第276話 俺の名は

 今回の話は、アストラル(アル)視点となります。


――――――――――――――――


 正眼に武器を構え、オッタと名乗った球体間接人形と向かい合う。

 相手の武器は木剣、対するこちらは、ガラッドさんに打ってもらった黒い愛剣――黒鉄くろがね

 まさかアレで俺とやり合うつもりか?


『心配しなくてもいい。私にとっては、木のほうが鉄よりも馴染みがあるんでね』

「なるほど、それならば納得だ。ただ、覚悟しておけ。――折れたところで、俺の剣は止まらない」


 そう言い切り、息を深く吸い込む。

 新鮮な酸素が全身へ巡るように、末端まで……深く。

 心臓がどくんと大きく音を立てたのを合図に、俺は前へと踏み込んだ。


 カァンと、鉄と鉄では聞いたことのない音が響き、俺の剣が弾かれる。

 瞬時に手を返し、横薙ぎに振るうが、これもまた弾かれた。

 ――強い!


『そのサイズの剣を、あの速さで切り返すか。見事だな』

「そちらこそ。俺の剣を木剣で弾き返すのは、相当なものだ」

『これは楽しめそうだ。……次はこちらからくぞ』


 瞬間、目の前に剣が現れる。

 反射的に身を反らし、後ろへと退がるが、相手の範囲から逃れられない。

 2連、3連と続く連撃――溜まらず咄嗟に右手を武器から離し、予測した剣筋に添える形で置く。

 木剣が右の手甲に触れた直後、合わせるように飛び込み左足で鋭く蹴りを放った。


『おおっ! と……』

「浅いか」

『まさか剣筋をこの短時間で読まれるとは』

「だてにタンクはやってないんでな!」


 空いた隙間を埋めるように踏み込み、大剣を振るう。

 袈裟斬り、打ち上げ、横薙ぎ、正眼突き、そして逆袈裟。

 流れるように斬り込んでみても、時に払われ、時に避けられ……終いには隙間を縫うように木剣が身を掠めてくる。


 攻めているはずが、守りに意識を割かされ、攻めきることが出来ない!

 ひとつミスをすれば、一気に瓦解するほどの緊張感。


 ――いいじゃないか。


『ッ! 剣が速く!?』

「まだ、まだだ!」

『良いぞ……! そうだ、これを求めていた!』


 カァンと甲高い音が響き、その音が消えるよりも早く次の剣撃が振るわれ、また音を響かせる。

 その間隔は次第に短くなっていき、合わせるように剣筋もまた、鋭くなっていった。

 まさに、一撃でも喰らえば勝負が付いてしまうほどに。


「ッ、は」


 しかし、種族の差は埋められなかった。

 体力という限界がある俺と、魔力で動き続けるトレント族。

 決められなかった悔しさを胸にしまい込み、大振りに木剣を弾き返し、距離を取った。


『人間とは悲しいものだな。どれほど強かろうと、体力という限界が立ち塞がる』

「それを、技術で埋めるのが……人間だ」

『しかし今の剣戟で分かっているのだろう? 私とお前に、単純な力はおろか、頼みの技術も大きく差がないことは』


 確かに、このままやり続けていても、いたずらに体力を消耗するだけだろう。

 この状況を打破するには――


「一撃で、抜く。覚悟は良いか」

『ほう。良い眼をする。……来てみろ』


 正面から受けるように、奴は木剣を構える。

 攻めてくる気はない……ならば、存分に!


 後ろへと下げた右足で大地を踏みしめ、呼吸を抑え、一気に蹴り抜く。

 数歩程度の間合いを一瞬で消し去ると、弓のように引き絞った右腕を放ち、黒鉄を突き刺す。

 威力に全身全てを乗せた一撃必殺の型。

 だが、


「な――ッ!?」

『全力としては軽い。これがその差だ』

「ぐっ!?」


 すれ違う、その一瞬で叩き込まれた一撃。

 腹部を叩いたその一撃は、突っ込んだ勢いすら反転して、俺を小部屋の壁まで吹き飛ばした。

 木剣だったからこそ、打撃で済んだ……。

 真剣であれば、今頃俺の身体は、上下に真っ二つだっただろう。


『これで終わりか。……期待するだけ無駄だったな』


 強制的に吐き出された息を整えていた俺に近付き、奴は木剣を突きつける。

 視界の端に映るHPは今の一撃で50%まで減っていた。

 木剣一発でこのダメージか……。


『……なんだ、まだやる気か? 差はすでに分かっただろう?』

「生憎、負けるわけにはいかないんでな」

『なるほど、薄紅の髪をした娘との約束か』


 反応しない俺に、奴は身体を震わせる。

 顔がないから分からないが、きっと笑っているんだろう。

 ……そうだな、俺がお前の立場だったら、俺も笑ってるかもしれないな。


「だが、約束を守らない男は、嫌われてしまうからな」


 黒鉄を杖に身体を起こし、突きつけられていた木剣を右手で退ける。

 そして、わざと遅く振った大振りで、奴を後ろへと退げさせた。


『眼が死なない者は厄介だな』

「俺を殺したければ、真剣を持ってくるべきだったな」

『はは……全くだ』


 最初と同じ間合いで、最初と同じように正眼に武器を構え、2人向かい合う。

 正直、打てる手はないが……だからこそ、シンプルに意思が定まった。


「――俺の名はアストラル。これが、お前に叩き込む最後の一撃だ」

『……ほう、良いだろう。私の名はオッタ、打ち込んでみろ、人間!』


 叩き込むのは正眼からの斬り落とし。

 全ての剣筋の基本とも言える一撃……だからこそ、全てが詰まっている一撃になり得る。

 踏み込む足の先から、振るう手の先まで、全てに俺の力を注ぎ込む。


「――ハァッ!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろした一撃は、カンと甲高い音を響かせ……受け止めた木剣もろともに、その人形を切り裂いた。

 左右にズレながら落ちていく人形が、一瞬笑ったような気がしたが……そもそも表情がないから分からないな。


「それよりも、アキさんを追わないと」


 霞んで消えていった人形から背を向け、俺は歩き出した。

 後から追う……その約束を果たすために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る