第206話 トリック

 今回の話は、アル視点となります。

 次からはまたアキに視点がもどります。


――――――――――――――――


「あぁ! また大きく避けてるっすよ! アキさん、どうしたんっすかね……」


 隣に立っているスミスさんの声が響く。

 しかし、その感想もわからなくはない。

 俺たちの目の前に投影されたモニターには、シンシさんの攻撃を、大きく避けるアキさんの姿が映し出されていたからだ。


「……もしかするとアキさんは、突きのトリックに苦戦しているのかもしれないな」

「突きのトリック……っすか?」

「あぁ、そうだ。そういえばスミスさんは鎚だったな。突きはあまり使わないか」


 スミスさんの扱う大槌は、その形状として、叩く、薙ぐを多用することはあっても、突くことは少ない。

 ましてや、今回のような使い方で突くなんて、まずあり得ないだろう。


「突きと言うのは「その説明は私が!」……その声は、ハスタさんか」


 スミスさんへ説明しようと、繋いだ言葉に、割り込むように元気な声が響く。

 会ったことは1度しかないが、あの声の勢いは……なかなか印象が強い。


「こんにちわ! あ、でも今は夜だからこんばんはですかね?」

「姉さん。こんばんは、だと思う」


 ハスタさんの後ろから、呟くような声が、耳に届く。

 姉さんと言うことは……双子の妹のラミナさんか。 


「あぁ、こんばんは」

「そんなことより、トリックっすよ! 教えてくださいっす!」

「うむうむ。説明しようー!」


 説明の途中で割り込まれたことで、釈然としなかったのか、スミスさんが声を大にして叫ぶ。

 まぁ実際、突きの事に関しては、大剣使いの俺よりも、槍使いのハスタさんの方が、説得力があるか。

 そう納得した俺は、頷くと同時に「ハスタさん、頼む」と彼女へバトンを渡した。


「突きっていうのは、結構単純に見えて、実は奥が深いの。元々突きっていうのは、隙を見せずに素早く攻撃するための手段だけど、薙いだりするよりも攻撃できる範囲が狭くて、読まれると避けられやすいのー」

「ふむふむっす」

「だから、どちらかというと間合いを測ったり、距離を取りたいときに使ったりが多いかなー」


 実際、剣を使うときには、軽く突きを入れ、相手の体勢を崩した上で、踏み込んで袈裟切るなんかが常套手段だ。

 もちろん、軽い突きをフェイントにして、踏み込んで再度突いたりするのも、槍ではよく使われるだろう。


「でもそれだと、アキさんがわざわざ大きく避けてる理由がわからないっす。相手の武器的には、突きを多用するのは分かってるはずっすから、もう少し小さく避けれるはずじゃないっすか……?」

「姉さん」

「うん、わかってる。アキちゃんが大きく避けてる突きは、さっき私が言ったような突きじゃないの。……普通ならあんなに連続でやれるような突きでもない」

「できない突き……?」


 確かにそうだ。

 もし、アキさんに向けられている突きがそうなら、あのシンシという相手の技術は……凄まじいとしか言えないだろう。

 針穴に糸を通す、とは良く言ったものだ。

 まさしく、シンシという裁縫師の為せる技ということだな。


「あの突きは、ずっとある一点に合わせられてるの」

「ある、一点?」

「アキちゃんの……視線。アキちゃんの目に対して、ズレること無くまっすぐに」

「視線に合わせる……。あ、もしかするとアキさんには、剣が近づいてることが分からないんすか?」

「そう。アキの視点からだと、剣が動いてるのがわからない。だから大きく避ける」

「私も極力狙ってるんだけどね……模擬戦とかで、ラミナに動かないでもらっても10回に1回成功するかどうか……。だから、あの人がもし、常にそれをしてるんだったら、凄いなんて言葉でも言い尽くせないよー!」


 仮にそうだとして、アキさんでは無く俺だった場合は、まだ対処が可能だろう。

 突きにはそういったものがあるのだと知っていることや、咄嗟の回避も戦闘回数をこなして身体が覚えている。

 しかし……アキさんは咄嗟の対処が苦手だ。

 1週間前、イベント開始と同時に戦った大猪を思い出しても、それがよく分かる。

 あの魔物の突進に、アキさんは受け身も取らずに飛び退いただけだった。


「せめて、アキさんがトリックに気づければ、あるいは……」

「でもこっちの声は届かないっすからね……」

「あっちの声は、聞こえるのにー!」


 アキさん……勝ってくれ。

 そう思った矢先、映し出されたモニターの中で、アキさんが先ほどまでと違う動きを見せた。

 これは、何かに気づいたのかもしれないな。

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