第291話 道が分かれることが全ての終わりじゃない

「ちょっと気になることがあるんだけど」

「あん?」


 ジェルビンさんの家から街の中心部へと向かう道中、僕はふと気になったことをトーマ君に訊いてみることにした。

 まぁ、お店の前を通ったから思い出したようなものなんだけどさ。


「オリオンさんとキャロラインさんってどうするんだろう? みんなイルビンの街に向かうみたいだけど、2人はこの街にお店があるよね? 特にキャロラインさんは、生産ギルドに入るみたいだし」

「あー、キャロの姉さんは店を畳んでイルビンで新しく開くらしいわ」

「そうなんだ。開店したばっかりなのにもう閉店って……」

「まぁ、他のやつがすぐ借りるやろ。場所はええ場所やし」


 そうなると、今頃キャロさんはドタバタしてるんだろうなぁ……。

 極力近づかないようにしておこう。


「それでオリオンさんは?」

「オリオンさんは残るらしいで」

「残るって、この街に?」

「残るって言い方はアレなんやけど、あの店続けるらしいわ」


 少し言いにくそうに言ったトーマ君から視線を外し、僕はすでに通り過ぎたあのお店――Auroraオーロラの方へと顔を向ける。

 さっき前を通った時には店の灯りも付いていて、そこだけが切り取られたように別世界だったけれど、通り過ぎて見れば少し寂しさを感じてしまう。


 そうか、オリオンさんはこの街に。


「挨拶しに行くところがひとつ増えちゃったな」

「ま、つーてオリオンさんはプレイヤーやし、念話でいつでも会話できる。そんなかしこまらんでもええやろ」

「それもそっか。オリオンさんはひとまず後回しにしておこうっと」


 その言葉をきっかけに話題はまた[風化薬]に戻り、「作れそうか?」っていうトーマ君の問いに、「薬自体は可能だと思うけど、魔方陣の方は無理かも」なんて僕は答えた。


「そっちは細工が得意なやつを見つけるしかないか。ま、アテはあるが……ギルド云々が落ち着いてからやな」

「そうだね。僕も移動の準備と、あっちでの作業場の確保が最優先だし。何かするにしてもそれからかな」

「せやな。そんじゃ、俺は行くところあっから、この辺で」

「あ、うん。ありがとね」


 暗く閑静な東区画から街中へと戻ってきたところで、トーマ君は唐突に立ち止まると、話を切って背を向ける。

 そんな彼に短くお礼を伝えると、彼は手を振るように片手を軽く上げてから、夜闇へと溶けていった。


「こんな時間から行くところって……怪しい」

(でも、追いかけようにも暗くて難しいですよ?)

「まぁ、トーマ君のことだから、何か面白い情報でも見つけたんだろうし……僕らはおばちゃんのお店に戻ろっか」

(はい!)


 トーマ君といたときは完全に姿を消していたシルフが、僕に連れ添うように半実体化して隣へと姿を見せる。

 そんな彼女に笑いつつ、僕はトーマ君が向かった方とは別の方へと足を進めた。



「えーっと、このお店を越えて……」


 街の北側――ジェルビンさんの家に行った日の翌日。

 冒険者向けの装備や道具なんかを売ってるお店が連なるエリアで、久々過ぎたからか微妙に道を間違えつつ、とあるお店を探していた。


「ここがアレだから……こっちが……」

(アキ様、私が先導しましょうか? 上空から見ればルートも分かりますので)

「……うん。お願いするよ」

(お任せください)


 ふわりと宙に浮かんだシルフは消えるように姿を消すと、少ししてから僕の前へと再度姿を見せる。

 そして、(こっちです)と僕の前を進み始めた。


「何回も行ってるから場所は覚えたと思ってたんだけどねぇ」

(最近、色々とありましたから。仕方ないですよ)

「でもこの調子じゃ、イルビンの街の地図……覚えれないかも」

(その時はまたこうやって先導しますから)


 そんな話をしながら歩いていれば、(もうすぐですよ)とシルフが僕の背を押してくれる。

 少し駆けるように飛び出した道は見覚えのある道で……ああ、そうだこの道だこの道。


「いると良いんだけど」

(職人の方なのでいるとは思いますが……)


 そうだと思うけど、何か用事があって出てる、とかあるかもしれないし。

 でも、そうなるとまた日を改めてってなっちゃうなぁ。


「まぁ、とりあえず行こっか。虎穴には入らずんば、だよ!」


 気を取り直して、目的地の扉を開く。

 その瞬間、僕の身体をモワッとした空気が撫でた。



「そうか、アキさんも街を出るのか」


 対面に座り、僕の話を聞いてくれた男性が少し寂しそうに呟く。

 その声色は、鬼のように屈強な身体からは想像できないほどに覇気がなく、僕の耳を叩いた。


「僕も、というのは」

「ほんの数日前にアルが来た。あいつも街を出るって報告でな、出る前に調整を頼むってよ」


 そう言ってガラッドさんは身体の後ろを親指で指し示す。

 誘われるようにそちらを見てみれば、見覚えのある大剣……アルさんの黒鉄クロガネが立てかけられていた。


「あいつがいつも無茶苦茶に使いやがるから、今回も殆ど作り直しに近い。あいつ自身もそれは分かってたのか、今回は素材も一緒に持ち込みやがってよ。今は素材の方を調整してるところだ」

「そういえば前に来たときも素材から集めてくる事になってましたよね」

「あいつはいつもそうだ。滅茶苦茶でバカみたいに刃こぼれさせやがる。酷い時は、軸が曲がってたことだってあるんだぞ? 本当にふざけてんのかと思うくらいだ」

「あ、あはは……」


 目の前でヒートアップしていくガラッドさんだったが、「ただ、それでもよ――」と急に声のトーンを落とし……「あいつは、いつも儂の所に持って来てたんだ」と、小さく零した。

 まるで陰が落ちたように雰囲気を暗くしたガラッドさんに対して、僕は何も言えず……次に彼が「だからよ」と口を開くまで、僕らの間には静寂が居座っていた。


「寂しさみたいなもんがあるんだ。あいつの武器を儂が作って、あいつの助けになれていると……あいつの武器はずっと俺が作るもんだと、そう思っていた」

「……」

「でもよ、そうじゃなかった。あいつは……アルはこの街を出ていく。アルだけじゃない、スミスだってそうだ。2人は元々この街の住人じゃない、外からの住人だ。だから出て行くことは、当たり前で、ある。それはわかっていた。わかっていたつもりだったんだ」


 まるで口から零れる言葉を止められないみたいに、ガラッドさんは次々に口から思いを吐き出していく。

 きっと、ガラッドさんは今……色んな思いが心の中でない交ぜになっていて、自分でも心の置き方に戸惑っているのかもしれない。

 けど、それはきっとみんな、みんな同じなんじゃないだろうか?


「ガラッドさん。ガラッドさんは、みんなが街を離れてしまうのが嫌なんですか?」


 少し言い方が悪かったかもしれないけど、これしか言葉が出てこなかった。

 でもそのおかげで、僕の言いたいことはガラッドさんに伝わったみたいだ。


「嫌、か。そうじゃないな。本心では門出を祝ってやりたいし、スミスに至っては、あいつのこれからを祈ってやりたい。ああ、そうだ……そうなんだよ」

「ガラッドさん。きっとアルさんも……もちろんスミスさんも、できることならこの街にいたいって思いは、心のどこかに有るんじゃないかって思います。それでもこの街を出て、広い世界を見たい、自分の力を伸ばしたいって想いが強いからこそ、街を出るって決心を付けたんだと思います」

「ああ、そうだな……」

「だからこそ、アルさんはガラッドさんに武器の調整をお願いしたんじゃないでしょうか。――ガラッドさんの思いを、次の街に持って行こうと。そんな気持ちで」


 僕の話を静かに聞いてくれていたガラッドさんの前に、僕はあるアイテムを置いていく。

 草刈鎌、木槌、ノミ、ツルハシ――僕が使う採取道具全てを。


「だからガラッドさん。僕のもお願いします。僕もガラッドさんの思いを持って、次の街に臨みたいから」


 そう言った僕に驚いたのか、少し呆気にとられた様な顔を見せてから、ガラッドさんは大口開けて笑い、僕の出した道具を手に取る。

 そして、「任せとけ! 最っ高に仕上げてやらぁ!」と、僕に言い放ってくれた。



「そうか、そうだよね。そう言った素振りは見せなかったけど、ジェルビンさんだって」


 ガラッドさんの工房を出て、帰り道の途中。

 僕は少し溜息を吐いてから、少し悟ったように独り言を呟く。


 きっと、心の奥にはほんの少しの寂寥感みたいなものが生まれていたのかも知れない。

 でも、ジェルビンさんはそれを見せないようにしてくれた。

 たぶん僕やトーマ君が、気兼ねなく次の街へと行けるようにと、気をつかって。


「距離にして、たった1日の距離」


 前にジェルビンさんが教えてくれたけど、この街の住人ならば何度も行き来してる距離。

 でも、その1日の距離は……僕らプレイヤーにとっては、結構な距離になる。


「会える頻度は、すごく下がるんだろうなぁ……」


 プレイヤー同士とは違って、NPCとは念話も出来ない。

 無事なのか、元気なのかなんてのも……なかなか分からないんだ。


(アキ様、名案があります)

「ん?」


 心に陰を落としながら歩く僕の前に、胸を張るようにしてシルフが立ち塞がった。

 その顔はまさしく“良いことを思い付いた!”と言わんばかりのドヤ顔で。


(お手紙を出しませんか? 次の街から、この街に)

「手紙かぁ……。いいね」

(お届けはお任せください!)


 シルフが届ける手紙……まさに風の便りってやつなんだろう。

 まぁ、噂話とかそういったのじゃなくて、本当の意味での手紙便りになるんだけども。


「じゃああっちに着いたら、1枚目を出せるようにしておかないとね」

(はい!)


 僕の気分が上がったのを感じ取ったからか、シルフが少し安心したような笑みを僕に返してくれる。

 そうだ、遠くなるなら遠くなるで、別のやり方でコミュニケーションを取れば良い。

 読んだら楽しくなるような、そんな手紙にするんだ!


「よし、なんだか次の街に行くのが楽しみになってきたぞー!」

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