第264話 魔力核

  ――戻ってきてたんですか?

 その言葉に反応するかのように、人形がカタカタと震えだし、次第にその身を起こしていく。

 ……知らずに見たらホラー以外のなにものでもないなぁ。


「――ッ!?」

『はい。驚かせてしまい、申し訳ございません』


 僕の袖を強く握ったラミナさんの手にそっと手を重ねて、心を落ち着かせる。

 そういえば忍者さんはどうかわからないけど、ラミナさんはハンナさんを見てはいないんだっけ。

 ちょうど探索に出てるときに来て、帰ってきたときはこの拠点の中にいたわけだし。


 しかし、ハンナさんはどうして戻ってきたんだろう?

 世界樹の方で何かあったんだろうか?


「ハンナさん、何かあったんですか?」

『はい。アキ様にお渡しするものがありましたので』

「僕に?」


 『はい』と短く答え、ハンナさんは木でできた小さな手を僕の前へと差し出す。

 その手を確認すれば、上に15cmくらいの細い枝が乗せてあった。

 渡したい物って、これのことだろうか?


「これは?」

『ドライアド様をお守りするための世界樹の枝です』

「世界樹の枝って言われても、どうやって使えばいいの?」

『まず、ドライアド様をお止めするには、ドライアド様のマナを枯渇付近まで減らす必要があります。――しかし、』


 ハンナさんはそこで一度言葉を切り、僕をまっすぐに見つめた……ような気がした。

 目が付いてるわけじゃないから、実際どうかはわからないけど。


『精霊様にとってのマナとは、この世界と繋がるための……いわば命そのもののようなものです。そのため、マナを枯渇させてしまうと、この世界から存在が消滅してしまいます。――つまり、死んでしまうのです』

「……そうか」


 そういえば、シルフと初めて出会った日……シルフがそんなことを言っていた。

 魔物が溢れると世界のマナが減って、消滅してしまう、と。


 ――ということは、


「この枝を使えば、消滅しないってこと?」

『はい。マナが完全に枯渇する前にこの枝を使い、ドライアド様の魔力核を枝の中に移動させ、休眠状態にすれば、完全消滅は免れることができるのです』


 また新しい言葉が出てきたぞ……?

 魔力核?


「ハンナさん、その……魔力核っていうのは?」

『魔力核というのは、精霊様の魔力の塊のことです。人でいうところの脳や心臓のようなもので、魔力核の放つ魔力にマナが結びつき、この世界での肉体を作り上げています』

「ん、んん?」

『そもそも魔力というのは、放っておけば霧散してしまうようなものであり、いくら強力な魔力を持っていたとしても、それを保持しておくための器がなければ、次第に消え去ってしまいます。その器というのが、人であれば肉体。精霊様であれば、マナによる存在の確立となるのです』


 以前、リアさんに聞いた話では、魔法は術者の精神力に依存して使用回数が決まると言っていた。

 そして、ついさっきカナエさんに聞いたのは、魔力は意思であり、マナは実行者と。


 ――つまり、精霊とは……本来、意思だけの存在?

 それはつまるところ、シルフも……?


『そのため、マナを枯渇させてしまうと魔力核の魔力が霧散してしまうのです』

「なるほど……そのマナによる器の代わりが、この枝ってことか」

『その通りです』 


 そうなってくると……そもそもマナってなんなんだろう?

 魔法の実行者でもあり、この世界で生まれる何かであり、精霊の意思を守る存在でもある。

 でも、今は置いておこう……これ以上は頭がパンクしそうだ。


「……ううむ。拙者には精霊とやらのことはよく分からぬでござるが、誰も犠牲にせず済むのでござれば、それが一番でござる!」

「えぇ……それを忍者さんが言う……?」


 ハンナさんの説明に、妙に満足気な顔で忍者さんが頷く。

 僕も似たようなことは思ったから別に良いんだけど……忍者さん、なんでPKやってるの?

 あとラミナさん、無表情のまま雰囲気だけ冷たくするのやめよう?

 ちょっと怖いというか、無表情だから余計に怖いよ。


「その……説明、ありがとうございます。……ただ」

『懸念がおありでしょうか?』

「懸念というか、その大前提がね……。どうやってマナを枯渇付近まで持っていけばいいのか」

『なるほど』

「例えばハンナさんは何か手を知ってますか?」

『そうですね……』


 そう言ってハンナさんは顎に手を当てて、しばし沈黙する。

 顔がないけれど、妙に表情豊かに感じるのは、身振り手振りが結構あるからだろうか?

 むしろ、顔があるはずのラミナさんの方が、時折気持ちを掴みにくい感じが……。


『やはり2パターンでしょうか』

「2パターン、ですか」

『はい。1つはマナ切れを待つ方法です。時間はかかりますが、マナも消費されれば次第に減少していくものですので、それまで足止めに専念するという方法です』


 ……無理だろうなぁ。

 夕方から戦うって時点で、あんまり時間はかけられないはず。

 それに明後日も平日だし、僕みたいな夏休みの学生とかじゃない限りは、そんなに遅くまで引っ張れないだろう。


「時間が掛かるのは厳しいかな。確実性があるのは魅力的なんだけどね」

「そうでござるなぁ……。それにあまり時間を掛けすぎると、集中力が途切れるでござる。まさに、兵は神速を尊ぶ、でござるよ」

「忍者さん、なにそれ?」

「ふむ、知らぬでござるか。戦いでは全てにおいて迅速さが大事、ということでござるよ。たとえ作戦が稚拙であろうと、短時間で攻めきれるならば、戦いでは勝てる見込みが高いと言えばわかりやすいでござろうか」


 ふむ……。

 つまり、今回のように大雑把な指揮しか出せない状態で時間を掛けるのは、勝てる見込みが低くなる、って言いたいのかもしれない。


 特に今回の戦いに関しては、ほとんど知らない人達とだって連携しなきゃいけない。

 そういった事が多い戦いのはずだ。

 それなのに時間が掛かったら……たぶん途中で諦めちゃいそうだよね。


「うん。そっちは無理そうだ」

『でしたらやはりこちらになりそうですね』

「やはりってことは、ハンナさん……分かってて言ったの?」

『一応伝えておくべきかと思いましたので』


 そう言われてしまうと、頷くしかない。

 その情報が作戦に使えるかどうかはわからないけれど、知らないよりは知っておく方が良いに決まってるし。

 瞼を閉じ、一度思考をリセットしてから、僕は「もう1つはなんですか?」と訊いた。


『――飲んだ者のマナを放出してしまう毒。精霊様にとっては、命をも奪い兼ねない猛毒。[精霊の魔薬]を使う方法です』

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