第239話 風魔法

「効かなかった場合……?」

「せやなぁ……。姉さん、その複数人でーってのは、なんや決まり事はあるんか? 魔法スキル持ってへんでも大丈夫なら、俺らとかも手伝えるんやけど」

「そうですね……魔法スキルは持っている方が良いでしょうか。できれば、使用する魔法と同じ系統のスキルがあることが望ましいですね。各系統毎に、微妙に魔力の使い方が異なると聞いてますので、別の系統を練習してきている方はもちろん。使ったことの無い方となると、まず魔力を流すことが難しいかもしれません」


 そう言われてしまうと、僕としても納得してしまうほか無い。

 魔力の放出と言うと難しいけれど、たとえで言い換えてしまえば……料理なんかも近いかも知れない。

 レシピがあったとしても、最初は上手く包丁が扱えるわけじゃないし、完成しても切り方や焼き方はやっぱり練習してきている人に比べれば、時間も掛かるし見栄えも悪くなるよね。

 ……結局は努力が必要ってことなんだろうな。


「なるほどな。そうなると、スキルが被っているもので試す他ないわけだが……」

「今回ですと、水魔法所持者が私を含め3人います。ただ、私以外は……サブとしての所持ですので、そこまで修練は積めていませんが……」

「せやったら厳しいか。姉さん、他になんか思い付いたりせんか?」

「今すぐには少し難しいですね……」


 カナエさんの応えを受けて、場を静寂が包んだ。

 実際、効かなかった場合を考えたら、カナエさんがずば抜けた魔法行使力を持っていたとしても、策としては不安が残るよね。

 ただ実際に戦っていない僕でもわかるくらいにヤドカリは強くて、このまま現状維持自体が難しいって事には、みんな気付いているんだろう。

 だからこそ余計に……誰も声を上げられないんだ。


「そういや……。いや、やけど……」


 数秒が数分に感じられたような沈黙を破って、トーマ君が何かを思いついたみたいに口を開く。

 ただ、いつもどこかに謎の自信を感じる彼にしては珍しく、自信なさげではあったけれど。


「どうした、何か思いついたのか?」

「いや、思いついたっつーか、思い出しただけやし、これが出来るとは俺自身思ってへんことやけど……」

「いや、構わない。とりあえず言うだけ言ってみてくれ。そこから考えよう」


 有無を言わせないアルさんの態度に、トーマ君は溜息ひとつ吐いて「分かった」と、話し始めた。


「思い出したってのは複合スキルのことや。お前らも知っとるやろ? 2つ以上のスキルを合わせたスキルってやつや」

「ああ、それは分かる。最近は持っているプレイヤーも増えてきたからな」

「俺も持ってるんやけど、今言いたいのはそっちのスキルと違って、魔法スキルのことや。それなりに威力もあって、魔力も使用者だけやからミスってもあんまし痛手はない」

「魔法スキル……もしかして、複合魔法ですか?」

「姉さんはさすがに知っとったか」


 複合スキル……の、魔法バージョン?

 いや、確かにウォンさんはスキルを合わせるとしか言ってなかったし、それなら魔法スキルも合わせられる……のかな?


「ええ、私もNPCの冒険者の方に教えていただいただけですが……。まだプレイヤーで成功した人はいないみたいですが」

「せやな。俺もそれは知らん。ただ、俺が教えて貰ったんは、その代表的な組み合わせ、やで」

「えっ!? 私はそこまで教えていただけなかったのに……」

「まぁ、最終的には金出したからな……痛い出費やったわ」


 そう言ってトーマ君は少し哀愁を漂わせる。

 というか、痛い出費してたのに今まで忘れてたって……。

 ほんとにそれ、痛い出費だったの?


「なるほどな。それで、今回試せそうなものはあるのか?」

「それが、ないんよ」

「……無いのか」

「無いな。2人とかでも発動するみたいやけど……姉さん、風魔法持っとるやつおるか?」

「風魔法ですか? 風は……いませんね」

「せやろな。まぁ、仕方ないわ」

「ああ、なるほど。風が必要となると厳しいな」


 風魔法、と聞いた瞬間、皆の顔が「ああ、なるほど」と納得したみたいになった。

 ……風魔法って人気、無いの?


「あの、風魔法って……人気無いんですか?」

「人気が無いわけやないんよ。ただ、最初は使ってても途中から変えるやつが多いな」

「え、えぇ……?」

「ああ、アキにはよーわからんか。あんな、風魔法って透明なんよ。他の魔法は見えるんやけど、風魔法だけは透明で見えん」

「だから、パーティーで戦うと仲間を攻撃フレンドリーファイアしてしまう。ソロで戦う時や、この間のようなPKを相手にする時なんかには有用なんだがな……」

「な、なるほど……」


 それは確かに使いにくいかもしれない。

 複数の敵がいて、全く違う方向を攻撃するなら良いんだろうけど、同じ敵を攻撃しようとすると、前衛の人からすれば敵の攻撃だけじゃなくて、味方の攻撃も気にしないといけなくなる。

 もちろんそれは、別の魔法や攻撃でも一緒なんだろうけど、それに加えて見えない攻撃が来るっていうのは……疲れそうだよね。


「それで、風魔法があったら何か出来るかもしれなかったってことで良いんだよね?」

「せやな。姉さんがまだ動けるやろうし、上手くいきゃドデカいの一発な」

「そっか……」


 風魔法、かぁ……。

 風魔法、ねぇ……。


「……ねぇ、トーマ君」

「あん? なんや」

「その魔法って、詠唱とかはもう分かってるの?」

「ああ、聞いた話やったら、元になる魔法を発動して魔法を上手いこと重ね合わせりゃええらしいからな。元のは聞いとる」

「そっか。……カナエさん」


 トーマ君の返事に大きく頷いて、僕は彼からカナエさんへと視線をずらす。


「はい?」

「カナエさんはまだ全然動ける? 無理とかはしてないです?」

「え、ええ。まだ大丈夫ですよ。今はこうして半分休んでいるような状態ですので」

「そっか。うん、わかった」

「……?」


 よく分からない、というような表情のカナエさんから視線を外して、僕は最後の1人に視線を合わせる。

 アルさんもなんとなく僕の言いたいことが分かってるのか、まっすぐに僕と目を合わせた。


「アルさん」

「……好きにしろ。以前にも言ったが、何かあっても俺がアキさんを守るよ。もちろん俺だけじゃなく、全員で、全員が生きて帰るためにお互いを守る。そうだろう?」

「ええ、そうですね。……なら、僕も出来る事はしないと、ですね?」


 僕の問いかけに、彼は諦めたように目を閉じる。

 何も言わないのは、本当に好きにしろと……そういう意味だからだろう。


(シルフ)

(はい。アキ様)


 彼女の返事と共に、僕の周りに柔らかく風が舞う。

 まるで倒れないように支えてくれているみたいに。


「トーマ君、カナエさん……アルさん。風魔法の役目、僕にやらせてくれないかな?」

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