第191話 致命傷

 今回の話は、アル視点となります。

 次回はスミス視点になります。


――――――――――――――――


「……風が強くなったな」


 先ほどまでは、少し服や髪がなびく程度だったが……。

 今となってはもう、突風と呼んでも良いほどの強さになっていた。


「あっちも本気になったってことか」

「そうだな……。ジン、斧を小さい物に変えておけ。この風じゃ、大きい武器は不利だ」

「あいよ。それじゃ、こいつにしとくか」


 俺の視界の隅から、長柄の斧が消え……さっきよりは幾分か小さい両刃斧が現れた。

 ……俺としては、もっと小さい斧という意味だったんだが……まぁいいか。

 ジンの扱う斧という武器は、豪快に叩き割るというイメージがついているが、そのイメージは少しだけズレている。

 確かに、重心が先端にあるため、力を伝えやすく斬り落とす事が可能だが、斧の最大の利点は、その扱いやすさと汎用性の高さだ。

 刃となる部分が広くなっているため、斬れば剣、立てれば盾、寝かせれば槍と使い分けることも可能。

 重心を取りさえすれば、刀剣と違い、技術をあまり要さない点も魅力的な点だ。


「ジン、いけそうか?」

「あぁ、この重さなら取られにくい。大丈夫だ」

「右前足を重点的に狙おう。先ほどの攻撃で、多少なりとダメージはあったはずだからな」

「りょーかい! そんじゃ、第2ラウンドといくか!」



「……倒れねぇなぁ」

「……倒れないな」


 再度攻撃を開始してから、すでに20分は経過している。

 しかし、右前足にどれだけ攻撃を加えても……まるで地に根を落としているかのように、揺るがない。

 毛は全て砕ききったんだがな……。


「やっこさん。羽虫にイライラしてるみたいだなぁ」

「羽虫……。まぁ、あちらから見ればその程度かもな」


 しかし蟻が象を倒す……と言えるほどの数がいるわけでもないが、このゲームは妙なところでリアリティがある。

 痛覚や気絶といった、本来ゲームとしては抑制する類いの物をリアル準拠にしているところからもそれは分かるが……。


「弱点を突くか……。大火力で致命傷を与えるか……」

「どっちもキツイぜ? 弱点ったって、背中やら頭やらにあったら届きようがないしな」

「しかしそれでも、地上付近に弱点があることを願って、探してみるしかないか……」


 正直、この獅子は巨大デカすぎる。

 片足だけで人が数人潰せる大きさと言えばわかりやすいか……以前戦った狼がまるで子供サイズだ。


「行けるか?」

「相変わらず無茶言うよなぁ……。いいぜ、任せときな」

「すまないな。頼む」


 強風の吹き荒れる中、巨大な魔物の足下を走り回るのが、どれだけ困難か……お互いそれが分かってないわけではない。

 以前までであれば、こんな難しい注文はしなかった。

 ただ……今日のジンは、以前までとは違う。


「……強くなっていた。格段に」


 今まで突撃することばかりだったジンが、受け流しや足捌きを身につけているように見えた。

 といっても、まだまだ拙いところはあったが……それでも格段に、強くなっていた。


「何か、あったのか……」


 あったとすれば、あの日……アキさんの代わりに木を伐りに行った日くらいか?


「なんにせよ、味方としては嬉しいことだ」


 そんな風に1人で笑い、獅子の足を斬りつける。

 少しでもダメージになれば……!



「ダメだ、下には無い!」


 そんな報告と共に、ジンが俺の近くまで戻ってくる。

 時間にして十数分といったところだが、その身体は傷だらけで、かなり苦戦したことが見て取れた。


「そうか……。そうなると、かなり厳しいな……」

「それともうひとつ、良くない知らせだ。やっこさん、どうもイライラが溜まりすぎたのか、この風の中にかまいたちみたいな……殺傷力のある風を混ぜてやがる」

「あぁ、それでそんなに服が傷んでるのか」

「と言っても、肌まではそんなにダメージはないけどな。キャロが防風用の織り込み、作っといてくれて正解だったぜ」


 防風用の織り込みと言っても、普段の装備に加えて、弱い部分に挟み込むような当て布のことだ。

 もちろんそれの有る無しで被害は大きく変わる訳だが……。

 風を相手にすると聞いて、すぐ作るキャロも、中々凄まじい腕をしていると思う。


「さてと、仕方ないが……引き続き足をやり続けるしかないみたいだな」

「まぁ、そうだなぁ……」


 お互い溜息を吐きつつ、両手に力を入れて、振り上げる。

 これから数十分も同じことの繰り返しと、思っていた……しかし予想外にも、それはすぐに破られることとなった。

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