第190話 後ろに付け

 今回の話は、アル視点となります。

 次回もアル視点になります。


――――――――――――――――


「――――!」


 人が100人以上入っても余裕のありそうな空間に、低く力強い声が響き渡る。

 その声だけでもわかる。

 ……こいつは、強い、と。


「皆、迂闊に攻めるなよ」

「あぁ、こりゃヤベェわ。前にやった狼なんかの比じゃねぇ」

「……この揺れって、まさかあいつが原因じゃないわよね?」

「そう、思いたいがな」


 ズン、と音がする度に、地面が小刻みに揺れる。

 遠いと思っていた敵が、ものの数秒でその距離を縮め……その巨体を眼前に晒した。

 光るように輝く、薄緑色のたてがみは、一本一本が宝石のようにみえ、恐怖よりも先に、不思議と美しさを感じてしまう。

 ――風を纏いし巨躯の獅子。

 それが、今回潜っている、風の神殿のボスだ。


「しかしアルよぉ……。どうやって攻めるよ?」

「そう、だな……。俺とジンで二手ふたてに分かれよう。あの大きさだ、下手に固まって一掃されるよりも、リスクを減らした方が良い」

「了解だ。右前足、貰うぜ!」

「スミスさんは、魔術師の2人を頼む」

「わ、わかりました!」


 敵の大きさに多少緊張が戻ってきたのか、少し表情が硬いが……問題はないだろう。

 そう結論付けてから、ジンへと視線を送り……言葉を交わすこともなく、飛び出した。

 ……さすがジン、タイミングは完璧だな。


「ハァッ!」


 飛び込む速度を手に持った大剣に乗せ、両断するつもりで足へと叩きつける。

 しかしその刃は断ち切るどころか、肉にすら到達していない。


「くっ!」

「硬ぇ!」


 横目で確認したが、ジンも同じ状況のようだ。

 柔らかそうに見える薄緑色の毛……だが、実際はその毛に攻撃を全てガードされている。

 ……毛のあるところは難しいか……?


「だが、そうなると……!」


 狙うべきは腹や、首。

 しかし、その場所は……高すぎてまず手が届かない……!

 リアに足場を作らせるか……?

 だがそれだと、壊されるのが容易に想像出来る。


「なら狙うべきは……!」


 ――ただ一点のみ!


「ジン! 俺の後ろに付け!」

「おう!」

「スミスさんは前へ! リア、タイミ「わかってるわ」……頼む!」


 指示を出しつつも、獅子の左前足を斬り続ける。

 弾かれもするが……どうやら砕けなくはないようだ。

 もっとも、毛の1本や2本……砕いたところで、痛くもないみたいだがな!

 だが――!


「っ来い!」

「――――ッ!」


 振り上げられた左前足が、俺目がけて叩きつけるように落ちてくる。

 まるで吸い込まれるかのような風圧……受け損なえば、確実に。


「――〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕!」


 突如、俺の真横に塔が立つ。

 ……リア、完璧だ!


「ハァッ!」


 塔を砕きながら、それでも止まらない前足に盾のように大剣を構え、真っ向から受け止める。

 直後、振動が波のように身体を突き抜け……左膝が、地面へと叩きつけられた。


「ぐ、ぅ……っ!」


 長くは……持たない!


「オラァ!」

「フンッ!」


 かろうじて受け止めている俺の前方で、ジンとスミスさんの声が聞こえてくる。

 それと同時に、獅子の腕が軽くなり……俺は機を逃さないよう、一気に押し返した。


「――ッ!?」


 相変わらず轟音すぎて音としか判別出来ない声だが……今のはさすがに驚いたらしい。

 まぁ、さすがに肉球は柔らかかったみたいだな。


「しかし……」


 先ほどのように、力押しで来る事はもう無いだろう。

 こいつとて、今の痛みで多少警戒するだろうしな。


「こっからが長期戦だなぁ」

「ああ」

「とりあえず、どうするよ。まだ腕狙いで良いか?」

「そうだな……。現状、相手の攻撃手段に何があるか分からない。マージンを確保しながら散発的に攻撃を続けよう」

「りょーかい!」


 その言葉を皮切りに、ジンが動き、スミスさんは後ろへと退がった。

 ジンの言う通り……長期戦、ここからが本番だ。

 さて、どう出てくるか……!

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