第285話 出来ることなら仲間に加えないでください
「アキ、おはよう」
「おはよう、実奈さん」
ドサっと音を慣らしつつ、実奈さんの隣りの席へ荷物を下ろし、椅子へと腰掛けた。
ちょっと雑な仕草ではあるけれど、正直気が滅入っているのだ……許してほしい。
だって、昨日帰ってゲームしてたらラミナさん達が作業場に来るし、その上リアルの話をしてくるし(内容としてはボカしてたから、防犯とかそういった面では大丈夫だろうけど)、さらにその時、視線が僕の方にチラチラ向けられてて居心地が非常に悪かった!
もうね、あまりにも居心地が悪くて、ポーション作成を一度ミスった(良品にしそこねた)くらいには気になってたよ!
あと、VR機器に届いてたメールは、開封にパスワードがいるタイプだったので、中身を確認出来てなかったりする。
<Life Game>の運営から来てたみたいなので、送り先を間違えてないかどうかって確認のメールは飛ばしておいたし、そのうち返事が来るんじゃ無いかな?
「アキ、昨日の話。考えてくれた?」
「ん? 昨日の話?」
そんなことを考えていた僕の横から、実奈さんの問いかけが届く。
はて、なにか話してただろうか……?
彼女と話してたのは、学校の案内の話くらいだと思うんだけど。
「ギルド」
「……え、えーっと何の話かな?」
「姉さんと私とアキで組む」
「な、何の話かな?」
何の話か分からない、という感じを装いつつ彼女から目を逸らす。
大丈夫、怪しくない……僕は怪しくないぞ……。
そんな風に彼女の視線から逃げていた僕の傍から「あ、あの!」と声が響く。
その声に驚きつつ、隣を見れば、同じクラスの男子――田渕君がちょっと挙動不審に立っていた。
「……なに?」
「ぎ、ギルドとか話してたけど、もしかして
「ん、そう」
簡略過ぎる返答に、田渕君が「え、えーっと?」と曖昧な顔を見せる。
だから僕は彼に「やってるってことだよ」と、そっと耳打ちをした。
さすがにすぐ近くで微妙な雰囲気を出されても困るしね。
「やっぱり! あの、前回のイベントのランキング入賞されてましたよね!」
「ん」
「俺もイベント参加してたんですよ! まあ、最後の戦いは拠点の防衛でしたけど……」
「そう」
「槍剣さんは確か世界樹の中に行ったんですよね! 公式のムービー見ました!」
「ムービー!?」
「ん? なんだ、宮古もやってるのか?」
「あ、いや、実奈さんがゲームの公式ムービーに出てるっていうのに驚いただけだよ、うん」
なんて、笑いながら誤魔化しつつも、僕の頭の中は驚きが止めどなく駆け巡っていた。
公式サイトでムービーって!
聞いてない、聞いてないよ!
いや、待てよ……?
そういえば、僕がMVPに選ばれて、半ば放心してた時に何か聞かれたような……まさかそれがムービーの許可だったりしたのだろうか……。
な、なんにせよ返ったらツェンさんに確認しよう、うん。
「あー、そう! 第二陣なのに、あの人たちと知り合いで、一緒に行動出来るっていうのが、凄いですよ!」
「……?」
「えっと……?」
「ああ。何が? って顔だと思うよ」
「あ、ああ。何がって、あの人たちですよ! イベントでもランキング上位の人逹! “
お、おお……なんか二つ名がついてる……。
黒鉄はまだ、わかる。
だってアルさんの武器の名前が黒鉄だから。
でも、金影って!
きんえいって!
「変」
「ええー!? 二つ名ですよ!? すごいじゃないですか!」
「あ、あのー、田渕君、他は?」
「ん? なんだ、宮古も気になるのか?」
「いや、知らないんだけど、そういうの聞くとちょっと気になるじゃん?」
「だよなー! 二つ名って、ロマンあるよな!」
テンション高めにロマンあるよなー! とか言われても、僕としてはなんとも答えづらい……。
あの本人達を知ってるだけだけに、なんというかこう……両手を合わせてお悔やみ申し上げる感じ、としか。
「えーっと、たしか“赤鬼”……は有名ですよね」
「リュン」
「あと、アストラルさんのパーティーメンバーが“
ジンさんにリアさん、それからティキさんか。
みんななんとなくわかる気がする。
ジンさんなんて、髪が赤いし、勢い強い系だし。
「“
「そう」
「へ、へー……」
たぶん、炎手がスミスさんで、不普がウォンさんかな。
ほんとにみんな付けられてるんだなぁ……。
「でも、一番大事な人がまだ決まってないんですよね!」
「ん? 大事な人?」
「宮古は知らないだろうけど、このメンバーを纏めてる人がいるんだぜ? すげえよなぁ」
「そうなんだ。すごいね!」
そんな人がいたっけ……?
オリオンさんとか?
あ、もしかするとツェンさんとか?
でも、ツェンさんはGMだから違うかな。
「アキ」
「ん?」
「いや、お前じゃなくて、その人の名前がアキさんって言うんだよ。いや確かにお前も、明良だからアキだけどさ。見た目が……ってお前、見た目も似てるな……?」
「え、いやそんなばかな」
「本人」
「いや、違うって言ってるでしょ!?」
「そうですよ槍剣さん。アキさんは可愛い女の子であって、決して宮古みたいな男じゃないですよ」
「そうそう、それそれ」
「……そう」
小さく言葉を発して、渋々引き下がったみたいな感じではあるものの、彼女の視線は僕から離れない。
んー、なんだろうな……この、確信してるからさっさと白状しろ、みたいなオーラ。
いやいやさすがにバレてはないはず。
髪が伸びたからって、あっちの僕と今の僕じゃ、身長も体格も違うわけだしさ。
「それで、そのアキさんって人は決まってないの?」
そう、それが一番気になってることだ……。
もし変なのが付いていたら、断固として拒否しなければ……!
「そうなんだよ。アキさんってなんか色々やってる人みたいでさ。イベントのベストショットムービーなんかを見ると半分くらいアキさんってくらい映ってるんだけど」
「半分!?」
「そうなんだよ。すごいだろ?」
「そ、そっかー……」
あまりのことに半笑いになってしまいそうだ……。
これはなんとしてもツェンさんに確認しなければ!
「で、内容もすごいんだよなぁ……。調薬して、伐採して、神殿の封印を解いて、PKと戦って、見たこともない大魔法を使って、世界樹に乗り込んで最後のボスの枝を一途両断して、トドメを刺すんだぜ!? しかも、これで本人は薬師だって言い張ってるんだから意味わかんねぇよなぁ……」
「そ、ソウダネー」
「ただの薬師に、黒鉄や金影、赤鬼が従う訳がないってのになぁ……」
「……従ってはないと思うんだけど」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもない。それで?」
「そうそう、そんな感じで彼女の二つ名が決まらないんだよなぁ……。毎日候補が増えてる感じだぜ?」
よしわかった。
そのままなにも付かないでいてくれればなにも問題ない!
どうせこの話も動画がなくなれば鎮火するだろうし、さっさとツェンさんに連絡しないと。
家に帰ったら忘れないようにしておこう。
「
「ん?」
「碧主が良い」
「へきしゅ……っていうのが、候補にあるの?」
「そう」
「そ、そっかー……」
そういうのを聞くと他の候補も気になるけど、気にしない方が良いんだろうなぁ……。
碧主ならまだそんなに恥ずかしくないけど、もっとこうなんか……恥ずかしいやつがあったら穴に入りたくなるかもしれないし。
そんな思いを抱えつつ、半笑いになりそうな顔をなんとかとどめてる僕の横で「ああ、それいいですよね!」とか同意してた田渕君が、意を決したように「あの、俺とゲームで――」と実奈さんへ向けて口を開いたところで、ぶったぎるようにSHR開始のチャイムが鳴り、先生が教室へと入ってきた。
そんな状況の変化に、当の実奈さんは、名残惜しさや気にするような素振りひとつ見せず、教卓へと顔を向ける。
うん、なんていうか田渕君……どんまい。
肩を落とすように自分の席に戻る田渕君へ、心の中でエールを送りつつ、僕も教卓へと視線を合わせた。
◇
言うなれば針のむしろ。
視線が突き刺さるという言葉はまさしく本当のことだったみたいで、昨日と同じく、隣の席に座る彼女の視線は僕を貫き続けていた。
おかげで、SHRはおろか、その後の授業の内容でさえ、僕の頭には全く残っていない。
むしろ途中からは、僕の方も彼女の方へと顔を向けて、終始
この1日で、僕もだいぶ強くなった……誇れることではないけど。
「アキ」
「ん? なに?」
「恥ずかしい」
「……それはこっちの台詞だと思うんだけど」
無表情のまま顔色ひとつ変えず、照れたみたいに顔を背ける実奈さんに、僕は思わずそう愚痴る。
しかし時間はもうすでに昼休みの時間だ。
彼女がこうやって目線を外してくれたことだし、僕は心置きなく席を立てる……と、そう思っていた。
「アキ」
「……今度はなに?」
「お弁当」
「ああ、花奈さんが来るだろうし、僕の席を使ってくれていいよ?」
「違う。アキの分」
「僕の分って、まさか……」
驚くような反応を見せた僕に、彼女は少しどや顔を見せ(てはいないが、そんな感じの雰囲気を感じた)、鞄から2つのケースを取り出した。
水色と、深緑色のケース……お弁当が入ってる四角いクーラーボックスみたいなやつだ。
2学期始まったばかりの今の時期は、こういったケースに容れておかないとすぐ腐ってダメになっちゃうからね。
腐る……。
そうだ、今度速効性の瓶を冷やして、長持ちしたりしないか検証してみても良いかもしれない。
粉末と水を混ぜるわけだし、水の温度や瓶、混ぜるときのお玉の温度なんかも関係してたりするかもしれない。
「あっ、でも冷やすにはどうしたら……氷? 氷って作れるのかな?」
「……?」
「水魔法には無いんだろうか。今度聞いておくか?」
「アキ?」
「あっ、いやその……ちょっと気になることがあってね」
「水魔法に氷はない」
「え、そうなの? あ、いやなんの話だか、ははは」
ジーっと見てくる実奈さんに頭を掻きつつ笑って誤魔化して、慌てるようにお弁当に視線を落とす。
「僕のはどっちかなー? こっちかなー?」なんておどけてみれば、彼女も仕方ないとばかりに僕から視線を外して、深緑色のケースを押し出してきた。
「あっ、えーっと、そういえば花奈さんが来ないね?」
「姉さんは今日、あっち」
「ああ、クラスの友達とってこと?」
「そう」
言われてみれば、彼女のあの物怖じしない快活な性格で、クラスに友達が出来ないわけがない。
まだ転校してきてたったの1日だけど、クラス全員と友達になったよ! って言われても不思議じゃないくらいだしね。
「じゃあ、今日は僕も教室で食べるかな。せっかく作ってきてくれたんだし、目の前で食べたいしさ」
「ん」
「でも、実奈さんって料理出来るんだね。僕なんて家庭科の授業くらいでしかやったことがないよ」
「出来ないのは姉さん」
「ああ、そういえばいぜ……ごほごほ、へーそうなんだー」
危ない危ない。
以前聞いた、台所を破壊した話のインパクトが強すぎて、普通に口から出てきそうだった。
目の前に座る実奈さんの視線が突き刺さるけど大丈夫、ばれてない、ばれてないはずだ。
「そ、それじゃ、いただきます」
「……ん」
とりあえず話を変えるために僕が手に持った箸を動かせば、突き刺さりそうなほど熱烈な視線が、少し不安そうなものへと変わる。
そういえば、ラミナさんって料理できるって言ってたっけ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます