第270話 変な道具

「な、ななな……何事!?」


 外から鳴り響いてきた音は、まるでなにかが爆発したような、もしくは破裂したような……そんな普段から聞くことのないタイプの轟音だった。

 それに僕は驚き……花びらの確認作業も置いて、作業場の外へと走った。


「やはり着地の方法は一考の余地があるでござるな」

「に、忍者さん?」

「おやアキ殿、拙者帰還したでござる。これが指示のあった水でござるよ」


 何かが激突したのか、抉れた地面の中心で、砂埃を浴びながら忍者さんが僕へと水袋を差し出す。

 そんな彼の姿は、全身至る所に切り傷があり……まるでカマイタチに襲われた人みたいだった。


「あ、ありがとう……その傷は?」

「これは副作用でござる」

「副作用?」

「然り。拙者の長距離移動手段は空を滑空することでござる。今回は泉が森の中にあったでござるからなぁ……」


 つまり、着地の際に枝や葉で切ったということだろうか?

 なんていうか……無茶するなぁ。


「とりあえずこれでも飲んで回復しときなよ?」

「これはこれはかたじけない」


 呆れつつも、インベントリから[最下級ポーション(良)]を取りだして渡せば、彼はなんの躊躇いもなく、それを飲み干した。

 ……表情すら変えないなんて、ちょっと驚きだ。


「その、忍者さん……苦くないの?」

「苦いでござるよ? きっとほぼ全てのプレイヤーが思っているであろう……これを飲みたくないという気持ちは、拙者も同じでござる」

「そのわりに、全然そう見えないんだけど」

「忍者でござるからなぁ。表情を読まれぬために、日々努力しているのでござるよ」


 そう言って胸を張り、ドヤ顔を見せる忍者さんに、僕はどう反応すればいいのかわからなかった。

 言ってることと、今の状態がまったく噛み合ってない!


「なんにせよ、これにて拙者の仕事は終了でござる。ここからはアキ殿、お主の番でござるよ」

「……うん」

「大丈夫でござる。アキ殿ならやりとげるでござるよ。拙者、確信しているでござる」


 僕へとまっすぐに目を合わせ、彼は強く頷く。

 確信、か。

 それはなんていうか……期待云々ってレベルじゃないなぁ。


「仕方ない。頑張ってみるよ」

「うむ、それが良いでござるよ。おっと、アキ殿もうひとつ」

「ん?」


 作業に戻ろうと背を向けた僕を、忍者さんが引き止めた。

 何だろう……と振り返った僕へと何かが飛んできて、僕は慌ててそれを受け止める。


「――っと、これは?」

「笛でござるよ。いわゆる犬笛というものでござる」

「犬笛? 確か、犬にしか聞こえないって音が鳴る笛だっけ?」

「左様。もっともそれは少し違い……拙者にしか聞こえない笛、と思ってもらえば良いでござる」

「忍者さんにだけ? また変な道具を……」


 見た目は簡素な木の笛……いわゆるホイッスルみたいな形の笛だ。

 実際に吹いてみても、全然音がしない。

 しかし、目の前の忍者さんは一瞬身を震わせていたみたいだし……聞こえてるっていうのは本当のことなんだろう。


「それで、これをどうしろと?」

「何かあれば吹いてくれれば良いでござる。聞こえる距離にいれば、駆けつけるでござるよ」

「……フレンド登録して念話、じゃダメなの?」

「ごもっともでござるが、そっちはリーダーが拗ねそうでござるからなぁ」


 僕の問いかけにカラカラと笑いながら、忍者さんはそう答える。

 ガロンが拗ねるって、なんでまた……。


「まあいいや、それじゃこれはありがたく貰っておくね」

「うむ。引き留めて申し訳なかったでござるよ」


 その会話を締めに、再度背を向けて歩き出す。

 ひとまず笛は……インベントリに入れておくかな。


 それよりも、最後の素材も揃ったし……ここから本格的に始めないと。

 あ、でもこの水に魔力を込めて貰う必要があるんだっけ。

 そっちはハンナさんとカナエさんに任せないとなぁ……。


「そういえば花びらの確認しようと思って、そのまま放置してきちゃったっけ。状態が変化してなきゃ良いんだけど」


 時間で変化するとかのパターンだったら、やり直す必要も出てくるからなぁ……。

 そうやって考えると、忍者さんの戻ってきたタイミングってかなり微妙なタイミングだったんじゃないだろうか。

 これで変なことになってたら、貰った笛ですぐに呼び出して怒ろう、そうしよう。


 そんなことを考えながら作業場の入口をくぐり、元の場所へと戻る。

 どうやらラミナさんはまだ眠ったままだった。

 結構な轟音だったと思うんだけど……疲れてるんだろうなぁ。


「……ありがとね」


 改めてお礼を言って、眠ったままの頭を優しく撫でる。

 少しくすぐったそうに身じろぎをした彼女に驚きつつ、起きなかったことに安心して、僕は手を離した。


「さて、再開しますか!」


 声を出して気を引き締める。

 みんなの努力を無駄にしないためにも……このお薬は、絶対に完成させてやる!

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