第263話 あやしくない忍者

「アキ、待って」

「ん?」


 カナエさんとの話も終わり、本来の目的こそ果たせなかったけれど、特に用事もなくなったし――と僕が向けた背中に、声がかかる。

 そして振り返るよりも先に、ラミナさんは僕の手を取った。


「ラミナも行く」

「行くっていっても、作業場に戻るだけだよ?」

「それでいい」


 手を握ったまま無表情で頷く彼女に、僕も特に断る理由もなかった。

 何かと一緒にいるけど……相変わらず行動理由はわからないなぁ……。

 なんでこんなに気に入られてるのかも分からないし。


 そんなことを考えながら訓練所を出た直後、ラミナさんが足を止める。

 もちろん手を握られてる僕も一緒に。


「どうしたの?」

「なにかいる」

「なにかって……なに」


 「そこの陰」と、彼女は灯りの入っていない建物の陰を指さす。

 言われて見てみても、僕の目には何も見えないんだけど……。


「んー?」

「……隠れてないで出てきて」


 無表情のまま、声の雰囲気だけを険悪なものに変えて、彼女が静かに呟く。

 その瞬間――


「ふむ、さすがでござる。拙者の潜伏に気付くとは、恐れ入ったでござるよ」


 微妙に笑みを作りながらも軽く頷く忍者さんが、その陰から現れた。


「え!? 忍者さん!?」

「左様。拙者でござる」


 まるで滲み出てくるかのように姿を見せた忍者さんに、僕だけが驚いた声を上げる。

 隣のラミナさんはなんとなく分かっていたみたいに、小さく溜息を吐いた。


「なにやらアキ殿が悩んでいると聞きまして。拙者に何かお手伝いが出来ればと」

「え、あ、うん」

「……あやしい」


 忍者さんの言葉に、ラミナさんはジトッとした視線をたぶん送りつつ、そんなことを口にする。

 いや、うん……わからなくはないけど。


「あやしくないでござる! 拙者、ただの忍者でござるよ!」

「あやしくない忍者って」

「やっぱりあやしい」

「誤解にござる! 拙者、何も企んでないでござる!」

「で、本音は?」

「暇だったのでスキルの練習がてら陰に潜んでいたら、色々聞こえてきたのでこれ幸いと」


 慌てふためく忍者さんに、しれっと本音を聞いてみればそういうことらしい。

 そもそも拠点の中でスキルの練習って……自由だなぁ。


「まぁ、それは冗談なのでござるが」

「冗談だったのか……」

「本当は、アキ殿を呼びに参った次第。何やら本部の中で何者かが動いている気配を感じたのでござる」

「本部の中?」


 急に真面目な顔をした忍者さんが放った言葉に、僕はオウム返しすることしか出来ない。

 そんな僕の反応に、「然り」と彼は頷いて見せた。


「誰か中にいたんじゃないの? シンシさんとか、ヤカタさんとか」

「生産組は皆、外で作業してるでござる。また、アキ殿も知っての通り、戦闘組はみな訓練所にて訓練を行っていたでござるよ」

「む……ウォンさんとか……?」

「あれらは赤鬼を除いた2人でPKの監視でござるよ。今も拙者の背中に視線をビシビシ感じるでござる」


 そう言って忍者さんは苦虫をかみつぶしたような、なんとも言えない顔を僕に晒した。

 しかしそうなると……はて?

 あとは本部に入りそうな人がいない、かな?


「さすがに慣れてる人以外は入りにくいよね? あの場所って」

「入りにくい。ラミナもひとりじゃ入らない」

「そうでござるなぁ……拙者はPKというのもあるにせよ、足は向けにくいでござるよ」

「だよねぇ」


 しかし考えてみてもその答は思いつかず……。

 僕らは3人ともに首を傾げ、それから本部の方へと自然に目をやった。


「仕方ない。行ってみようか」

「ん、わかった」

「で、ござるなぁ」

「あれ? 忍者さんもついてくるの?」

「殺生な! 拙者、暇でござるよ!」

「あ、結局暇なのは本当なんだ」


 僕の言葉で少し凹んだような顔を見せた忍者さんに、「あはは」と愛想笑いを返す。

 ラミナさんは相変わらずの無表情だったけど、特に反対はしていないみたいだった。

 ……いや、少し不機嫌そう……かな?

 なんて、そんなことを考えながらも、僕らは本部へと足を向けた。



「さて、特に変わったところはなさそうなんだけど」

「人の気配、ない」

「で、ござるなぁ」


 なにかいるかもと、恐る恐る踏み込んだ僕らだったが……特になにも無さそうだ?

 建物内が暗かったので、壁際に掛けてあるランタンへ火を入れてみたけれど、特に変化はなし。

 ……ふむ?


「おかしいでござるなぁ……。たしかに何者かの気配を感じたのでござるが」

「……忍者さんの罠だった! とかじゃないよね?」

「PKもできぬ状況で、アキ殿を騙す意味もないでござるよ」

「まぁ、たしかに」


 そんな軽口を叩きつつも、一応……と仕切られた別の箇所も見て回る。

 代表戦のあと、僕が寝てたベッドは綺麗に整えられていたくらいで、特に変化もなし。


「んー、これといっておかしいところはないね」

「ふむ。そういえばアキ殿。入ったときに気付いたのでござるが……あの人形はなんでござる?」

「ん?」


 本部入口に戻ってきたところで、忍者さんが部屋の隅を指さす。

 その先を見てみると……あ、これってもしかして。


「……ハンナさん? もしかして、戻ってきてたんですか?」

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