなー、この服全部洗っていたのか」


 鴉が見つめる先には先ほど物干し竿に引っ掛けられた服があった。俺も大変だと思う。

 我ながらよくあの悪臭に耐えることができたなと痛感する。


「まあ・・・まだ仕事はあるんだけどな、次は掃除だ」


「掃除ってまさか・・・あの家の中の埃をか?」


「そう、あの家の埃だ」


「ほー、兄ちゃんも大変だねぇ」


 空の色は赤かった。

 このセカイと俺のセカイの時間の概念や進み方が同じなのかどうかはどうかわからないが、あの太陽の位置だと今6時ぐらいだろう。

 ・・・いや、ちょっとまて、俺が外に脱出した時は大体太陽が真上にあったから・・・もう6時間も経過しているのか!?

 部屋の掃除は今日に終わらしたかったが・・・もっと時間がかかるんじゃないだろうか?その直後、言葉では言い表せないような・・・しいていうなら目まいのようなものがおきた。


「―――――」


「・・・おい、兄ちゃん?生きてるか」


「―――生きてる」


 こんな所でずっとシモベとしてこきつかわされてこのセカイでチーンと死ぬのか?嫌だった。だから俺は決めた。魔女も寝ているし今がチャンスだ。

 俺は泥鴉の両方の羽を掴むと顔を近ずけた。


「お、おいおいどうしたんだよ兄ちゃん!?オレッチにそんな趣味は!」


「いや違うよ!?俺もそんな趣味ねえよ!?」


 俺はいったん息を整えた。そしてしばらくしてからまた口を開いた。


「教えてほしい」


「―――へ?」


 えっ何を?というあっけにとられた表情だ。


「ここの森から出られる道はないのか?」


―――どんな手を使ってでもこの森から出てやる。

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