第290話 そのひとときは少し苦い味がした

「で、俺が呼ばれたんか」

「うん。約束もしてたし、あの課題も解けたから」

「それもそうやな」


 街の東側にある農耕エリア。

 オリオンさんのお店もある、比較的のどかで人があまりいない静かな場所に、僕はトーマ君と一緒に来ていた。

 目的はひとつ――ジェルビンさんに会うためだ。


「平日の夕方なんつ、微妙な時間で向かうってことは……アキも出るんか」

「その予定かな。“も”ってことはトーマ君も?」

「せやで。俺は俺でギルドを立ち上げるしな」


 交友関係の広いトーマ君なら、誘ってくるギルドも多いだろうとは思ってたけど、自分で立ち上げるっていうのは少し予想外だったかも。

 でも、そうか……トーマ君も立ち上げるのか。


「トーマ君は誰と一緒に立ち上げるの? 5人必要だったよね」

「あー、まぁ情報を扱っとるやつらとな。アキが知ってんのは……ウォンか」

「ウォンさん!? ああ、だからリュンさんとフェンさんが」

「聞いてるで。その2人はアキの方らしいな」

「うん。勢いで押されてって感じだけど」


 まぁ、それでもあの2人なら全然問題はないと思うけど。

 リュンさんは気性が荒いけど、なんだかんだ面倒見の良いところもあるし、ハスタさんと一緒にいると楽しそうに笑ってるのをよく見るし……。

 フェンさんは……つかみ所がないけど、リュンさんが暴走したら止めてくれるだろうし。


「あとアルも作るらしいで。いつものメンツにテツんとこが加わるらしいわ」

「テツさんの所が? すごいパワー系ギルドだね……」

「せやなぁ……」


 他にもシンシさんやヤカタさん、木山さんやレニーさん、あとキャロさんとかスミスさん辺りの生産メインの知り合いは、みんな生産ギルドみたいなものに所属することにしたみたいだ。

 だから今分かってる予定ギルドとしては、生産ギルドが一番大きなギルドになるらしい。


「アキのことやから、生産ギルドから誘われると思ってたわ。誘いとかんかったんか?」

「あー、来てないね……。そんなギルドが出来るっていうのも今初めて聞いたくらいだし」

「そか。まぁ、あながち“アキは自由にプレイさせた方がええ”みたいな共通認識でも出来とるんかもな」

「そ、そうなのかな?」


 「そうやと思うで」とトーマ君は言い切った後、歯を見せて笑う。

 自由に動いた方がって言われてもなぁ……。

 そんなに自由に動いてたっけ?


「お、見えてきたで」


 ウンウン唸りながら歩いていた僕の耳に、トーマ君の軽い声が届く。

 その声に顔を上げてみれば、特徴的な屋根――いや、屋根に刺さった3本の鍬が見えた。


「家に灯りついとるし、中におるみたいやな」


 家を指さしながらそう言ったトーマ君は、腕を戻しつつ今度は両手を頭の裏で組んでから、「んじゃ行ってみるか」と僕の返事も待たずに歩みを進める。

 そんな彼に少し苦笑しつつ、遅れじと僕もその後を追った。



「ふむ。アキちゃんとトーマさんがここに来たということは……答が分かったのかの?」

「ああ、そういうことやな」


 予想通り、家の中にいたジェルビンさんに招かれるまま、僕らは以前座った場所と同じ場所の椅子に座り、お茶を出してくれたジェルビンさんと相対していた。

 緊張がはしる中、温かいお茶を頂きながらジェルビンさんの顔をチラリと盗み見れば、そこには優しそうな笑みが見てとれる。

 しかし、不思議とその笑みの奥に……どこか寂しそうな色が見えた気がした。


「……では聞かせて貰おうかの。アキちゃん、精霊のこの水の魔力がどうなったら魔法が発動すると思うんじゃ?」


 まず魔法には、使おうとする魔法と同じ属性の魔力が必要。

 それは風化薬を作るために必要とされていた、精霊の水を取ってきた時に教えて貰ったことだ。

 精霊の水も場所によって付与できる魔力の属性は違ってくるから、わざわざ蜘蛛の巣の奥まで取りに行ったんだよね。


「術者による詠唱があれば、魔法は発動できると思います」

「ふむ。では、風化薬では術者とは誰じゃ?」

「中に入ってる精霊の水・・・・です。精霊の水が術者であって、その中に付与された魔力がそのまま魔法を使うためのエネルギーになるんです」


 はっきりとした僕の答えにジェルビンさんは満足げに頷くと、「ふむふむ。では、そのエネルギーをどうやって使うのじゃ?」と、意地悪げに聞いてきた。


「さっきも言った通り、魔法は術者による詠唱があれば発動ができるんです。でも今回は水だから詠唱なんて出来ないので……詠唱の代わりになるものを使うんです」

「ふむふむ」

「まだこれが本当に正解かどうかは分からないですけど……魔方陣が詠唱の代わりになるんじゃないかって。魔力の込められた水を、魔方陣に通せば……」

「うむうむ。そこまで気づけておるなら問題無いじゃろう」


 ジェルビンさんはそう言って微笑み立ち上がると、部屋の隅にあった戸棚から、1本の瓶を取り出した。

 僕らの前に置かれたそれは、どうみても普通の瓶で……。


「僕の予想だと、瓶に魔方陣が描かれてるイメージだったんですけど……」

「そうじゃろうと思ってのぅ。それに、その方法に関しては、いろいろと問題もあるんじゃよ」

「問題……」

「まぁ、簡単に言うとじゃ。手間が掛かりすぎるのじゃよ。瓶の内部に魔方陣を刻もうとすると、それをこなす職人にも高い技術が求められる。そのうえ、これは消耗品じゃ」


 ジェルビンさんがそこまで言ったところで、隣りに座っていたトーマ君が「ああ、そうか」と笑った。

 多分トーマ君はどういうことか分かったんだと思う。


「つまり、コストが掛かり過ぎるってこった。[風化薬]は基本的に投げて使うもんやし、そうなりゃつまりは割れる。せやけど、高い技術が必要なもんにしちまうと、1本の値段は高うなる。高え金払って、1回しか使えねぇ道具を買うか?」

「あー、なるほど。その金額に見合うだけの威力があるなら考えるかもだけど、あんまり高いなら魔法を使える人を雇った方が安くなる場合もあるよね」

「そういうこった」


 たしかこういうのを、コストパフォーマンス……費用対効果コスパって言うんだっけ?

 高い物だと買える人も限られてくるし、本当に必要な人が買えなくなっちゃうかもだよね。


「うむ。じゃから魔方陣は瓶に刻まれとらん。刻まれておるのは、この蓋の方じゃよ」


 そう言ってジェルビンさんが机の上に転がしたのは……木で出来た杭のようなもの?

 普通、蓋と聞いたら想像されるような形とは全く違って、結構長い円錐みたいな形をしている。

 その先端が潰されてるけど……。


「魔方陣はこの先端の面から、側面に向けて刻まれておる。この魔方陣から水が完全に離れた時、魔法が発動するのじゃよ」

「なるほどな。普段は発動待機状態ってわけだ」

「うむ、その通りじゃな。この長さと太さの蓋にすることで、傾けた時でも水が離れることがない。よく考えられておるよ」


 ジェルビンさんが戸棚から実物を持ってきて傾けてみるけれど、爆発したりしない。

 すごいなぁ……。

 確かにこれだったら、瓶に魔方陣を刻むよりも、手軽に刻めるかもしれない。

 まぁ、それでも細かい作業だから大変なんだろうけど。


「でも、これでジェルビンさんに聞いた事、全部教えてもらっちゃいましたね……」

「ならば解毒ポーションも作れたということじゃな?」

「はい。それも遠征中に」

「アキちゃんなら遠からず作れるじゃろうとは思っておったが、早かったのう」

「かなりヒントを出してもらってましたので」


 言いながらインベントリを操作して、[解毒ポーション(微)]を取り出す。

 そして、僕はそれをジェルビンさんの前へと差し出した。


「これが僕の作った解毒ポーションです。まだ効果は試せてないんですけど……」

「よいよい。良い色が出ておる。これなら充分じゃろう」


 振ったり、蓋を開けて匂いを嗅いだりと、ポーションをいろんな視点から確認していたジェルビンさんが、ニカッと笑って瓶を机の上に置き直す。

 そして、自分の前に置いていたお茶に一度口を付けてから、「それで」と僕の方へと目線を合わせた。


「アキちゃんの本当の用事はなんじゃ?」

「えっ?」

「本当の、というよりも、言いづらい用事かのう……。先ほども様子が少し変じゃった」

「あはは……バレてましたか」

「言いづらいなら、無理にとは言わん。じゃが今日はこんな時間に訪ねてきたんじゃ。時間が限られとることなのはわかるでの」


 問い詰めるつもりがないのは、声からよく分かる。

 僕の方を見ながら微笑むジェルビンさんは、いつもと変わらない、優しくて穏やかで……どこか安心するような声色で、ゆっくりと話してくれていたから。


「ジェルビンさん」

「うん。なんじゃ」

「僕、この街を……出ることにしたんです」

「ふむ。そうか……」


 僕の告白に、ジェルビンさんは特に驚いた風もなく、ゆっくりとお茶を飲む。

 そんな姿に僕の方が驚いてしまって、次の言葉が全く頭に浮かばなくなってしまった。


「アキちゃんはどこへ行く予定なんじゃ?」

「あ、えっと……平原を抜けた先の街です。確か、イルビンでしたっけ」

「ふむ。1人でか?」

「いえ、仲間がいます。みんな女の子……じゃないな。1人男性がいますけど、信用出来る人達だと思います」

「そうか。ならば良い良い」


 心配、してくれたんだろうか?

 そういえば前に、僕はもっと周りを頼れって言われてたっけ……。


「それでアキちゃん。このこと、アルジェリアは知っておるのか?」

「おばちゃんですか? いえ、まだ……」

「そうか。アルジェリアは、アキちゃんを我が子のように可愛がっていたからのぅ……。話しづらいことじゃと思うが、あまり遅くならぬようにの」


 おばちゃん……。

 僕が街を出るって聞いたら、どんな顔をするんだろうか……。

 僕と一緒で、やっぱり寂しいって思ってくれるんだろうか?


「まぁ、なんにせよじゃ。拠点が変わろうとも、時折顔を見せにおいで。きっとアルジェリアも喜ぶじゃろう」

「……はい! きっと遊びにきます!」

「うむうむ」


 僕の返事に満足したのか、ジェルビンさんはにっこりと笑って、トーマ君へと向き直す。

 そして「アキちゃんを頼むぞ」と、トーマ君に念押しをした。

 トーマ君は少しだけ呆気にとられた後、「りょーかい」と笑いつつ返し、さらに大きな声で笑った。


 その後は、もう1杯だけお茶をごちそうになりつつ、僕らがイベントで街を出ていた時の事を聞いたり、イルビンの街について教えて貰ったり。

 楽しい時間はあっという間で、窓から見える空に夜の帳が下りた頃、僕らはジェルビンさんの家を後にした。

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