第269話 失敗は許さない

「アキ、ただいま」

「アキちゃーん!」


 素材の扱いやレシピについての話し合いが終わり、みんなが出て行ってから1時間足らずで、ラミナさん達が作業場の方へと入ってきた。

 忍者さんの向かった場所よりは近いとはいえ、歩いて向かっても1時間半から2時間ほど掛かる距離のはず……。

 彼女達が出てからまだ3時間くらいしか経っていないことを考えると……かなり急いでくれたみたいだ。


「ふん、道中の魔物など足止めにもならん」

「リュンちゃんの倒す速度が速すぎて、ほとんど止まらずに行けたんだよねー」

「そっか。リュンさん、ありがとう」


 不機嫌そうに言い放ったリュンさんにそうお礼を言えば、「ふん」とだけ帰ってきた。

 ただ、少し顔が緩んでいたことは見逃してあげることにしよう。


「アキ、これ」

「うん。ありがとう」


 2人の後ろにいたラミナさんが、インベントリから目的の素材を取り出して、僕へと手渡してくる。

 僕はそれを受け取りつつ、<鑑定>を使った。


 [ルーリィエの花:人の喜びを色にしたかのような淡い黄色の花。

 付近の魔力を安定化させると言われているが……]


「ルーリィエ、か」

「るーりえ?」

「そっか、ラミナさんは<鑑定>を持ってはないんだったっけ。この花、ルーリィエって名前みたいだよ。付近の魔力を安定化させるって書いてあるし、多分合ってるはず」

「そう。良かった」


 そう呟いて、ラミナさんは同じ花を作業台の上に置き、すぐ近くの椅子へと座る。

 それからすぐに小さな寝息が聞こえてきた事を考えると……だいぶ無理してくれたみたいだ。

 僕はそんな彼女の頭に手を乗せて、ゆっくり撫でながら「ありがとう」とだけ呟いた。


「……儂らは完全に放置じゃのう?」

「ひいっ!?」


 彼女の寝顔を見ながら、少しまったりしていた僕の後ろから、いつもより低いリュンさんの声が聞こえた。


「まぁ、リュンちゃん。ここは仕方ないよー。戦う以外はラミナに全部任せちゃったわけだしー」

「そ、そうなんだ……」

「でも、少しは私たちにもご褒美があったらなー、なんて」

「しれっと儂を巻き込むな」

「えー、リュンちゃんはいらない? いらないなら、私が2人分もらっていい?」

「ど、どうしてそうなる! 誰もいらんとは言っておらんじゃろ!」

「そっかー! じゃあアキちゃん、私たちにご褒美ご褒美ー!」

「え、えぇ……?」


 突然そんなことを言われても困るんだけど……どうしようか。

 そう逡巡していた僕が面倒くさくなったのか、リュンさんはハスタさんの腕を掴み、僕に背を向けた。


「ふん。別に褒美はいらん。その代わり失敗は許さんからの」

「え、えー!? リュンちゃん、そんなー!」


 僕の反応も待たず、リュンさんは作業場から出て行く。

 ……駄々をこねるハスタさんを引っ張って。


「でも、失敗は許さない、か」


 彼女が最後に残していった爆弾に少し顔が引きつってしまう。

 だってリュンさんだよ?

 いや、別に彼女のことをそういう風には思ってないけど……でも、何されるかわかんないんだよねぇ……。

 一度伐採所で斧を投げつけられてるし。


「ま、失敗した時のことを考えるのはやめて、作業するかな」


 手に持っている花と、作業台の上に置いてくれた花。

 まずは4枚の花びらで構成される1つの花から花びらを採って、それぞれの手法に応じて準備していく。

 2枚は乾燥と通常の違いの確認。

 そして残りの2枚は切り方を変えて違いの確認だ。


「シルフ、この花びらを乾燥させてくれる?」


 僕がそうお願いすれば、僕にだけ見える姿で浮いていた彼女が、作業台を挟んだ正面へと顕現する。

 「はい、お任せください」と頷いてくれた彼女に花びらを渡し、僕はまな板と包丁を取り出した。


 そういえば、この包丁もスミスさんから貰ったものだ。

 調薬する際は常に使っているからか、もうすっかり手に馴染んで、むしろこれじゃないとやりにくさを感じるくらい。

 そのスミスさんもなんだか集中して作る物があるらしく、世界樹の中に行くと決まってからずっと作業場にこもってるみたいだ。

 なんでも火の神殿で自分の武器を壊したとか聞いたし、その代わりを作ってるのかも?


「まぁ、細工と鍛冶の職人さんがいる今なら作りやすいだろうしね」

「アキ様、乾燥終わりました」

「お、ありがとう」


 全然違うことを考えていた僕と違い、シルフはきっちりやることをやってくれていたらしい。

 それにしても、シルフがいてくれると乾燥の速度が段違いだ。

 いなかった間はお皿に出して天日干しで時間が掛かったんだよね……。

 もちろんそういったメリット抜きにしても、シルフにはいて欲しいけどね。


「さて、僕の方も切れたし……確認してみるかな」


 僕の目の前には、お皿に乗ったそれぞれ違う状態の花びら。

 4枚の花びら……それぞれを<鑑定>しようと手を伸ばした直後、作業場の外で大きな音が鳴り響いた。

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