第271話 行ってきます
空が茜色に染まる頃、僕らは土の神殿近くの平原にいた。
メンバーは僕、アルさんのパーティー4人、トーマ君、ラミナさんとハスタさんに、リュンさん。
それにスミスさんを加えた、計10人……世界樹のダンジョンを攻略する予定のメンバーだ。
「しかしアキよ。本当にここが入口なんじゃな?」
「うん。ハンナさんはそう言ってたから間違いないと思う。元々、トレント族の人達が世界樹の中に入る際に使ってるルートみたいだし」
「逆に言や、ここ以外からは入れんってことやで」
「ふむ。ならば仕方あるまい。開くのを待つとするかの」
トーマ君の言葉に、リュンさんは鼻息荒くも納得した素振りを見せ、下駄を鳴らした。
ハンナさんの予想では、ここ――僕が見つけていた向きのおかしい草花のところ――が入口に変化するのは、世界樹が完全に魔物と化し、中にダンジョンが形成されてから。
つまり、世界樹が動き出した後……になる。
「テツさんやカナエさん、大丈夫かなぁ」
「問題ないだろう。テツには無理に攻めず、防御に徹しろと伝えてある。それに、カナエさんなら、いざという時は自分の判断でどうにかしてくれるはずだ」
「そう、ですよね」
「心配になるのは分かるが、それよりも俺たちは早く問題を解決することに集中した方が良い。それが結果として、彼らを助ける事に繋がるはずだ」
しっかりとした声で言い切るアルさんに、僕も気合いを入れ直す。
そんな僕の頭に彼の手が乗り、わしわしと少し強めに頭を撫でられた。
……ちょっと痛い。
「アキさん。アイテム類の忘れ物はないっすよね?」
「うん。使う必要のあるものは全部持ってきたはず」
ちょっと強めに撫でられる僕をみかねてか、スミスさんが少し声を上ずらせながら聞いてくる。
というのも、完成した[精霊の魔薬]は時間制限が付いており、完成品を持って行くことは無理だったから。
そのため、ドライアドの前で[精霊の秘薬]を作り、[精霊の魔薬]として毒性化させる必要がでてきたのだ。
幸いなことに、素材を使い切る前に完成することができたため、なんとかはなりそうなんだけど……。
「それならアキさんに――」
「――動き出したみたいや」
何かを言おうとしたスミスさんの声と被るように、真面目な顔をしたトーマ君がそう呟く。
そして、彼が言った言葉を理解するよりも先に……目の前の草花が光り始めた。
「わ! アキちゃん、すごいよ!」
「姉さん、静かに」
「……はい」
「相変わらずお主は……」
光り始めた草花にハスタさんがテンションを上げて……直後ラミナさんに怒られて、テンションを下げた。
ほんと、相変わらずだなぁ……。
でもそのおかげで、少しだけ緊張がまぎれたかもしれない。
「それじゃあ、手はず通りいこうか。まずはトーマ、それから俺、リュンさんと入り、ハスタさん、ラミナさん、アキさんにスミスさんが入ってくれ。ジン達は
「ああ、分かってる。その代わり、向こうで何かあったら頼むぜ!」
アルさんの指示に、ジンさんが返し……最後にお互いの片手をぶつけ合う。
ジンさん達が最後なのは、僕らだけが残ったタイミングで何か起きても困るからだ。
その点、ジンさん達がいれば、いざという時の対応ができる。
トーマ君は先に入って、周囲の確認。
それからアルさん、リュンさんが入って周囲の安全の確保って感じで決まったらしい。
色々考えてるんだなぁ……。
「んじゃ、行ってくるわ。一応、念話してから10秒ほど時間を置いてくれ」
「わかった。頼む」
「りょーかい」といつも通り軽く返し、トーマ君は光の中へと飛び込む。
1秒も経たない内に彼の姿は消え、そこには光る草花だけが残されていた。
「ほ、ホントにワープなんだ……」
僕の呟きに皆が頷き、アルさんへと視線を送る。
そんな彼にトーマ君から念話が来たらしく、「繋がってる場所は問題ないようだ」と言葉にしてから、彼も光へと飛び込んだ。
そしてリュンさんも飛び込み、次はハスタさん……と思った直後、ジンさんが光から背中を向け、斧を抜いた。
「……アキちゃん達。さっさと行きな」
「え?」
「どうやら招いてない客が来たみたいだ」
ジンさんの言ったことを理解した直後、僕の耳に獣の雄叫びが突き刺さった。
そして次第に遠目からでもわかるほどの巨体が近づいてくる。
数秒掛からず近づいてきたのは、片方の牙がない大猪。
つまり、イベント初日で僕らが戦った大猪が、僕ら目がけて突っ込んで来ていた。
「こ、これって」
「どうやら俺らはそっちに行けないみたいだ。アルにはそう伝えておいてくれ」
「ジンさん!? 別に無理に戦わなくても」
「そりゃダメだ。あいつがこのまま暴れて……仮に拠点の方に向かったら危険過ぎる」
「それは、そうですけど……!」
「大丈夫だ。ダンジョンの方にはアルやトーマ、リュンちゃん達がいる。だからここは俺たちに任せて先に行きな」
「大丈夫。ジンひとりで相手させるわけじゃないからね。だからアキちゃんは行きなさい。自分のやることをやりに」
「ジンさん、リアさん……」
その言葉に、僕はこれ以上何も言うことが出来なかった。
彼らは、彼らのやるべきことをやるためにここに残る、そう言ってるんだ。
僕は強く手を握りしめ、彼らへ背を向ける。
僕は……僕のやるべき事をやりに行かないといけない。
「――行ってきます」
「おう、行ってこい!」
彼の声を背に受けながら、僕らは光の中へと飛び込んだ。
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