第292話 昨日までの敵は、これからも敵

「そうか。気を付けるんだぞ、嬢ちゃん」

「はい! おじさんも、お元気で」


 街の北側にある訓練所の入口で、僕は兵士のおじさんに別れを告げた。

 おじさんは出会った時とほとんど変わらない格好で、いつも通りに訓練所の入口に立って、僕を見送ってくれた。


 きっと僕がまたこの街に帰ってきたときも、おじさんは変わらずあそこにいてくれるんだろう。

 ――なんて、そんなよく分からない気持ちになりつつも、僕はおばちゃんのお店へと向かっていた。


 けれど、


「よぉ。奇遇じゃねぇか」


 なんて、片目をつり上げた男と僕は出会ってしまった。


「げ……。ガロン、なんでこんなところに」

「あん? 俺が街中にいたらおかしいかよ」

「いや、そうは言ってないけど」


 言葉を交わしつつ、動かないガロンから僕はそーっと距離を取ろうと動く。

 しかし、目ざとく気付いたのか……ガロンは、面白いモノを見たとでも言わんばかりに僕の方へと寄ってきた。


「おいおい、なんで逃げんだ?」

「い、いや、逃げてはないけどさ」

「はっ、そうかよ。……おいガキ、少し付き合えよ」

「……ガキじゃないし、そんな誘い方する人にはちょっと」

「あん? いいから付き合えよ」

「あーもー、しょうがないなぁ……」


 退がったぶんだけ詰めてくるガロンに、抵抗するのは無駄と悟った僕は溜息を吐きつつも、彼の誘いに乗ることにした。

 まぁ、もともとすごく嫌って訳でもなかったしね。


「んじゃ、どっか行こうぜ。場所はお前が決めろよ」

「誘っといてそれってどうなの? まぁ、いいけどさ」


 ガロンの適当なプランに対し、僕はわざとらしく溜息をつく。

 場所ねぇ……。


「だったら、ちょうどいいか」

「あん?」

「いや、こっちの話。暇があったら行こうと思ってたところがあるし、そこにしよう」


 そう言って僕はさっさと歩き出す。

 ガロンの返事は聞いてない……というか、聞く必要もないだろうし。

 だって、僕が決めて良いって言ってたし。


◇◆◇


 カランと音を立てて開く扉を抜けて、僕は目的のお店の中に入った。

 夕方過ぎの微妙な時間帯だからか、店内の人もまばらで、ほどよく落ち着けそうな雰囲気だ。


「おやアキさん。いらっしゃいませ」

「オリオンさん。お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです。どうぞ、好きな所に」

「ありがとうございます」


 そう言われて改めて店内を見てみれば、テーブル席もカウンター席も空いてるみたいだった。

 そのことを確認しつつも、僕はまっすぐにカウンターへと進み……オリオンさんのすぐ近くの席へと座った。


「おや?」

「今日はガロンとの付き合いでもありますけど……僕の目的は、オリオンさんと話すことだったので」

「……テメェ、良い度胸してんじゃねェか」

「僕の好きな場所にしていいって言ったのはガロンでしょ?」


 僕の返しが癪に障ったのか、「あぁ?」と少し苛立ったような声を出したガロンを放って、僕はメニューを開いた。

 ふむふむ……どれも気になるけど、マスターのオススメとやらにしてみよう。


「というわけで、オリオンさん。オススメをください」

「おい、待てよ!」

「ええ、かしこまりました」

「……テメェら」


 僕の隣で座ったまま苛立ちを高めていくガロンを無視しつつ、僕はオリオンさんに話を振る。

 近況報告に加えて、これからのことなんかを。


「やっぱりオリオンさんは残るんですね」

「ええ、ここが私の居るべき場所ですから」


 その言葉に僕はゆっくりと頷いて、自分の心にある少し寂しい思いを顔に出さないよう、笑う。

 でもそんな僕の思いは、オリオンさんなら気付いてしまっているんだろう。

 それでも、気を遣って……彼は僕に背を向けて調理を進めてくれた。


「……チッ。泣いたりすんなよ。面倒くせェから」

「しないよ……」

「はっ、どうだか」


 その顔から苛立ちを消して、ガロンは背もたれに身体を預ける。

 そして、「俺もこの街を出る、あいつらとな」と小さく呟いた。


「そっか、ガロンも。どこかに参加するの?」

「しねーよ。俺はお前が出るから出るんだよ」

「僕が出るから……?」


 ガロンのこれからに、僕になんの関係があるんだ?

 ギルドにも参加しないって言ってるし、それならココにいればいいのに。

 

 そんなことを考えていたのが分かったのか、ガロンはまた少し苛立ちを顔に貼り付け、溜息を吐いてから「お前……俺の獲物だってこと忘れてんじゃねェだろうな」と、横目で睨みつけてくる。

 それに僕は少し呆けた顔をして、「あ、忘れてた」と笑った。


「……ふざけんなよ」

「いや、その……色々あったし、ね?」

「あん時手を貸したのは、他の奴らが行く気だったからだ。俺の意思じゃねぇ」

「あはは……あの時はありがとね」


 頭痛がすると言わんばかりに額を指で押さえたガロンに、僕は少し笑いつつあの時の事を思い出していた。

 枝の上でトレントに挟撃されていた、あの時……。

 そして、世界樹との最後の戦い。


 オリオンさんが出してくれた紅茶を頂きつつ、僕は話のタネとして、気になってることを訊いて見ることにした。


「ガロンって、あの時なにか技みたいなの出してなかった? たしかラクメイと……」

落鳴らくめい斬乱さみだれだ。よく覚えてたな」

「そうそう、その2つ。アレって何なの?」


 僕らを挟撃していたトレントの片側……大きいトレントを一撃でダウンさせていた技と、伸びてくる多数の枝を一瞬で切り裂いた斬撃の雨。

 どちらも、技と言っても過言じゃないほどに威力があった。


 ガロンへと顔を向けた僕に対して、何か面白かったのか、彼は少し笑ってから「ま、これくらいはハンデか」と、口を開いた。


「技だな。もっとも、このゲーム内のじゃねぇが」

「ゲーム内の技じゃない? ってことは……」

「俺のオリジナルってやつだ。元々、古式剣術の道場には通ってたからな。その動きとゲーム内のシステムを組み合わせてるだけだ」

「ふむ……?」


 現実の技術とゲームのシステムを合体?

 つまり、えーっと?


「俺の刀が湾曲してるのは知ってるだろ? 現実じゃ“シャムシール”って呼ばれてる刀の一種なんだが、こいつは普通の剣とは使い方が違ってな」

「ふむふむ」

「湾曲した形状から、振り下ろして斬ることに特化してる武器だ。腕ってのは、肩を中心に軌道は円を描く。つまり腕を振って切るには湾曲してるほうが刃に沿って斬れるってわけだ」

「なるほど」

「それを理解しつつ、ゲームシステムにおけるスキル、さらにその派生にあるアクティブスキルを利用して、技を変化させてるってわけだ」

「あ、アクティブスキル? なにそれ」


 聞き慣れない言葉に、僕がそう聞き返すと……ガロンは本当に驚いたみたいに、目を見開いた。

 もしかして、普通に知ってることなんだろうか……。


「アキさん。アクティブスキルというのは、武器スキル……つまり、<剣術>や<格闘術>などのスキルを鍛えることで扱えるようになる技のことです。例えば、私の<格闘術>では掌底打ちという技があります。これを意識して使おうと拳を振るうとアシストが働いて、技を出せる、というものですね」

「な、なるほど……」


 つまり、武器スキルに付随する技能みたいなものなんだろう。

 あれ?

 でも、僕の<戦闘採取術>にはそういったものが無かったような……。


「アキさんが知らないということは、アキさんのスキルにはそういったものがないのかもしれませんね」

「戦うためというよりも、採取の際にも戦えるように、って感じのスキルだからかも」

「意味分かんねェスキルだな。戦闘用のクセに技もねェって」

「まぁ、ちょっと特殊だとは思うよ」


 それにしても、現実の技術をゲームで、か……。

 昨日会ったガラッドさんから受けた依頼も、現実での知識を使うような感じだったし、このゲーム自体、本当はそういった方針で作られているのかもしれない。


 理由はわからないけど。


「でも、ガロンが古式剣術の道場かー。なんだか想像つかないかも」

「ま、そうだろうな。俺自身すでに辞めてる身だしな」

「そうなんだ。想像つかないっていうの、ガロンの仲間もそうだよね。なんでガロンがあんなに慕われてるのか……」

「テメェ、言いたい放題だな、オイ」

「いやー、結構気になることじゃない?」


 だって、ガロンって乱暴だし、強引だし自己中だし……。

 話してみた感じ、忍者さんとか狩人さんは結構話せる相手なだけに、ガロンを慕ってる理由がわからない。

 もう1人はもっとよく分からないけど。


「アイツらは元々知り合いなだけだ。現実でな」

「そういえば、忍者さんが多大な恩義を感じてるとかなんとか言ってた気がする」

「あァ? あー……アイツはまだそんな事言ってんのか」


 呆れたような声を出しながらも、ガロンの顔は少し……


「なんだか嬉しそうだね」

「は? んな訳ねェだろ。面倒くせェだけだ」

「そ。それならそれで良いけど」


 照れ隠しみたいに眉をつり上げたガロンに、僕は少し笑いながら紅茶を飲む。

 「こちら、試作ですが」と出されたケーキを食べつつ、ガロンやオリオンさんと話していると、気付けば店内には他の客は1人もいなくなっていた。


「さて、そろそろ店じまいですね」

「もうそんな時間ですか……」

「またいつでも来てください。お待ちしております。……もちろんガロンさんも」

「はっ、気が向いたらな」


 名残惜しそうに店を出る僕をオリオンさんは店先まで見送ってくれた。

 この街にはこれからもこのお店がある。

 でも、僕の心には……少しだけ穴が空いてしまったような……不思議な寂しさがあった。

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