第320話 こうして戦いの火蓋は切って落とされる。
危険が伴うということで、ガザさんには自宅で待機してもらい、僕はラミナさんと共に、ガザさんが所有する土地の方に向かっていた。
フェンさんには、前回と同じように先行してもらい、近くに到着したら、身を隠した状態で待機してもらうことに。
一緒に行くのも考えたけれど、フェンさんにやってもらう仕事を考えると……僕らよりも少し早くに着いておいてもらったり、作戦に適した場所に移動してもらったりする必要もあったので、先に行ってもらったのだ。
「という作戦なんだけど、どう?」
「大丈夫。でも、5分はかかる」
「分かった。5分はこっちでなんとかしてみるよ」
「ん」
ラミナさんにも作戦を伝え、ざっと時間を確認してもらう。
といっても、ラミナさんがメインで相手をするスライムは、数こそ多いものの、的確にコアを狙えるのなら、さしたる問題もない相手。
ラミナさんなら、左手の盾で捌くこともできる相手だろうから、きっと時間は言うほど掛からないだろう。
しかし、なによりも問題なのは……僕だ。
トレントは数こそ他の2種よりは少ないものの、敵の中では最も硬く、倒しにくい相手。
一番効果的なのが僕の斧だから、僕が相手をすることにしているけれど……倒すのには時間がかかるのは目に見えてる。
でも実は、倒さなくてもいい。
この戦いの中で最も警戒すべき相手は、クレイジーラット。
最悪の場合、30体全部が集中して襲ってくるという、狂気の鼠だ。
「だからこそ、その鼠の習性を利用する。反応するのが音か匂いか分からないけれど、それならそのどちらもをぶつけてやれば良いはず。つまり、シルフできる?」
「はい、お任せください。アキ様達の匂いや音を消して、フェン様の匂いや音をクレイジーラットにのみ流れるよう、風を調整いたします」
「うん。大変だと思うけど、よろしくね」
僕の言葉に笑顔で頷いて、シルフはフッと空へと消える。
きっとフェンさんと合流しに行ったんだろう。
「それじゃ、僕らも頑張ろうか?」
「ん、任せて」
「うん。頼りにしてます」
互いに頷きあってから、僕はインベントリを操作して、斧を取り出す。
まさかイベントでスミスさん達が作ってくれた斧が、こんなところで役に立つとは思ってなかったんだけど……。
一応、木こり斧をベースに作られてる道具だから、<戦闘採取術>の恩恵は受けるし、ギルドが落ち着いたら、またちゃんとお礼しに行かないとなぁ。
僕がそんなことを思いながら歩いていると、隣を歩くラミナさんが「アキ、見えてきた」と、短く声を上げた。
「……なるほど。確かにこれは地獄かもしれない」
「モンスターハウス……」
「システム的に区切られてるのか、ちょうどガザさんの敷地って教えてもらった辺りだけ、妙に魔物の密度が高いね」
「ん、多分そう。でも、明確な壁があるわけじゃない、と思う」
そう言ってラミナさんが指差した先には、ガザさんが教えてくれた土地範囲から、少し外れた辺りを彷徨うトレントの姿が見えた。
今まで歩いてきた間に、トレントは居なかったはずだし……きっと、アレも土地から湧いてきたというトレントなんだろう。
うん、それなら問題無いね。
「それじゃあ、始めようか。僕とラミナさんは、フェンさんがクレイジーラットを引きつけ終わった後で突っ込むよ」
「ん」
念話でシルフへと連絡をいれ、シルフからフェンさんへ、作戦開始を伝えてもらう。
すると、少しの間を置いて、近くの木陰から人影が魔物の群の中に飛び込んでいった。
遠目にもよく見えるトレントの、隙間隙間を抜けていくように、高速で影が動き回る。
どうも、クレイジーラットにナイフを投げつけているようだ。
しかし、その戦い方が続けられるのも本当に少しの時間だけ。
30秒もしないうちに大量のクレイジーラットを引き連れ、フェンさんはガザさんの土地から離れていく。
その光景を見た僕らは、武器を手に突撃を開始した。
『アキちゃん。後はよろしくねぇ』
「はい! ありがとうございます!」
フェンさんからの念話へ返事をして、僕は目の前にいたトレントへと、気合いを入れた一発をお見舞いする。
頭に浮かべるのは、イベントの
でも、あの日叩いた樹よりも、トレントの方が脆く感じる気がする……。
やっぱり枯れ木が元になってるからなんだろうか?
そんなことを考えていた僕に対し、殴られたトレントは、怒りのまま枝の腕を振り下ろしきた。
考えごとをしていた僕は、すぐには反応できず「おわっ!?」と、情けない声を上げつつ、なんとか回避する。
……あぶないあぶない。
「こっちからも、お返しだよっ! ……っと」
しっかりと構えて、バキッと一発。
先ほど攻撃した位置とは違うけれど、やはり少し脆いのか、斧は刺さることなく振り切れる。
僕より少し大きい巨体が揺らめいたのを逃さず、トドメに全力の伐り下ろし。
上手くいって、合計三発……これなら、僕でもなんとかなりそうだ。
周囲を見回してみれば、ラミナさんは、的確にスライムのコアを斬ったり貫いたり。
ほぼ一撃、かかってもワンツーでフィニッシュ。
それゆえに、スライムの数はすごい勢いで減っていた。
シルフも、八面六臂の活躍をしてくれている。
僕が一対一をやりやすいように、トレントの動きを制限してくれたり、ラミナさんの気配を更に消して、スライムへの攻撃をやりやすくしていたり……。
きっと、フェンさんの方にも、なにかしらの手を打ってあるんだろう。
さすがシルフだ。
そうこうしていれば、またしてもトレントの攻撃が僕に向けて振り下ろされる。
しかし、今度はしっかりと認識出来ていただけに、余裕をもって回避出来た僕は、返す体の勢いを利用して、その枝を叩き折るった。
さて、残るトレントは目の前のを入れてあと、19体。
ラミナさんが、スライムを倒しきるまで、たぶん2分弱……。
やれるところまで、頑張ってみようか!
◇◇◇
結果、僕らの勝利。
まぁ途中、フェンさんが投げナイフの手持ちが無くなったとかで、引き付けてたクレイジーラットが僕らの方に向かってくるっていうトラブルもあったんだけど、まるで狙ってたかのようなベストタイミングで、ハスタさんが登場したんだよね。
なんでも、作戦を考えてるときにラミナさんが連絡を入れてたとか。
ちなみに、それを教えてくれなかった理由としては、ハスタさんが「間に合うか分からないから、あんまり期待しないで!」って言ってたかららしい。
……まぁ、勝てたし、別に良いんだけども。
そんなわけで、疲弊した僕らの前には、綺麗に整地された地面が広がっていた。
確かに、これならわざわざ手を入れておく理由もないのかもしれない。
そもそも、門の外の土地とか、欲しがる人も普通はいないだろうし。
「さてと、それじゃあ、ガザさんに知らせに行こうかな」
「ん。思ったよりも時間かかった」
「そうだね。でもまぁ、土地さえ見つかれば、ギルド設立の時に、一緒にホームの申請も出来るし、後々は手軽になるよ」
そう言って僕が笑えば、ラミナさんは「そう」と話を切って僕の隣に立つ。
特に何も言われなかったけど、なんとなくそうした方が良いような気がした僕は、ラミナさんの頭を軽く撫でるのだった。
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