第198話 2人いる

「アキ様、ひとつだけよろしいですか……?」

「ん?」


 そろそろ行かないと、とシルフから離れ、靴を履いていた僕に声がかかる。

 反応して見上げた顔が、まだ少し紅く見えるのは、きっと、たぶん気のせい。


「シルフ、なにかあった?」

「あのですね……。もしかすると、今この島に、精霊が……2人いる気がするのです」

「2人……? シルフを含めてってこと?」

「いえ、私以外です。先程アキ様が起きてこられる前に、気付きまして……」

「なるほど……」


 そういえば以前、僕、アルさん、トーマ君の3人で森に行った時……トーマ君がそんなことを言っていた気がする。

 たしか、火の精霊と契約した人が現れたとかなんとか……。


「たぶん、1人は火の精霊だと思うよ。トーマ君がそう言ってたはず」

「そういえば、そうでしたね」

「ただ、もう1人はわからないなぁ。トーマ君が知ってるかもしれないし、また後で聞いてみるよ」

「はい、お願いします」


 その言葉を締めに、溶けるように彼女が消えていく。

 まぁ、シルフのことを知らない人もいるし、仕方ないかな。

 しかし……精霊が他に2人……か。


「なにか悪いこととかじゃなかったら、いいんだけど」


 そんなことを呟きながら、僕は衝立をズラし、みんなの待つ広間へと足を向けた。



「お、やっと来たか」

「ごめんね、ちょっとやることがあったから」

「気にせんでええで。みんな納得しとることやし」

「そっか。ありがとう」


 椅子に座っているトーマ君に軽く頭を下げて、改めて僕は広間の中を見た。

 丸上の机を囲むように椅子があって、トーマ君の右にカナエさん、キャロさん、木山さん。

 左側はひとつ空席があって、オリオンさん、それと……レニーさんだったっけ? 緑の髪の調薬メンバーの人が座っていた。

 僕の知ってる人はそれだけ。

 だから、トーマ君のほぼ真正面に座る青い大鎧の男性を……僕は知らない。


「アキさんは、こちらにどうぞ」


 立ったままだった僕を気遣ってか、オリオンさんが隣の椅子を引いてくれる。

 ……やっぱり僕がそこなのか……。


「ありがとう、ございます……」

「いえいえ、お気になさらず」


 紳士然とした仕草と表情で、オリオンさんは笑ってくれる。

 ……こういうことを、さらっと出来るって、すごいなぁ……。


「さて、これで揃いや。んじゃもう一回もっかい名乗りから始めてくれや」

「えぇ、わかりました」


 僕が座ったことを横目で確認したトーマ君が、正面の男性へと声をかける。

 それを受けて、男性は頷くと、椅子から立ち上がり、一歩後ろへと下がった。


「先程ご挨拶をさせていただきました方には2度目になりますが、はじめまして。私はLife GameのGMゲームマスターをさせていただいている」

「GM? もしかして……」

「えぇ、お久しぶりです、アキさん。あの時対応させていただきました、ツェンです。お元気でしたか?」

「ツェンさん!? お久しぶりです! あの時はお世話になりました!」


 名乗られた名前に、思わず席を立ってしまう。

 GMと言われたおかげで、記憶に残っていた声と、結び付いたのだ。


「なんや、知り合いか?」

「知り合いってほどでも無いんだけどね。ログイン直後の問い合わせに、対応してくれた人なんだ」

「ほぅ……」


 僕の言葉に、内容まで思い至ったのか、トーマ君はそれ以上何も言わなかった。

 そういえば、僕の性別を知ってるのって、シルフとトーマ君と、ここにいないアルさんだけだっけ……?

 トーマ君も、森で話したときに「他の人には言うな」って言ってたはずだし、あんまり公言することでもないから、気にしてなかったけど……。

 これからもっと知り合いが増えてくると、面倒ごととか増えてくるのかなぁ……。


 ……っと、今はそっちじゃなくて。


「その、ツェンさんがどうして?」

「そうですね……どこからお話すれば良いか……。ひとまず結論からお話させていただきますと、今回のイベントにおけるPKプレイヤーと、皆様との衝突を解決するために、こちらにお伺いさせていただきました。もちろん、PKを行っているプレイヤー様の方にも、別の者が伺っております」

「PKとの衝突を解決……?」

「なんや。運営側が動くんか? にしては、タイミングが遅いやないか」


 僕がツェンさんの話をかみ砕いている間に、トーマ君はさらに先を考えている。

 えっと、タイミング……?

 でも、動き出したのは今日だから、遅いってわけじゃないよね……?


「えぇ、トーマ様の言う通り、少しタイミングが遅かったとは思っております。申し訳ございません。ただ……こちらでも、まさか最初のイベントから、PKプレイヤーが徒党を組むとは思っておらず……その辺りの対応策を検討している内に、事態が急変いたしまして……」


 あ、もしかして対応が遅いっていうのは、僕より前……シンシさんがいなくなった辺りから、動き出しても良かったんじゃないかってことかな……。

 それだったら、数日経ってるわけだし、遅いって思っても仕方ないのかも……?


「なるほどな……。まぁ、言わんとしとることは分かった。んで、どうなったんや?」

「それをこれからお話いたしますが……結論と致しましては」


 トーマ君の相づちに反応するように、ツェンさんは口を動かす。

 しかし、結論を口にしようとした瞬間、僕の方へ一瞬だけ視線を寄こし、目を伏せた。

 そして、息を吸い……意を決したように目を開き――


「代表者の決闘にて、決めることとなりました」


 と、力強く宣言した。

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