第282話 <選定者の魔眼>

「――なせないっ!」


 1秒も掛からず確実に僕を貫くコースだった枝と、貫かれるはずだった僕の間に細い腕が飛び込んできた。

 小さな鉄の盾を付けた、細い腕が。


「アキ!」

「っ! ありがとう、ラミナさん!」


 刹那の攻防をくぐり抜け、一歩、また一歩と僕はドライアドへと進んでいく。

 あと、5m……あと3m!


 全員が繋いでくれた道の最後!

 あと数歩の距離!


「……届かせなきゃ、ダメなんだよ……ッ!」


 前後左右から迫る枝に、前方を塞ごうとする太い枝に、手に持った斧を握りしめ僕は思う。

 お願いだ!

 僕に力があるというならば、今、目を覚まして!

 

 ――――みんなのためにも!


 その瞬間、僕の世界は止まった。



 ――<喚起>スキルが発動します。


 以前聞いた覚えのあるピープ音と共に、変な感覚が僕の脳内に飛び込んで来る。

 同時に、なぜか僕はみんなの顔を思い出していた。


 ――複合スキルの取得を行います。

 ――――<採取>スキルを確認中……確認成功しました。

 ――――<鑑定>スキルを確認中……確認成功しました。

 ――――<集中>スキルを確認中……確認成功しました。

 ――――<予見>スキルを確認中……確認成功しました。

 ――――<千里眼>スキルを確認中……確認失敗しました。

 ――――<魔力制御>スキルを確認中……確認失敗しました。


 拠点で戦ってくれているみんなは、大丈夫だろうか。

 戦闘が苦手な人も多いから、少し心配だ。


 ――戦闘用スキルを確認中……<戦闘採取術>スキルを確認しました。


 ――――<千里眼>スキルの代替スキルを確認中……確認失敗しました。

 ――――<魔力制御>スキルの代替スキルを確認中……確認失敗しました。


 それから、世界樹と戦っているみんなは?

 テツさんやカナエさんみたいな、トップの戦闘プレイヤーがいるけれど、この巨体相手に……。

 あー、こっちも心配だ!


 ――代替スキルの作成に移行します。

 ――――<千里眼>スキルの代替スキル作成を確認中……確認失敗しました。

 ――――<魔力制御>スキルの代替スキル作成を確認中……確認成功しました。


 ――――ユニーク称号<風の加護>より、<魔眼>スキルを作成中……作成失敗しました。

 ――――<魔眼>スキルを使用条件を付加した状態にて再度作成中……作成成功しました。


 そういえば、ウォンさんとフェンさんの方はどうだったんだろう?

 あの2人はよくわかんないからなぁ……。


 ――再度、複合スキルの習得に移行します。


 ――――条件スキルを確認中……<千里眼>を除くスキルの確認に成功しました。

 ――――複合スキルに使用制限を付加した状態にて習得中……習得成功しました。


 ――複合スキル<選定者の魔眼>を使用制限状態にて習得しました。


 <選定者の魔眼(使用制限:片目)>:未来を選び、道を定める、強き心の眼。その道は茨であろうとも、足を止めることは許されない。


 そして、今僕を助けてくれたみんな。

 みんな僕より強いのに、僕をここまで連れてきてくれた。

 だから、僕は……僕のやるべきことをするよ!


 ――<喚起>スキルが停止しました。



 左目が熱い。

 まるで燃えているみたいに熱い。


 けれど、痛みは無い。

 燃えているほどに熱いのに、不思議と僕の意識は穏やかだった。


「……フッ!」


 力も無く、置くように枝へと下ろした斧は、まるで抵抗もなくその枝を真っ二つに斬り裂いた。

 そして、背後から迫る枝をゆっくりと身を逸らして避ける。


 ――見えているから。


 燃えるほどに熱い左目は、全ての枝に真っ赤な点を見せてくれる。

 それは構造的に脆く、壊れやすい箇所――つまり、弱点。

 その部分へ真っ直ぐに斧を下ろせば、枝は抵抗することも出来ず、ただ真っ二つに斬り裂かれる。


 そして、それと同時に左目は違う時間を捉える。

 今から数瞬先の未来。

 どこへ身体を置けばいいのかまで分かるほどに、正確に……ただ正確にその世界を見せた。


「ア、キ……?」


 後ろで僕を呼ぶ声がする。

 大丈夫。

 僕なら行ける、心配しないで。


 止まることなく一歩、また一歩と進み、僕とドライアドの距離はもう手が届くほどに近くなっていた。

 それでも世界樹は諦めず、僕を貫こうと枝を伸ばしてくる。


「でも遅い。これで終わりだよ」


 腰から瓶を取り出して、その蓋を取る。

 そして僕はさらに一歩近づいて、ドライアドの顎を持ち上げた。


「……苦いかもしれないけど、耐えてね?」

「――ッ!?」


 ドライアドの口の中へ黒色に光る液体を流し込み、その顎から手を外す。

 瞬間、ドライアドの身体は大きく跳ね、その身から大量の魔力を放出しはじめた。


 そして、周囲の枝が腐り落ちていき、呼応するかのようにドライアドの姿も薄くなっていく。

 だが、やはり世界樹は完全な魔物になってしまっていたんだろう。

 最後の悪あがきのように僕へと枝を伸ばしてくるのが見えた。


 だから――


「これで終わりだよ。またね、ドライアド」


 僕は腰から小さな枝を取り出して、薄くなった彼女の胸元へと突き刺す。

 それが最後の決め手となり、伸びてきていた枝は僕の顔のすぐ目の前で腐り落ちた。

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