第323話 ただひとつたたずむ風車小屋
「あぁ……ひどい目にあった……」
喉から駆け上がってくる熱に、水を飲むことでなんとか対処した僕は、未だ収まらぬ痛みに、また水を口へと運んだ。
そもそも、回復するために回復薬を飲むのに、余計に精神と肉体を磨耗させてどうするんだろう。
……本当にこれ、[中級ポーション]なのか?
[中級ポーション:10秒かけてHPが35%回復
頼りがいのある回復量を持つポーション]
うん、なんどみても[中級ポーション]だなぁ……。
絶対、HP回復してない気がする。
「そういえば、ラミナさんはもう飲んだ?」
「飲んでない。でもいらない」
「……僕を実験台に?」
「……」
フッと無言で彼女は顔を逸らす。
何も言わないってことは、そういうことなんだろうか。
……そのうち仕返しを考えておこう。
「なんにしても、中級は
「ん、手伝う」
「ありがとう。また採取とかの時はお願いするかも」
無言で頷いたラミナさんに、僕も頷き返してから、手に持ったままだった[中級ポーション]の残りをインベントリにしまう。
しかし、辛い素材かー……。
現実の方でも、辛いものは体温を上げてくれて、色々な効果を出すって言われてたはず。
トウガラシやショウガなんかはその代表的なものだよね。
風邪の引き始めには、ショウガ汁とか……母さんが言ってた記憶があるなぁ……。
イベントの頃に図書館で見た本には、病気に対して2つの考え方があるって。
ひとつは『病気自体にダメージを当てて消す』方法。
もうひとつは『身体を活性化させて、免疫力で対抗する』方法だけど、ポーションは後者だろうって、結論を付けたはず。
あの時は解毒ポーションのことだけを考えちゃってたけど、今から思えば、逆もまた然りってことだったんだ。
つまり、『身体を活性化させて、免疫力で対抗する』=ポーションだとすると、ポーション=『身体を活性化させて、免疫力で対抗する』ものってことだ。
そうなると材料になるのは、『身体を活性化させるもの』ってことになるよね。
だからこそ、辛いものを使ったポーションが中級にきたんだろうなぁ……。
「でもそうなると、仮に上級と最上級があったらどうなるんだろう? そこまでの大きな怪我や病気に対応するってなると、身体を活性化させるだけじゃダメだろうし……」
そもそも、なんで怪我にポーションが効くんだろう?
たぶん外傷を治す力を上げるってことなんだろうけど……大怪我してるときって、熱を下げたりとか、なんだか色々やってるイメージがあるんだよね。
……んー、わかんないし、とりあえず今は保留にしておこう。
「アキ、ついた」
「ん?」
歩きながらやっていた考察を切り上げる、ちょうどそのタイミングで、ラミナさんが僕の手を引く。
その動作と声に顔を上げると、目の前には古びた風車が建っていた。
高さとしては2階建てか3階建て程度の高さであり、全体に蔦が這ってはいるものの……風車の羽根は整備がされているみたいにも見える。
なんのためにここにあるのかは全く分からないけれど、完全に放置されているというわけではなさそうだ。
「それで、ここが目的地なの?」
「ん。遠くが見える」
「まぁ、確かに高い建物だけど……魔物とか出てこないの?」
「出てくる。でも、少ないはず」
はず、って……まぁ、来たことはないみたいだし、実際には知らないってことなんだろう。
どこかから情報を得たって感じなんだろうけど、まぁ入ってみればわかるかな。
「それじゃ、とりあえず入ってみよっか。屋内だから振り回す武器じゃない方がいいよね」
「ん、そう」
「了解」
頷いたラミナさんに軽く返して、僕は手にノミを持つ。
正直武器としては心許ないけど、基本的に戦いは専門外だからなぁ……。
それにどうやら、ラミナさんが先に入ってくれるみたいだから、ある程度は任せてしまっていい……はず。
「……ま、敵をバッサバッサと倒していくっていうのにも、憧れはあるけれど」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。行こうか」
僕の呟きに首を傾げたラミナさんに手を振って、ゆっくりと風車の扉を開く。
そうして空いた隙間に、彼女はスッと身体を滑り込ませ周囲を確認すると、僕を手招きした。
呼ばれて足を踏み入れた先は、埃が舞う雑然とした倉庫のような場所。
広さとしては、相当広く……学校の教室と同じか、それよりもひとまわり大きいくらいだろう。
転がっている物を良く見てみれば……たぶんこれは、農業関係の建物っぽいね。
「たしか風車とか水車って、自然の力を利用して力仕事を行うんだっけ? 粉を挽いたり、脱穀したりとか」
「ん、そう」
「この建物もそういった用途だったのかな? 建物の周囲になにもないから分からないんだけど」
そんな僕の身も蓋もない言葉に、ラミナさんは「たぶんそう」とだけ返して、2階への階段に足を掛ける。
そんな彼女に遅れないよう、僕も後を追おうとした時、「ダメ」と短い声が上から振ってきた。
……どうやら魔物がいたらしい
「ラミナさん1人で大丈夫?」
「ん、大丈夫」
「了解。それじゃ、任せるよ」
返事の代わりに、彼女は階段を駆け上がっていく。
直後、上の階から軽やかな足音が響き始めるのだった。
「さて、それじゃ僕は少しだけ……この部屋を調べるかな」
というのも、風車の羽根が比較的綺麗だったのが気になっているから。
風車の周りにはなにも無いのに、風車の羽根だけを整備するものだろうか?
仮に、景観的な理由で風車を綺麗にしているのなら、建物全体の蔦や汚れなんかも綺麗にするだろう。
そうじゃなくて、外から見える部分としては羽根だけを直している。
なら、風車が風車として必要だからこそ、風車の機構部分は大事にしているってことだ。
「ま、あくまでも推測だし。この世界には、風車が回ってるだけで気持ちいいって人がいるかもしれないしね」
『アキ様。それは……』
苦笑しつつ呟いたシルフに僕も笑い返しつつ、乱雑に散らばった箱や道具を片付けていく。
その間も、ずっと僕らの頭上では戦いの音が響いていた。
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