第274話 気配の操作
今回の話は、ジン視点となります。
――――――――――――――――
アキがトーマと別れた頃、土の神殿近くの平原では、鈍い音が響き渡っていた。
それは、突っ込んでくる大猪に対し、俺が真っ向から勝負を挑んでいたからだ。
「牙の片方を折っといて正解だったぜ! 1本なら、俺でも問題無く捌ける!」
「ジン! アンタ、無茶しすぎ! いくら後ろに私達がいるからって、全部受けなくても……」
「そうですよジンさん。距離は取ってますので、安心して避けてください」
走り抜けた先でUターンし、動きを止めた大猪に対峙していた俺へ、仲間達から心配の声が掛かる。
アルと違い、俺は攻撃を中心に動きを詰めてきた。
その関係か……どうしても守りってのが苦手だ。
それでも守りに入るのは、後ろのリア達を守るため……ではなく、リアの土魔法を当てるチャンスを作るためだった。
しかし、今のところ1発もリアは撃っていない。
リアがチャンスを逃すってのは考えにくい……。
その上、俺に避けろと声をかけるってことは、俺が止めた程度では、チャンスが薄いってことなんだろう。
「……せめてあと1人いればな」
ぼそりと漏れ出た弱音に首を振り、再度斧を構え、対峙する。
前にコイツと対峙したのは森の中。
あの時はトーマがタイミングを知らせてくれたこと、そして、周りの木々が、相手の動きを束縛してくれていたのが大きい。
今みたいに何もない平原じゃ、ああ上手くはいかないだろう。
考えてる間にも、大猪はその巨体を揺らしながら突っ込んでくる。
受けるか、それとも避けるか?
咄嗟に後ろを確認し、軌道上にリア達がいないことを確認してから、横へ身体をズラした。
直後、突き抜けて行く大猪。
その巨体が生む風を受けながらも、斧を叩きつけた。
「どんな筋肉してんだよ! 刃が殆ど入らねえ!」
肉を断ったというよりも、皮を斬った程度。
大猪の速度も味方につけたつもりが、これじゃ殆どダメージになってないな。
ダメージを奪えそうなのは……目と口。
それに腹も可能性があるな。
「狼の時と同じ箇所だが……腹の下には絶対入れねぇ」
狼と猪じゃ、足の長さが違いすぎる。
叩けそうなのは、リアの〔
それを狙うなら、もっと足を止めさせる必要があるな。
「……アルがいたら楽なんだがなぁ」
「分かるけど、今それを考えたって仕方ないでしょ!」
「分かってるっての。でもよー、リアもそう思うだろ?」
「それはそうだけど……」
「私もサポートしますから、どうにか倒す方法を考えましょう」
ティキの言葉に俺たちは頷いて、武器を構え直す。
しかし、魔法を撃てるだけの隙を作るってなると……やっぱ突進を受け止めるしかないよなぁ……
「――なるほど。なら問題ないな」
「ッ!?」
俺が猪の突進を受け止めようと意思を固めた直後、すぐ真横から男の声が響いた。
驚き、距離を取った俺の前には、さも
「なぁ、ジン。手は要らないか?」
「そりゃあると助かるけどよ。でも、お前の役割は指示を無視して動くプレイヤーの対処じゃなかったか?」
「そっちはフェンに任せてある。なに、問題はないだろう」
言って、ウォンは右手で腰から棒を抜き取り、肩へと担ぐ。
なんというか……こいつの行動はよく読めない。
しかし、手を貸してくれるらしいことは、よく分かった。
「それで、何か策があるのか?」
「足を止めれば良いんだろ? なら俺にもやりようはある」
何を、と聞く前に、大猪が身を低くし、こちらに突っ込んでくる。
斧を構え直した俺に対し、横に立つウォンは構えることもなく、一歩前へと出た。
「おい、ウォン!?」
「ま、見てな」
何を、と俺が訊く前に、ウォンは棒を正眼に構え、静止する。
瞬間……ウォンの身体から静電気のようなビリビリとした感覚が広がった。
「おいおい……」
ビリビリとした感覚の正体は、殺気。
あまりにも凶悪な殺気に猪も突進を止め、ウォンを睨みつけたまま、その場で鼻を鳴らしていた。
だが、これは
同じ事を思ったのか、俺が指示を出すよりも先にリアは詠唱を開始し、「〔
ウォンの殺気に当てられ、ウォン以外が目に入っていなかったらしい大猪は、どてっ腹に叩き込まれた魔法に、「ブモッ!?」と情けない声を上げながら後転するように背中を打ち付けた。
「一気に攻めるぜ! ウォン!」
「……戦闘は担当外なんだがな。仕方ない」
あれだけ激しい殺気を放つやつが何言ってんだ? と思いつつも、斧を振りかぶり、腹に叩き込む。
硬いことには硬いが……さっきまでに比べれば柔らかい。
このまま削り続ければ問題なく勝てるだろう。
猪も身体が大きすぎるからか、なかなか起き上がれないみたいだしな。
「そういやウォン。さっきのアレ、どうやったんだ?」
「ああ、あれか。元々気配の操作は得意だったからな」
そうして猪を殴りつつ訊けば、ウォンは特に隠すこともなく教えてくれた。
どうも、<気配遮断><交渉術><視線誘導>に使う技術を流用しているらしい。
感じさせないようにしていた気配を解放し、視線を自分に誘導し、交渉で磨いた威圧技術でねじ伏せる。
言うのは楽だが、やろうと思ってやれるもんなのか……?
これで戦闘は担当外とか、意味が分からねえよ。
「真似は出来なさそうだなぁ」
「コツさえ掴めば楽にできるようになる。まぁ、リュンなんかは殺気をダダ漏れにしたまま、真っ向からねじ伏せる方が楽らしいが」
「あの嬢ちゃんはホントに怖えな……」
「ま、そのおかげで役割がわかりやすくて良いんだがな」
その言葉と同時に振り下ろされた鉄の棒が、最後の一撃になったみたいだ。
結構覚悟を決めてアキちゃん達を先に行かせたはずなんだが……終わってみれば以外と簡単だったな……。
いや、ウォンがいなければ足止めにもっと時間がかかって、ここまで手軽にはならなかったはずだ。
そう思い、ウォンへ礼を言えば、彼は「気にするな」と片手を上げて背中を向けた。
自分の仕事に戻るつもりなんだろう。
「アキちゃん達、何事もなく進んでたら良いんだけど……」
「アルのHPがフルのままだし、大丈夫だろうぜ」
ウォンの姿が視界から消えたところで、リアがそう口にする。
そんな彼女を安心させるように、声をかけつつ時計を見れば、アキちゃん達と別れてからすでに1時間が経過していた。
これだけ遅れている以上、追いかけるのも得策じゃないな……そう思い、ひとまず草原に腰を下ろす。
――その直後、アルのHPが……一瞬にして半分を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます