第275話 強者

 スミスさんと別れてからすぐに、僕らは小さな部屋に辿り着いていた。

 小さな、と言っても、トーマ君と別れた部屋に比べて小さいだけで、実際の大きさとしては訓練所にある模擬戦場くらいの大きさはあるんだけど……。


『やあ、ようこそ』


 何もいない……と、早急に抜けようとした僕らの脳内に、男性の声が響いた。

 直後、地面から生えるように何かが現れる。

 ……この姿って。


「ハンナさんと、同じ?」


 見覚えのある球体関節人形につい声を零すと、『ああ、ハンナを知っているのか』と反応が返ってくる。

 ハンナを知っているのかって……それじゃあ、まるで。


『そうさ。お察しの通り、俺はトレント族の1人。名前はオッタだ』

「ふん。そのオッタとやらが何の用じゃ。儂らはお主らのあるじに用がある」

『ああ、わかってる。ここを抜けるのは別に構わない』

「なら引き留めるでないわ。アキ、ゆくぞ」

『ただし、そこの男は通せない』


 急ぎ足で抜けようとするリュンさんに続き、僕らも抜けようとしたところで……オッタさんはそう言い放つ。

 その言葉に「え?」と間抜けな声を出した僕は、直後なにかに引っ張られ、小部屋の先に投げられた。


 投げられたのは、アルさんを除く全員。

 そして、アルさんただ1人を残したまま、小部屋の入口は木の柵で封鎖されてしまった。


「アルさん!」

「……なんのつもりだ?」

『なに、君たちのやろうとしていることを止める気はない。ただ……せっかく目覚めたんだ。俺は俺のやりたいことを……強者との戦いを希望する』


 瞬間、すごいプレッシャーが小部屋の中から迸り、僕の身体を抜けていった。

 まるで、強風にあおられたみたいに、自然と体が仰け反ってしまった。


「……ふん。あやつ、力を隠しておったな?」

「リュンちゃん、どういうこと? あのオッタさんがヤバいって言うのは分かるけどー」

「あやつは儂らに警戒させぬため、気配を隠しておった。ウォンが得意とする技術じゃ」

「へぇー、すごいね!」

「お主は……本当に、分かっとるのか……?」


 プレッシャーをものともせず、あっけらかんと言い放つハスタさんに、リュンさんの顔が呆れたように歪む。

 その顔を向けられた本人は、「あはは……」と誤魔化すように笑ってる辺り、本当はよく分かってないんじゃないだろうか……。

 でも、このプレッシャーの中、そんな風に笑えるのは……ハスタさんくらいなのかもしれない。


「強者というなら俺ではなく、あの黒髪の少女ではないのか?」

『あの子も確かに強い。けれど、それは破壊力だけだ。技術の伴わない力は、ただの暴力だ。戦っていても面白くない』


 その言葉に、リュンさんが無言で斧を振り上げ、柵へと叩きつける。

 しかしダンジョンの壁扱いになっているのか、破壊不能を表すウィンドウが表示されただけだった。

 ってことは、アルさんは……!


「なるほど、壊せない柵か」

『決着が付けば開く。早く行きたいなら、早く勝負を決めることだな』

「そうか……なら仕方ない。アキさん、先に行っておいてくれ。後から追いかける」

「待て! 儂は納得しとらんぞ!」


 先に向かうようにと指示を出したアルさんに、リュンさんが食ってかかる。

 手で柵を何度も叩きつけているからか、ウィンドウが忙しく表示されていた。


 しかし、そんなリュンさんの名前をアルさんは呼び……「アキさんを頼む」と、背を向けた。


「……帰ったら儂と戦え、アル。どっちが強いか、その時決めようぞ!」

「ああ、わかった」



「ふざけおって……ふざけおって。ふざけおって!」


 リュンさんの怒声と共に、1体……また1体とトレントが壁に叩きつけられ消えていく。

 あー……すごい怒ってる。

 もはやそれ以外に言いようがないほどに、怒りをまき散らしながらも彼女はズンズンと進んでいた。


「りゅ、リュンちゃーん。落ち着いて、おち「ついてられるかァ!」……あ、はい」


 元気が何よりも取り柄なはずのハスタさんですら、リュンさんの怒声にその身を縮こませる。

 これは相当怒ってるなぁ……。

 何も言わないけど、ラミナさんも怖いのか、僕の袖を掴んでるし。

 仕方ない……アルさんには後で怒られるかもしれないけど。


「リュンさん。そんなことは置いといてさ、最奥までは後どれくらいなの?」

「ああ? そんなこと・・・・・、じゃと?」

「うん。そんなこと、でしょ? 正直どうでもいいことじゃない?」

「……アキ」


 暴れ回っていたリュンさんの動きが止まる。

 けれどそれは、怒りが収まったというわけではなく、むしろまき散らされていた怒りが臨界点を超えて……逆に冷静になったからかもしれない。


 僕を睨むリュンさんと、その視線を真っ直ぐに受け止める僕。

 そんな雰囲気に耐えられないからか、ハスタさん達は周りに沸いたトレントを相手して誤魔化していた。


「お主、今なんと言ったか理解しておるのか?」

「そりゃもちろん。でも、間違ったことは言ってないと思うよ」

「ッ! その口、「だって、アルさんは勝つだろうし」……は?」


 怒りに任せて、口と共に斧を振り上げたリュンさんを遮るように、そう口にする。

 視界の端でラミナさんが僕らの間に入るべきか迷ったような素振りを見せていたが、それは手で制しておいた。


「アルが勝つ、それがなんじゃ? 儂は儂を侮辱したあやつを」

「いやいや、だからそれがどうでもいいことじゃない。アルさんは勝つんだよ。それに、このダンジョンの攻略が終ったら、アルさんと戦うんでしょ? その時にアルさんが涙目になるくらい余裕で勝てばいいじゃない。そうすれば、あのオッタとかいうトレントは見る目が無かったってことにならない?」

「……う、」

「なる。アキの言う通り。今は進むべき」

「そ、そうだよ! リュンちゃん!」


 僕の言葉に、戦っていた2人も声だけでもと味方をしてくれる。

 3人に言われたからかは分からないけれど、リュンさんはしぶしぶと斧を下ろし「仕方ないのう……」と大きく溜息を吐いた。


 そうこうしながら進んでいけば、リュンさんが唐突に足を止めた。

 急いでいる状況、普通なら足を止めずに進んでいきたいところ。

 けれど、彼女が足を止める理由は僕にだってよく分かっていた。


「リュンさん。道が……」

「じゃから言ったであろう? ほぼ一本道じゃ、と」

「つまり元々ここで道が途切れるのは分かってたってこと?」

「そうじゃ。それに完全に途切れているわけではない。この壁が……隠し通路じゃ」


 完全に道が無くなったと思っていた僕らの横で、リュンさんが壁に手を突っ込む。

 普段ならば破壊不能のウィンドウがでてもおかしくない速度だったけれど……なにも出てないな?

 むしろ、リュンさんの手が手首まで刺さってる!?


「幻のようなものじゃな。ここの壁には周囲の壁のような気配が感じられん」

「なるほど……。でもその先ってどうなってるの?」

「わからん」

「わからんって……」

「壁の先にも気配を感じるには感じるが、枝のようなものでの。ここの壁ほどに強くは感じられんのじゃ」


 なるほど……。

 なら行ってみるしかないってことかな。

 そう結論付けてから、リュンさんを先頭に通り抜けていくと……広々とした森が眼前に広がった。


「風が強いのぅ。気を付けよ、どうやら枝から落ちると、真っ逆さまのようじゃ」


 リュンさんが試しにと、トレントの素材を枝から放り投げれば、その素材は何にも阻まれることなく、下へと落ちていき、見えなくなった。


「アキ、あそこ」

「ん? ……はしごがあるね」

「上れということじゃろう。感知できる道もどうやら上にありそうじゃしの」


 なら話は早い。

 こんな風も強い不安定な場所にいるよりも、さっさと向かおう! と、勢いよくはしごへ向かおうとした僕らだったが、そうは上手くいかないみたいだ。


 地面となってる枝から生えるように、前後にトレントが数匹現れる。

 しかも道を塞いでるのは、その中でも特に大きいトレントだった。


「一気に蹴散らしたいところじゃが……足場が不安定すぎるのぅ」

「折れたりはしないんだろうけど、トレントが動く度に揺れるのはちょっとね……」

「でも、どうするの? また今までみたいに誰かが相手してる隙に抜ける?」

「……それは厳しいじゃろうな」


 リュンさんが言うには、ここだとハスタさん、リュンさんの2人は、足下が揺れる関係で全力で戦うのが厳しい状況であり、マトモに戦えるとすればラミナさんくらいらしい。

 しかし、ラミナさん1人で残ったとしても、どうやら魔法を使うエルダートレントがいるらしく、勝てる見込みは薄いとか……。


 かといって、全員で相手するのも時間がかかりすぎるし危険だ。


「って、それじゃ打てる手がないじゃんかー! どうするのー!?」

「さてどうするかのう……」


 横からの風に関しては、シルフにお願いすればなんとかなるだろうけど、風を使ってトレントを落とすのは無理だろうなぁ……。

 さっき木から生えたくらいだし、木に根付くくらいはしてきそうな気がする。

 しかしそうなるとホントにどうしようか……。


「アキ。忍者」

「え?」

「ここ、外と繋がってるから。忍者なら来れそう」

「……確かに。でも、いいの?」

「いい。やれることを試すのは大事」


 表情は変えず、たた静かな声で頷いたラミナさん。

 忍者さんが来るなら、きっとガロンも来る。

 ラミナさんにとっては嫌いな相手に頼ることになるけれど、その目からはそういった迷いは消えてるみたいだ。


 確かに下が見えない位の高さではあるけれど、忍者さんも見えない位の高さまで凧で上昇してた。

 つまり、このくらいの高さなら来れる可能性があるってことだろう。


 それに、忍者さんならこういった場所でも全然普通に戦えそう。

 彼なら足場が悪い場所で戦う訓練とかしててもおかしくないし。


「よし、物は試しだ! これを、――!」


 インベントリから笛を取り出して、力の限り吹く。

 彼が今どこにいるのかはわからないけれど、少しでも届く範囲が広くなれば……!

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