第273話 振り向くな
「トーマ君、大丈夫かな……」
「信じるしかないだろう。なに、あいつなら生き残る
「そう、ですよね」
トーマ君を広場に残して、僕らは暗闇に包まれた道を走り抜けていく。
先頭を走るのはリュンさん。
どうやら気配察知に関しては、トーマ君の次に鋭敏だとか。
「ふん。そういうことか」
「リュンさん、どうかしたか?」
走り続けていた彼女が急に足を止め、面白くないと言わんばかりに鼻息を荒くする。
そんな彼女の様子から、何かあったと思ったのか、アルさんがすぐ隣まで移動し、声をかけた。
「あの小僧、ここから先がほぼ一本道じゃと気づいておったみたいじゃな」
「一本道、だと?」
「そうじゃ。場所が特殊なだけにの、気配で道が分かるんじゃ」
リュンさんが言うには、魔物の中にあるダンジョンなため、敵の気配とは違う気配として、ダンジョンの壁となっている世界樹の気配も感じ取れるらしい。
ただ、他の敵とは強さが違い過ぎるからか、まるで周囲を覆う空気のように当たり前に感じ過ぎるとかで、ある程度の力が無いと分からないみたい。
たぶん、トーマ君は僕らに合流した時点でそれに気付いていたんだろう。
だからこそ、彼の力が一番役に立つ場所がさっきの広場だと分かってしまい、あの案を提案させるために話を誘導した、ということらしい。
「この先に感じる魔物の気配は、壁になっとる奴を抜けば、さっきの奴らよりも圧倒的じゃ」
「なるほど、そういうことか」
「……えっと、アルさん。どういうことです?」
リュンさんの言葉で全部わかったのか、アルさんが納得したように頷く。
しかし、なにがどうなのか僕にはまったく分からず……つい、疑問を口にしてしまった。
「ああ、そうだな……。さっきトーマも言っていたと思うが、トレントに対してトーマの戦い方は分が悪い。あいつの戦い方は、速さで翻弄し、隙を突くのが基本だからな」
「うむ。それ故に、あやつには明確な弱点がある」
「弱点……トーマ君にですか?」
僕よりも圧倒的に強い彼に、弱点……。
そんなものがあるなんて全然思い付かないんだけど。
「確実に負ける、といった弱点ではないからな。それだけに、普段は気にすることもない」
「その通りじゃ。あやつには決定打がない。儂やこやつのようにの」
「決定打……」
「速さで翻弄し、隙を突く。それは逆に、隙がない相手には通用しないということだ」
そうか、だから相性が悪い……。
先ほどアルさん達の後を抜けてきた時に感じたけれど、トレントの動きは決して速くない。
むしろ枝にさえ注意すれば、僕にだって相手ができるだろう。
けれど、アルさんの突きを正面から受けても倒れない……その堅さがあった。
トーマ君は、決して弱くないし、僕なんかじゃ敵わない強さがある。
森にいく前に見たアルさんとの模擬戦も、アルさんを終始圧倒できるほどの速さがあった。
でも……弱点を晒す前の大蜘蛛に対しては、僕と同じで、まったくダメージを与えることが出来ていなかったんだ。
「それじゃあ、トーマ君は……」
「勝てない、だろうな。生き残るかどうかも、体力次第だろう」
アルさんの言葉は、ひどく落ち着いていて……僕の耳にすんなりと入ってきた。
しかし、当の僕はそれを受け入れることなんて――
「アキ。お主は振り向くな」
「――っ!」
「お主が振り向くということは、あやつの覚悟を踏みにじるということじゃ」
「で、でも」
「あやつが残るというのは、あやつ自身が決めたこと。それは儂らを……いや、お主を先へと送るためじゃ。それを忘れるな」
……分かっている、そんなこと、分かってはいるんだ。
でも、だからって
「アキさん」
リュンさんの制止を振り切って、来た道を戻ろうと振り返った僕の前に、彼――スミスさんが立ちふさがる。
その顔は酷く落ち着いた顔で……まるで、トーマ君の話を聞いていなかったみたいだった。
「アキさんは戻らせないっすよ」
「っ! ……スミスさん、どいてください」
「どかないっすよ。どいてしまったら、あいつに会わせる顔がなくなるっすから」
僕へ目を向けたまま、彼はハッキリとした声でそう言い切る。
その声に、僕は自分の身が一瞬固まったことに気づいた。
「あいつの想いを無駄にさせるつもりはないっす。特にアキさん、あなたにだけは」
「で、でも」
「……アキさんはなんのためにここに来たんすか。さっき、リアさんにも言われたじゃないっすか。やることをやれって……言われたじゃないっすか!」
「っ」
僕の肩を掴んで、彼は僕へ真っ向から言葉をぶつける。
スミスさんの気迫に怯んでしまっていた僕には、それに抵抗することもできなかった。
「だから、アキさんには絶対戻らせないっす。アキさんにはやるべきことがあるっすから」
最後にそう言って、彼は僕から手を離す。
その表情は……酷く辛そうに歪んでいた。
そんな彼に何か言おうと僕が口を開く前に、彼は顔を少し俯けて「……リュンさん。ここから先は敵が強くなるんっすよね」と、言葉を発した。
「あ、ああそうじゃな」
「そっすか……」
俯いたまま呟く彼の表情は分からない。
僕を含めた皆の視線をその身に受けること数秒……彼は勢いよく顔をあげ、自らの頬を叩いた。
「えっ!?」
「っしゃー!」
「だ、大丈夫!?」
「気にしないでくださいっすよ! それよりもアキさん、これをどうぞっす」
「え?」
突然の奇行に驚いた僕らを放置して、彼はインベントリから何かを取りだし、僕へと手渡してくる。
突然のことに、流されるまま受け取ってみれば、それは斧。
それも大きくない、まるで拠点で借りた伐採斧のようなサイズの手斧だった。
っていうか、伐採斧じゃん!?
「こ、これって」
「実はここに来る前に打ったんすよ。ヤカタさんとシンシさん、それから木山さんに手伝ってもらったっす」
「え、え?」
「本当はワープする前に渡すつもりだったんすけど、タイミングを逃してたんっすよ。アキさん、それ……皆からの贈り物っす」
「でも、そんな」
「もしかすると敵がトレントかもしれないってのは、来る前にトーマが言ってたんっす。んで、それだとアキさんは戦えないだろうってことで」
手に持った手斧に目を向ければ、微妙に持ち手が湾曲していて、両手でも片手でもどっちでも使いやすいように柄が少し長めになっていた。
それでいて、採取道具の枠から出ないように、刃の部分は主張しすぎず、オーソドックスな形。
これを、皆が……
「皆からの贈り物っすよ。アキさんがドライアドのところまで行けるように、少しでも力になれるようにって」
「スミスさん……」
「これを渡しさえすれば、俺の役目は終わりっす。皆の武器の手入れはワープ前に済んでますしね」
その言葉に、皆が何かに気づいたように彼の方を見る。
しかし彼はそんな僕らの視線をすべて無視して、僕らに背を向けた。
「俺は皆よりも弱いっす。……アキさんよりは強いと思うっすけど」
「お主、行く気か?」
「この先、敵が強くなるってことっすから。これ以上は俺じゃ無理なんすよ。足手まといが2人いるのは大変っすから」
足手まとい……その2人の内、1人は僕だろう。
けれど僕は、ドライアドまで行けと、彼自身が言った。
それは、つまりこの場において一番の足手まといは――
「俺が、一番必要ないんすよ。ここから先は」
「そんな、こと……」
「そんなことあるんすよ、アキさん。だから俺はここまでっす」
「……」
彼の言葉に、誰も何も言えない……。
僕ですら辿り着いてしまった答えだ。
きっと僕よりも実力のある皆なら……僕以上に分かってしまうんだろう。
彼の実力では、この先厳しいと。
「しかし、戻るにしても……あの量を相手することになるぞ?」
「大丈夫っす。秘策があるんすよ。だから、さっさと行ってくださいっす。これ以上の時間は勿体ないっすよ」
「しかし……」
「さっさと行ってくださいって言ってるんすよ!」
「っ」
彼の行動を引き留めようとするアルさんに背を向けたまま、スミスさんが声を荒げる。
その肩が少し震えていて……。
「スミスさん。この斧、ありがとう。……トーマ君をお願い」
「あ、アキさん!?」
「アルさん、それに皆……行こう。戻ろうとした僕が言う言葉じゃないけれど」
僕はそこで一度ゆっくりと息を吸って……大きく吐いてから、言葉を繋げた。
「皆の想いを無駄にしないためにも、行こう」
と。
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