第272話 絶対

「そうか……わかった。あいつらなら問題はないだろう」


 ジンさん達のことを聞いて、アルさんが静かに頷いた。

 その声が少し低いのは……やはり心配ではあるんだろう。

 けれどアルさんはそんなことを一言も言わず、暗闇の広がる道の先へ身体を向けた。


「見ての通り、この先は暗闇だ。念のためと思って持ってきたが……正解だったな」

「うむ。じゃが、灯りを持っていては片手が塞がるのぅ……」

「そればかりは仕方がないな。トーマが先行して調べてくれているとはいえ、多少ペースを落とし、警戒を強めつつ行こう」


 そう言って松明片手に歩き始めたアルさんに、僕らは遅れないようについていく。

 内部の作りは完全に木……それもどちらかというと、舗装もなにもされていない自然に出来た穴といった感じだ。

 まるで、アルさんとトーマ君の3人で森に行ったあの日……雨宿りとして使った穴みたいな雰囲気だった。


「なんだか、懐かしいですね」

「ああ、そうだな」

「あれからまだ……1ヶ月も経ってないんですよね。それなのになんだか凄く懐かしい気がします」


 実際にはもうすぐ1ヶ月といったところだ。

 僕がこのゲームを始めてから1ヶ月と半分……まだそれだけしか経っていないけれど、いろんな人達と出会って、いろんな事があったなぁ。

 初日にアルさんに会って、それからシルフと契約して……おばちゃんに調薬を教えて貰って、兵士のおじさんに戦い方を教えて貰った。

 トーマ君と出会ったのは玉兎と初めて戦った日だ。

 急に会話に参加してきたのに、自然すぎて最初は気付いてなかったんだよねぇ。


「あの時は誰も死ななかったのが不思議なくらいだ。トーマは協調せず、アキさんも前のめりだったからな」

「うぐ……。あの時は本当に申し訳なく……」

「その後しっかりと反省していたんだ、問題はない。だが、あの時に比べれば……大所帯になったものだな」


 そう、あの時はたったの3人が最初だった。

 途中でカナエさんが加わって4人になったけれど、僕が中心となって組んだパーティーはあのパーティーが初めてだった。

 それが今となっては……。


「……? アキ?」

「いや、なんでもないよ。ラミナさん達とも、こんな風に関わるなんて思ってもなかったから、少しね」

「そう」


 ラミナさん達とは薬草採取の時だったかな?

 確か、薬草の採り方を教えてあげて……いや、その前に確か……ハスタさんに槍を突きつけられたんだっけ?

 そうそう、僕が見てたことに気付いてって感じだったはず。


「アレは衝撃だったなぁ……。槍を突きつけられるなんて初めてだったし」

「あ、そ、それはーそのー……」

「理由は分かってるし、謝ってもらったから大丈夫だよ。でも、もうあんなことやっちゃダメだからね?」

「わ、分かってるよー!」


 僕の言葉に、ハスタさんの顔が少し赤く染まる。

 そんな彼女を見てか、リュンさんは「いい気味だ」と言わんばかりに顔を笑みに変えた。


「……リュンさんは人のこと笑えないと思うんだけど」

「ふん。儂がどうしようと、儂の勝手じゃ」

「もう……相変わらずだなぁ」


 僕の呟きが聞こえたのか、リュンさんは笑みを崩さず、顎をしゃくる。

 その傲慢そうな態度があまりにもリュンさんらしくて、なぜか僕もそれ以上言う気が起きず、つい笑ってしまった。


「――やっぱりここってダンジョンなんすね」


 みんなと談笑しながら歩いていた僕の耳に、そんな言葉が入ってくる。

 声の主はスミスさん。

 どうやら、アルさんの指示で壁を攻撃していたらしい。


「ということは、やはり壁は破壊不可か」

「そうっすね。システムで弾かれたっすから」

「普通に触って、少し木の皮を剥がすくらいなら問題ないが、大きく破壊することは出来ないようだな……」

「剥がした木の皮も、少ししたら元通りになったっすから。その認識で間違いないと思うっす」


 どうもダンジョンの壁は、基本的に壊せないらしい。

 これは先日行った土の神殿も同じだったから、全部がそうなってるんだろう。

 それでも一応調べる……というのが、アルさんの基本方針らしい。

 まぁ、思い込みは時々大変な事になるしね……。


「よ、遅かったやん」

「トーマ君? どうしたの?」


 談笑しつつ、警戒もしつつ歩くこと20分ほど……暗闇の中からトーマ君が現れた。

 先行して調べてくれてたはずだし、大体のことは念話で済ませられるはずだから、何かあったってことかな?


「この先にな、なんやデカい広場があるんよ。んで、どうにも敵さんの気配がビンビンしとる」

「なるほど……。敵の種類は?」

「トレントやな。ま、予想通りってところや」

「ふむ……」


 トレントということは、ハンナさんみたいな球体関節人形……ではなく、人間くらいの大きさの木らしい。

 枝を伸ばして攻撃してきたりするらしく、身体が木なだけに防御が硬いとかなんとか。


「トーマ、数は?」

「ざっと100はおるやろなぁ……」

「100!?」

「……多いな」


 トーマ君いわく、気配的には全てただのトレントだとか。

 ただのトレントというのは、特殊な力を持たない極々一般的なトレントってことらしい。

 どうもトレントの中にも、大型のビッグトレントや、魔法を使うエルダートレントなんかの種類があるとか。


「ただのトレントしかいないのは朗報だが……殲滅するには時間が掛かりすぎるな」

「アルとリュン、ハスタさん辺りで突っ込めば道は拓けるやろ?」

「それはそうだが……そうなると、後ろからの追撃を今以上に気を張る必要が出てくる。ある程度急いでいる以上、今よりも速度が落ちるのは……」


 なるほど。

 アルさんとしては殲滅しておいて、後の憂いをなくしたい。

 けれど、そうすると時間が掛かりすぎるため、結果として突っ切った場合と同じ事になる。

 かといって戦力を分散させるのも……この先がまだどれだけあるのか分からない以上得策じゃない。


 そんな風に頭を突き合わせ考えている僕らを見て、トーマ君は何かを悟ったように口を開いた。


「なら、俺が残るわ」

「なっ」

「今回の敵がトレントしかおらんなら、この先も同じな可能性が高い。そうなると、俺は戦力としては役に立たん。俺の獲物はダガーと体術やからな。あいつらには効果が薄いんよ」

「それは、そうだが」

「でもトーマ君。それだと残っても……」

「問題ない。忘れたんか? 俺にはコイツがある。足止めくらいはできるで」


 そう言って僕らの前で腕から何かを引っ張り出す。

 それは松明の灯りに照らされて光る……細い糸。

 確かにそれを使えば、足止めくらいはできるかもしれないけど。


「それに悩んでても時間を食うだけや。アル、リュン、ハスタさんで道を拓いて全員が抜けた後、俺が道を塞ぎつつ残る。これが現状で一番効率がええはずやで」


 トーマ君の言葉に誰も反論が出せない。

 分かってるんだ、皆……その案が一番状況に対して良い結果になるってことを。

 けれどそれは、つまり――


「ねえ、トーマ君。……死ぬ気じゃないよね?」

「はっ。俺が死ぬかよ。後から追いかける、やから心配すんな」


 お互いの目をまっすぐに向け合って、僕とトーマ君は無言で拳を突き出す。

 その拳は2人のちょうど真ん中でぶつかり合い、その熱が混ざり合った。


「絶対、死なないで」

「わかっとる」


 あの大蜘蛛の時言われた言葉を、今度は僕が彼に言う。

 そんな僕らを見て、皆も心を決めてくれたみたいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る